7 脱出の時
馬車に揺られて向かった先は町を通り、人通りの少ない道へと進んでいった。
少し不安になるが、膝の上の白い猫のおかげでいくらか解消された。
にゃー……
猫は愛らしく鳴き椿の胸元にすり寄る。
指定の場所に近づくと、椿は馬車を出た。
そこからは徒歩で向かわなければならない。
すたすたと歩いていき、その後を白猫があとを追いかけていく。
両手で大きい鞄を抱えて歩いていき、馬車からだいぶ離れたところで指定の場所へとたどり着いた。
時計をみると指定より10分早めについてしまった。
そのあたりで座る場所があるが椿は立ったままぎゅっと重い鞄を握り締め誘拐犯を待った。
こつこつと音がするとぎゅっと椿は拳を強く握りしめ相手の姿がみえるまで待った。
「お待たせして申し訳ありません」
誘拐犯というのでもう少し荒々しい口調の男だと思ったが、相手は思いのほか穏やかな雰囲気を持つ男であった。
「約束通り来ました。マリア様はご無事ですか」
質問に対して男は静止した。
「落ち着いてください。あなたが私の指示通りにしていただけるのであればマリア嬢はお返ししましょう」
「彼女は無事ですか?」
「ええ、きんきん金切り声で泣きわめいていましたが今はだいぶ落ち着いておいでです」
それを聞き心配になる。
「マリア様に何かしたの?」
椿は男をにらんだ。
「いえいえ、エーデルシュタイン家のご令嬢を傷物にするなどできませんよ」
「彼女に会わせてください」
「もちろん……あなたの鞄の中身も確認しなければなりませんし、こちらへ案内いたします」
男はくるりと身をひるがえし椿を案内した。
椿が来た場所とは反対方向へと歩く。
先には階段があり、下の方を見ると馬車がとまっていた。そこに入るようにと促され椿は中へ入った。
「失礼」
男はきゅっと椿を目隠しした。
視界を遮られたが、言う通りにするようにと男に指示され椿はおとなしくした。馬車が揺れ動く中膝に乗せた鞄を大事に抱える。
「あの……白い猫は?」
「猫? 猫がどうしましたか?」
どうやら椿が馬車に乗ったとき姿はみられなかったようである。
(おいて行ってしまったのかもしれない)
不安に思うと足元にふわりとした感触が覚え椿はびくりと震えた。
「どうしましたか?」
足に何か触れたといいかけたが、やめた。
男には見えてないようだ。
クラウディオの使い魔は側にいる。
馬車に揺られながらたどり着いたのは古びた館であった。
内装は崩れてて椿は地下の方へと案内された。
地下には牢屋が並んでいて、鞄を奪われると牢屋の中へ放り込まれてしまった。
「それではここでお待ちください。中身を確認して、今後のことを決めてからマリア嬢はお返ししましょう」
そういい男は地下から姿を消した。
「あなた」
か細い少女の声がして椿は目隠しを外した。
「マリアさん」
疲れた様子の彼女は怯えながら椿を見つめた。
「来ないで……」
小さな肩はふるふると震えていた。その顔は恐怖で歪んでいた。
「あなた、もう知っているのでしょう。私があなたを陥れようとしていたというの」
それを聞き椿は悲し気に眉を寄せた。
「どうして来たの? お父様に言われて? ……それとも私を罵倒に来たの?」
「いいえ」
椿は彼女の方へ近づいた。
「来ないで」
マリアの怯えた声の中、椿はマリアを抱きしめた。
体はひどく冷たく震えていた。
この地下では十分な暖はとれないだろう。
毛布をよこされても使う気にもなれなかったようだ。
「怖かったでしょう……大丈夫です。あなたをエーデルシュタイン様の元へお返しします」
その言葉にマリアは大粒の涙を溢した。
嗚咽が響き、椿は何も言わず彼女の頭を撫でた。
しばらくして、ようやくマリアは落ち着いた。目が真っ赤に腫れ上がっていた。
にゃー……
猫の鳴き声が響いた。
いつの間にいたのやら椿の傍に白い猫が現れた。
「白い猫? ……クラウディオ様の?」
「はい、クラウディオ様の大事なご友人です。私たちを助ける為についてきてくれました」
猫はくるりと身をひるがえし牢屋から外へと出て行った。
偵察だろうか、それともどこかにいるクラウディオたちに自分たちの居場所を知らせに行ったのだろうか。
「クラウディオ様の猫? じゃあ、助かるの?」
「はい」
椿がそう笑顔で答えるとマリアの瞳が再び潤んでいった。
「もうおうちに帰れないと思った……よかった」
ぐずぐずと泣くマリアの髪を椿は撫でる。
ここで一人過ごすのはどれだけ心細かっただろう。
◆◆◆
しばらくしてから白い猫は鍵の束をもって戻ってきた。
「ここから出ろといっているの?」
椿が尋ねた。
にゃー……
猫の鳴き声は肯定していた。
椿は困惑した。もちろん脱出できるならそれに越したことはない。
身代金を渡したとしても、誘拐犯が解放してくれる保証はない。
(でも、もし誘拐犯たちに見つかったら命が危ない……ヴィル様が来るまで待機した方がいいのでは)
「行きましょう」
マリアは立ち上がり椿にいった。
先ほどまで泣いていた姿とは反対の凛とした声であった。彼女は鍵を拾い牢屋を開けた。
「あの、マリア様……」
「クラウディオ様の猫が出るように言ったのでしょう」
椿は大きく深呼吸した。
「私の傍を離れずに、歩けますか?」
椿は立ち上がり、マリアに手を差し伸ばした。
マリアは頷き、椿の手を握った。
にゃー……
猫の案内の元、椿たちは地下から脱出をはかった。




