4 少女のたくらみ
椿は決意した。
自分が決めたことならただ待つだけではいけない。
「クラウディオ様、お願いがあります」
ヴィルヘルムが兄と話し込んでいる間にクラウディオに頼み込んだ。
「私への教育を徹底してほしいです」
椿の真剣な表情にクラウディオは笑った。
「君は優秀な子だよ。飲み込みも早い。でも、今はほどほどの速さがよいと思うけどな」
「ですが、今のままではヴィル様の横に立つにはあまりに拙く」
婚儀までにできる限りのことができるようになりたい。他の婦人たちに萎縮してしまわないように。
「わかった。帰ったら特訓だね。そうだ」
クラウディオは思いついたように椿を厩へとつれてきた。
「折角だし、馬の練習でもしようか」
「馬ですか」
椿はうーんと困った顔をした。
「どうしたの? 馬に乗るのは初めて?」
「馬術は殿方の嗜みと思っていたので」
今まで自分から馬に乗ったことはなかった。
「このあたりを駆けるのも気持ちいいと思うよ」
早速馬房へと連れていく。椿には女性用の乗馬衣装に着替えてもらった。
慣れないズボンに椿は落ち着かない様子だ。
クラウディオは一番おとなしい馬を選び椿にそれをあてがった。
大きな馬に椿は少し怯えながらもクラウディオと一緒であればと頷いた。
はじめはクラウディオが後ろに乗った上で椿が乗る状態である。視界の高さに少し怖いと感じる。
「大丈夫。この子は良い子だから。少し歩いてみようか」
クラウディオは手綱を操り広場を走らせた。
少し走らせたところで手綱を椿に持たせて馬の指示の出し方を教えた。
椿は硬直しながらクラウディオのいわれるまま馬を動かせる。
「そうそう。うまいよ」
はじめはうまくいかなくてもクラウディオに何度も言われるまま繰り返すと馬もようやく椿の指示に従うようになった。
その日から椿はクラウディオとともに馬の練習を始めた。
「あいたた」
乗馬を続けてお尻が痛む。椿はソファに横たわった。
傷はすぐに治るのだが、痛み自体は長引くことがあった。
「馬、か」
ヴィルヘルムは椿の腰を撫でながら考えた。
「なぜそんなことを」
「その、貴族の女性も嗜んでおられると聞き……早く上達したくて」
おずおずと答える椿の言葉にヴィルヘルムは深くため息をついた。
「まだお前には早いと思っているが」
「ですが、せめてあなたが恥をかく回数を少しでも減らしたくて」
「異国から来た妻を急かす男と思われる方が恥だ」
ヴィルヘルムは椿を抱き上げて膝の上に座らせた。
あのヨアヒム海岸の別荘での告白以来、ヴィルヘルムはこして椿とのスキンシップを試みてくる。
当初恥ずかしいと思っていた椿であったが、彼の温もりは心地よく、少しずつ慣れていった。
椿はゆっくりと彼の肩、胸元に自身を預ける。
それを確認しながらヴィルヘルムは呟いた。
「お前は十分よくやっているよ」
短時間の間でここまでのこの国の言葉を覚えた。礼儀作法も身についてきている。
「ありがとうございます。ですが、折角時間がありますし。これだけ広い土地なので乗馬の練習はしておきたいです」
健気に笑う椿を見てヴィルヘルムは目を細めた。
「なら明日、俺も一緒にしよう」
突然の宣言に椿は驚いた。
「え? 兄上との大事な話があるでしょう」
「午後3時には一緒にできるだろう」
ヴィルヘルムは有無を言わさず明日の練習時刻を伝えた。
その間はクラウディオと本でも読むようにと言われて。
それから数日、椿はヴィルヘルムとクラウディオとともに馬の練習をしていた。
「うん、上手上手。そのまま向こうの木まで駆けてみて」
隣で同様に馬を駆るクラウディオはそう言いながら椿に指示をする。
椿はまだ表情硬いが言われるまま必死に馬を駆けさせた。
手綱の握り方は以前よりスムーズだ。簡単な遠乗りであれば近日中に可能であろう。
「椿は上達が早いな。教師として鼻が高いよ」
呑気なクラウディオにヴィルヘルムは睨んだ。
「まだぎこちない。あれではいつ落ちるかわからない。クラウディオ、教えるならきちんとそこらも見てやるんだ」
「はは、大丈夫さ。椿が落馬しそうになったらすぐに助けてあげるさ」
クラウディオは呑気に笑い、必死に走っている椿の後を追った。
◆◆◆
その三人の様子を窓から眺めている少女がいた。
「何て図々しい」
家門の主の娘・マリアである。
彼女は眉間に皺をよせて三人を眺めていた。
「お兄様とクラウディオ様に教えを乞うなど」
ヴィルヘルムが花嫁にと望んでいる女性のことを未だに認められずにいた。
あんな遠方の東の島から来た女性など、山から来た猿のようなもの。
貴族たちの良い笑いものになってしまう。
何としてでもあの女をヴィルヘルムから遠ざけなければならない。
「いなくなればよいのに」
マリアはぼそっと呟き、しばらく考えた。
「そうよ。いなくなればいいのよ」
思いついた彼女は急いで侍女に指示を出した。
「以前屋敷に来た商人がいたでしょう? 確か奴隷商人……あいつらに誘拐させればいいわ」
「お嬢様、危険です。旦那様は椿様を花嫁に認めていませんが、客として迎えると言っていて」
「黙りなさい! あの奴隷がいるだけでも家が汚れるのよ!」
あまりの形相に侍女は口を噤んだ。
こんな時のマリアは手がつけられないのだ。
「さて、どうやって誘拐者の元へ手引きするか……」
芝居を思いつきマリアはにやりとほくそ笑んだ。
「エーデルシュタイン家の為よ! お父様ができないなら私が代わりに制裁を加えてやる!」
たからかに宣言した。




