5 誘拐事件
こんこん
深夜にノックする音がして椿は首を傾げた。
屋敷の誰もが寝静まった時刻に誰が来たのだろうか。
(ヴィル様?)
この時間に訪問しそうな人物を思い浮かべながら、椿はベッドから起き上がった。
鏡をみて髪の乱れを整えて、扉を開ける。
がちゃり
扉の向こうには金髪の幼い少女が立っていた。
「あなたは……」
館の主の娘であるマリアだった。
はじめて出会ったときの厳しい言葉を思い出し椿は警戒した。
思わず手を握り締める。
「マリアよ。あなたにお話があって……」
「私に? 寒いから中にお入りください」
椿は彼女を部屋の中へと案内した。
とぼとぼと落ち込んだ様子のマリアはゆっくりと中に入る。
椿に言われるままソファにかけた。
椿はソファにかけず、床に膝をつき彼女に視線を合わせた。
「……あの、今さらで申し訳ないとおもっているの」
マリアはぎこちない声で椿に言った。
「ごめんなさい。はじめて会った時、失礼なことを言ってしまって」
突然の謝罪に椿は驚いた。
「お兄様があなたを大事にしていることがしんじられず、酷いことを言ってしまったわ。お詫びもしたくて来たの」
その言葉に椿は微笑んだ。
「ありがとうございます。その言葉だけで十分です」
「ダメよ!」
椿はお詫びを辞退しようとしたが、マリアは叫んだ。
思ったより大きな声でマリア自身もすぐに咳払いした。
「私の気が収まらないわ。あなたには特別に私の大事な場所へ連れて行ってあげる」
「大事な場所?」
椿は首を傾げた。
「そうよ。とても良い景色なの。朝日が昇る瞬間にみれる景色だから、ぜひあなたを案内したいの」
確かに時計をみるとそろそろ夜明けの時間帯であろう。
だからマリアはこの時刻に訪れたという。
「わかりました。ですが、今は夜で危ないです。ヴィル様たちが起きるまで待ちましょう」
「今じゃなければいけないの。今が一番良い時期で明日みれるかわからないわ。大丈夫、私が普段いっている道で安全だわ」
いっても聞かない少女に椿はため息をついた。
少しでも彼女と良い関係を築けるのなら、ヴィルヘルムの負担が少し減るかもしれない。
一瞬だけそんな打算を考えた自分のずるさに椿は苦笑いした。
「わかりました」
「馬に乗るから、準備が整ったら厩へ来てね」
マリアは言うだけのことを言ったら、自分の部屋へ戻っていった。
彼女も外出用、馬に乗る衣装に着替えるという。
椿は洋服箪笥から用意された衣装に着替えた。
髪を結いあげ、準備を整える。
馬にのるということは随分遠くなのだろうか。
「やっぱりヴィル様に一言言った方がいいかもしれない」
お休みのところ起こすのは申し訳ないが、万が一の時がある。また椿がいなくなったことで血相を変えて探し回ってしまうかもしれない。
椿は着替えた後にヴィルヘルムの部屋を目指した。
真夜中の廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。
「どうしたの?」
「!っ……クラウディオ様」
後ろを振り返ると柔和な微笑みがあり、椿はほっと胸をなでおろした。
「こんな夜遅くに外に出るの? 真っ暗なのに」
椿の乗馬スタイルみてクラウディオは首を傾げた。
「ええ、と……馬の様子を見に行きたいなと思いまして」
適当な言い回しをしながら椿は目を泳がせた。
「ふふ、君はとても嘘が下手だね」
「あの、見逃してください」
「それは内容を聞いてから判断しよう。何しろ僕は君の教師で、保護者のようなものだからね」
実際の保護者はヴィルヘルムであるが、クラウディオも椿の身を案じる。
クラウディオに伝えれば、ヴィルヘルムを起こさずに済むと椿は考えて伝えた。
「内緒なのです」
理由を聞かないで欲しいといってもクラウディオは笑って首を縦にふってくれない。
このまま後ろについてきそうな勢いである。
椿は観念して理由をいう。
「実は、マリア様が謝りにきてくださり、お詫びに今しか見れない景色へ案内してくれると言ってくださり……」
「……そう。帰りが遅かったら迎えに行くよ」
あっさりと椿を解放してくれた。
(急がなきゃ……マリア様はもう厩についているわよね)
ほっとした椿はそそくさと言われた集合場所を訪れた。
「マリア様?」
そこには誰もいなかった。
木をみると白い紙が貼られていた。
ナイフで固定されていて何が書かれているのだろうとみてみる。
「誘拐だね」
後ろから声がして椿は悲鳴をあげそうになった。
それをクラウディオが抑える。
「クラウディオ様、どうして」
確かあのまま解放してくれたではないか。
「ごめんね。君の後ろをこっそりつけていたんだ。だってあんなに君に敵意むき出しだったマリアが心変わりするなんて……これは何かあるなーと思ったら、ややこしいことになったようだね」
「どういうことでしょうか」
「見ての通りだよ。マリア嬢は君をはめて人さらいに差し出すつもりだった。だけど、逆に自分が誘拐された」
「そんな」
椿は林の中へ入ろうとした。
まだ近くに人さらいがいるかもしれない。
それをクラウディオが抑え込む。
「とりあえずこの屋敷の責任者たちに知らせた方がいいだろう。ヴィルも起こそう」
椿の腕を離さないクラウディオは静かに、冷静に呟いた。




