3 想い伝え合う
真夜中、ヴィルヘルムは椿に用意された部屋へと訪れた。
椿はすでに夜の身支度をすませておりナイトドレスの姿であった。
「どうかなさいましたか?」
頬に触れると冷たく、部屋の中をみるとベランダの戸が開かれていた。
(こんな薄着で外の空気に触れていたのか)
「外は冷える。せめてもう少し着ておけ」
ヴィルヘルムはローブを脱いだ。それを椿の肩に羽織らせると椿は萎縮した。
「それと真夜中は不用意に外へ出ない方がいい。屋敷内でも、【人狼】が見ているかもしれないからな」
「【人狼】?」
椿は首を傾げた。
「昔は【人狼】の害があったようで、それ以降、近辺の子供は大人に言い聞かせられて育っている。夜遅くに外に出るといけない。窓を不必要に開けてはいけない。【人狼】が来るぞ……と」
よくある子供の言い聞かせだ。
それに椿は微妙な反応をした。
「私、子供じゃありません……っ」
言いかけて、遠くから遠吠えがした。大きな犬の――いや、狼の鳴き声で椿は怯えてヴィルヘルムの袖を掴んだ。
わかりやすい反応にヴィルヘルムは笑った。
「あれはただの狼だ。向こうの森にいるから大丈夫だ」
椿はほっと胸を撫で下ろした。
目を細めて穏やかな声でヴィルヘルムは尋ねる。
「何をみていたんだ」
椿はベランダの外の光景をみやった。
「星と山をみておりました」
何の変哲もない光景、幼い頃に何度もみた光景で目新しく感じられない。
「国にいたとき、真夜中によくみておりました。夜の星を月を、山と海、風の音」
「故郷では何をしていたのだ?」
椿は困ったように首を横に振った。
「以前も話していた通り、ただ親の死後の安寧を願っていました。外出は庵周辺の山菜をとる程度で……」
誰とも接触せず、自分を最後まで愛してくれた存在の為に日々を過ごした。
「ずっとそう過ごしていたのか?」
「はい。ヴィル様には無駄な時間を過ごしていたようにみえるでしょう。何かをすることもできず、村にいくことも恐ろしくて、旅に出る度胸もありませんでした」
旅に出れば自分のことを知らない村々を渡り歩けばまだ違ったかもしれない。
尼僧に扮し、行く村でお経を唱えたり文字を教えるだけでも人の役に立てたかもしれない。
「何故そのようにしなかったのでしょう」
改めて考えた。
理由は怖かったという一言のみであった。
「俺と一緒ならどうだ?」
ヴィルヘルムの言葉に椿は首を傾げた。
「俺と一緒なら怖くないか」
ヴィルヘルムはぐっと椿の腕を引っ張り自分の胸の中におさえこんだ。
「お前とともに旅をするのも悪くないかもしれない」
その言葉に椿はどう答えていいかわからなかった。
だが、彼の腕の中はあたたかくてひどく安心する。
「でもヴィル様には守る家があるでしょう」
ヴィルヘルムは椿の頬をとらえそっと顎をなぞる。
そのまま顔を近づけ彼女の唇に自身のものを触れさせようとした。
椿は両手でそれを遮った。
「すみません。あの、やはりあの話はなかったことにしませんか」
あの話というのはヴィルヘルムからの求婚のことである。
「私はあなたに相応しくありません」
「それは俺が決める」
「私は何も持っていないですし、あなたの足を引っ張ってしまいます」
妻となればそれはヴィルヘルムの顔の一部になる。
異邦の者。
しかも身分もない。
それどころか、人とは異なる存在。
ヴィルヘルムの重荷になってしまうだろう。
ここに来るまでの間、ヴィルヘルムから求められてうれしいと思っていた。
しかし、今日彼の兄、姪に出会って考えてしまった。
以前の社交界で令嬢から言われた言葉も思い出す。
このようなことはこれから何度でも起こるだろう。
ヴィルヘルムであれば守ってくれるだろう。
気にするなと言ってくれるだろう。
自分がいつもしてもらうばかりでつらくなる。
「すみません。もう休みますので、お引き取りください」
そういいながらヴィルヘルムに背を向けようとしたが、ヴィルヘルムが椿の肩をつかみ抱き寄せた。
「あの、本当にわからないのです。どうして私に」
「何故だろうな。はじめて会ったときのことを覚えているか?」
海外で得た異形のものたちを売買するため積み込んだ船、そこで椿は囚われていた。
他に囚われていた怪物との闘いで椿は身を挺してヴィルヘルムを庇った。
「あの時からお前は俺の中で鮮烈に刻み込まれていた」
いや、その前から囚われていた椿の姿は妖精のように美しくヴィルヘルムの心を動かしていた。
それを言うと照れ臭いので言わないが。
「忘れようにもお前を忘れることができない。仕事中もときどきお前のことを考えてしまう」
その感情が何か理解するのに時間がかかった。
「俺はお前が好きなんだ。はじめてであったあの時から」
だからこそ傍にいてほしい。
「お前が嫌だというのなら諦める。他に好きなやつがいるならそれでもいい」
「わ、私は……」
悩んだ末にようやく口にした拒絶の言葉なのに、ここでさらに言えばすむことである。
嘘でも他のもののことが好きなのだと言えばヴィルヘルムもあきらめるだろう。
それが彼の為になるのであれば。
だが、椿にはそれはできなかった。
「私もあなたをお慕いしております」
顔を真っ赤にしていう姿、その額にヴィルヘルムはキスを落とした。




