2 検査入院
【銀十字】――施設内のフローエ夫人の執務室で、ヴィルヘルムは今回の一件を報告した。
「ご苦労様でした」
一通り聞き終えたフローエ夫人はヴィルヘルムに労いの言葉をかけ、報告書を傍らに置いた。
ひとつ呼吸を置き、改めてヴィルヘルムに向き直った。
「今回の件は申し訳なかったわ。まさか……アルブシルヴィウスの【吸血鬼】が混じっていたなんて」
もう少し緊張感を持たせるべきだった。
椿へのお詫びも兼ね軽い旅行ついでに行かせるべきではなかった。
アルブシルヴィウスの【吸血鬼】――大陸各国の【銀十字】が危険と認識している異端者一族が、よりによって国内に入り込み、【銀十字】保護下にある椿を襲った。
あってはならない失態だ。
「今回は私の落ち度………責任は私にあります」
「いえ、俺もうかつでしたので」
叔母だけを責められる内容ではない。
「椿さんにも悪いことしたわ。せっかく楽しい旅行を……と思ったのに」
フローエ夫人は額に手をあてた。
色々対策を練る必要がある。
「今回の件の処断がつけば、あなたに改めて休暇を取れるようにしておくわ」
ヴィルヘルムは深く頷いた。
「そうしていただけると助かります。しばらくしたらロートバッハに戻りたいので」
故郷の名前を聞きフローエ夫人は首を傾げた。
ヴィルヘルムは十五の頃に王都へ勉学のために上京してからほとんど帰郷していない。
ベンカー通りの邸宅を購入し、ヨーゼフを執事として、そこから動く気配はなかった。
学校を卒業すればそのまま表向きは官僚、裏では【銀十字】に属して仕事に熱中している。
一向に帰る気配がなく、故郷の兄から様子を伺う手紙がフローエ夫人の元へ頻繁に届けられていた。
「久々の帰郷ね」
「婚約の報告をしたいので」
その一言にフローエ夫人は大きく目を開き反応した。
「話の順番が逆になってしまいましたが……」
ヴィルヘルムはこほんと咳払いして改めてフローエ夫人に告白した。
「俺は椿を妻に迎えたい」
「まぁ」
夫人の甲高い声が響いた。
その声は驚きと喜びの色が混じっている。
「そのために叔母上には彼女の後見をしていただきたい」
ヴィルヘルムは頭を下げフローエ夫人に懇願した。
【銀十字】保護下の椿はあくまで客人で、この国では身分のない。
その身の安全は保障されているが、貴族に嫁入りするほどの立場ではない。
「突然の我がままですが、どうか」
「いいわよ」
フローエ夫人は快く引き受けると言った。
「そうね。彼女は私の養女にしましょう」
元々椿のことは気に入っていたフローエ夫人であり、すぐにでも彼女の身の固め方を思案していた。
「いえ、そこまでは」
「そこまでは必要です。彼女は異邦人……貴族に嫁ぐならば、貴族の肩書があった方がよいでしょう」
確かにその通りである。だが、しかし……。
「フローエ男爵には」
「大丈夫よ。あの人は気前よく乗ってくれるわ。ええ、乗せてみせるわ」
フローエ夫人は早速周りのことをあれこれと考えていた。
その様子をみて、ヴィルヘルムは不安を覚えた。自分から話題を振ったとはいえ、思わず釘をさす。
「アルブシルヴィウスの【吸血鬼】の件は忘れないでくださいね」
「勿論忘れていないわ」
あっさりと応えるフローエ夫人なので、大丈夫だと思う。
しかし、ここまで椿の件で乗り気だとかえって不安になる。
(こんな時に公爵が留守にしているとは……)
現在ベルンハルト公爵は王宮に呼ばれているので【銀十字】を留守にしていた。
公爵への報告に関してはフローエ夫人に任せておこう。
時計をみるとすでに昼を過ぎていた。
(そろそろ椿の検査も終わっているといいのだが)
自分の執務室へいく。
基本的に自分の執務室はクラウディオとの相部屋となっていた。
検査が終わればあそこにいるだろう。
「ヘル・エーデルシュタイン」
早足で部屋へ向かう途中に白衣の男が声をかけてきた。
施設内の医療や検査を担当している者であった。
「椿の検査をしてくれたのだったな」
こくりと白衣の男は頷いた。
「結果はどうだった?」
「今のところは異常な点はありません。後は血の成分を調べておくだけです。これには数日かかります」
「そうか」
「その間の施設入所の準備をしています」
それにヴィルヘルムはいささか嫌な表情を浮かべた。
確か異端者になっているか否かを調べる間は施設の奥にある隔離部屋で観察する決まりとなっていた。
椿の場合は既に魔女と認定されているため、【吸血鬼】になったかどうかの観察である。
その観察部屋の出入り口は限られ、頑丈に鍵がかけられている。
上の方に小さい窓があり、そこから中の様子を始終伺うためのものがある。
興奮状態であればそこから鎮静作用のある薬香を投げ入れることもあった。
「必要ない」
ヴィルヘルムは首を横に振った。
あの中に彼女を入れるなど考えられない。
自分の不注意で危険な目に遭わせておいて不安な場所へ押し込めるなどできない。
「しかしですね。決まりなんですよ」
「俺の家で厳重管理する」
「困ります」
「何か怪しい点でもあったのか?」
「……彼女は【不老不死の魔女】です」
その言葉を聞きヴィルヘルムは強い苛立ちを覚えた。
確かに彼女は自分とは異なるところがある。
年齢もずっと上だろうし、傷もたちまち治癒してしまう。
だが、それ以外はふつうの女性なのだ。
「我々の診察と検査だけで、正常か異常かの判断を行うのは不安があります。それに、あなたが決まりを無視すれば規律が乱れます」
規律という言葉を聞きヴィルヘルムは深くため息をついた。
「……わかった」
冷静さを欠いてしまった。
いくら椿を愛しているといっても規律を乱す真似をするなど、以前は考えられなかった。
それだけヴィルヘルムにとって椿は大事な存在になっていたということだ。




