9 微生物
約束の日が訪れて椿は解放された。
研究所で作成された書類により彼女は【吸血鬼】にはなり果てていないと証明された。
ヴィルヘルムは急ぎ椿を家に連れ帰った。
たいした過保護っぷりである。
「お世話になりました」
彼女の後ろ姿を見送りながらマルクはため息をついた。
この3日間のことを思い出す。
彼女は本当にふつうの娘であった。
ごくふつうの。
何百年も生きていると言っても老成した雰囲気はない。
どこかで心の成長が止まったのだろう。
「ふふふん」
楽しそうに鼻歌を謳うハンスにマルクはため息をつきながら尋ねた。
「どうした? 上機嫌だな」
「いやぁ、思っていた通りのものが見つけられてね」
ハンスは新しくつくった何枚ものプレパラートを示した。数字が、時間がふってある。
「採取後1時間で死滅する微生物を見つけたんだ」
「は?」
何をいっているのか理解できない。
「10分毎にプレパラート固定化をすませて、同時に数滴を【吸血鬼】の血と混ぜてみた」
固定化したプレパラートには極小の微生物の検出を認めた。
それはどこにもみたことのない形で金平糖のような形をしていた。
顕微鏡を示されると確かに薄青く染められた小さな形が認められた。
1時間後、それ以降に固定化されたものにはない。
「確かに新しい発見だ。これはいったい……」
「椿にしか持たない特殊な微生物だよ。強力な治癒能力を有する原因とも思える」
【吸血鬼】の血にも同じように微生物が存在していた。
だが、椿のような形のものではない。
粉雪の結晶のような形をした小さな微生物であった。
まだ研究途中であり発表はされていない。
研究所ではこれを【V】と呼んでいた。
「【吸血鬼】の微生物【V】が活性化したんだ」
ハンスは楽し気に話した。
今まで鎮静化していた微生物が突然活性化して元気に動き回っていた。
「ほら見てごらん」
言われるままに別の顕微鏡を示される。
顕微鏡を覗いてみると、静かだった微生物【V】が動き回っていた。
それどころか数が増えている。
これをみてマルクはぞっとした。
「椿さんは【吸血鬼】とは別の微生物を持っている。それは【吸血鬼】の血を活性化する」
混乱する頭の中で考えたことをマルクはそのまま口にする。それにハンスはこくりと頷いた。
「つまり椿の血自身は【吸血鬼】を強化する素敵な餌だというわけさ」
彼女の血の味を覚えた【吸血鬼】はまた椿を求めてやってくるだろう。
魅せられたように。
不吉な予言をしながらハンスは楽し気に笑った。
「面白いなー……他の異端者の血も試したいな。【人狼】とか、手に入らないかな」
手に入れた微生物を見てハンスを細めた。




