1 銀十字
古き時代から人々は自分とは異なる存在、動植物では説明がつかない脅威に頭を抱えた。
災いをもたらす【魔女】、
生者の血を啜る【吸血鬼】、
森の闇に潜む【人狼】をはじめ多くの異端者について知識が不足していた。
手探りのまま行った対応策は怪しいと思える人や動物を捕らえ拷問し、処刑するというものだった。
後に異端狩り、魔女狩りとも呼ばれるその行いは狂気に満ちていた。
中には怪しいというだけで捕らえられた無実の人もいたのだ。
いや、ほとんどそうした人たちだったのかもしれない。
異端者の存在に怯えると同時に、異端者の嫌疑をかけられるのを恐れる時代だった。
その時代に終止符を打ったのが一人の女性の登場であった。
ヴィヴィアナ・ヴァレンティーヌ。――ユリアン国で今も聖女と呼ばれている。
彼女は【魔女】であった。しかし、多くの病を治癒する【白魔女】と呼ばれた。
彼女は多くの知識を身に着け、今までの異端狩りの異質さを指摘した。
異端者の知識を人々に授け、多くの冤罪となった人々を解放した。
異端者の中には人に害を与えない者がいることも提唱したのは彼女であった。
人に危害を加えてきた異端者がどういうものか、これらの対処法はどうすればよいのかを弟子たちに学ばせていった。
彼らは【銀の騎士】と呼ばれ、新たな【狩人】とも呼ばれた。
身に着けているものは銀の十字架であることからそうして【銀十字】と呼ばれるようになった。
このように【銀十字】は発足したのだ。
そしてこれは大陸の各国に伝わり、それぞれの国に【銀十字】を設置した。
このベルラント帝国も例外ではなかった。
積極的に取り入れたのは王族に近い貴族ベルンハルト公爵一族であった。
当時の公爵は王に提案して【ベルラント銀十字】という形で誕生した。
その本部は王都ホーエンにあり、ここには多くの設備が整っていた。
国の中、いや諸外国の中でも異端者への研究が進んでおり、特に注目されているのは異端者によって傷ついた者、異端者によって異端にされた者への医療であった。
これは他の追随を許さない程の勢いであり、諸外国からわざわざ留学にくる者も多くいた。
◆◆◆
「アルコールは大丈夫ですか?」
白衣を着た男に質問され、椿は大丈夫ですと答えた。
「ワイン2杯ほどなら大丈夫です」
「そうじゃないけど……それほど強くないんだね」
男はくすくすと笑い椿に腕をみせるように指示した。
袖をまくり言われるまま右腕をだす。
白く細い腕をみてほうと男は感心した。
目の前の少女は外見は14,5程であるが、実年齢はその十倍以上と聞いている。
この国では珍しい特徴を持つ少女であるが、外見を気にしなければ普通の少女だった。
ひやりとした布をあてられその冷たさに椿はぴくりと震えた。
「それでは血を少しとるよ。大丈夫、少しちくりとするだけだから」
そういい助手からシリンジを受け取る。その先に太目の針がついており、椿は動揺した。
震える左肩に傍にいた端正な顔立ちの男は寄り添い優しく大丈夫と囁いた。
椿の左手を握り、右手で彼女の視界を塞ぐ。
「すまないけど、あまり慣れていないんだ。一発で終わらせてほしいな」
「努力しましょう、ヘル・ベルモンド」
そういい男は少女の腕に針をさし、血を採取した。
ようやく解放されたときは針は抜かれてて椿はほっとした。
同時にずっと手を握ってくれたクラウディオがよしよしと椿の頭を撫でてきた。
「すみません。年甲斐なく幼児のように」
「いいよ。僕も注射や採血は嫌いだからね。もうちょっと針細くしてほしいなー」
ちらりとクラウディオは白衣の男を見つめた。
「これが一番細いんです」
白衣の男は苦笑いして採取したものを助手に預けた。
助手の手に渡った硝子容器の中に赤い液体が満たされていた。
自分の血だと知り、その赤さに驚いた。まるで紅玉が液状になったかのように美しかった。
「見た目は通常の人と同じです。温度も問題ありません。死者ではなく生者のものですよ」
「結果が出るのはどのくらいかかるかな」
「三日で何とかいたしましょう。その間、彼女には施設入所していただきます」
「え」
聞いていないことに椿は動揺した。
「異端者になったかもしれない方には数日間様子を観察するために入所していただきます」
もし、異端者であった場合すぐに対処できるようにというものだった。
「あ、その必要はないよ」
クラウディオはにこりと笑った。
「彼女はエーデルシュタイン邸で様子観察するから」
「しかし、これは規律で」
「可能性は低いんでしょう。何かあっても僕とヴィルがいるから大丈夫」
そういいクラウディオは次の検査のスケジュールを確認し、椿を別の部屋へ連れ出した。
「次は神経学の確認だね。指示通り動いておけばいいよ。気分悪かったらすぐに僕にいればいいし」
「すみません。クラウディオ様の手を煩わせてしまい」
「いいよいいよ。どうせ僕はヴィルと違って暇だし」
にへらと笑う彼をみて椿はほっとした。
慣れない施設での検査を受け、彼が傍にいなければ不安でたまらなかった。
「この検査が終わればヴィルの仕事部屋でお茶を飲んで彼の仕事が終わるのを待とうね」
「ヴィル様の仕事の邪魔になるのは」
「平気平気、俺が目の前でだべってても仕事をする鬼だからね。それに椿が目の前にいれば彼は早く仕事を切り上げるとおもうし」
明るい調子で笑う彼に椿はちらりと施設内の内装を見つめた。
ここに来たのは二度目だった。
ここまで施設内を歩くことはなかったが。
はじめてきたのはヴィルヘルムに出会い保護された直後のことだった。
ここで公爵と呼ばれる方から話を聞き、ヴィルヘルムの家でお世話になることになったのだ。
もう随分前の出来事のように思える。




