10 添い寝
キスの余韻からようやく椿は今いる場所と時間を思い出した。
「そ、それではそろそろお部屋に戻りますね」
慌てて立ち上がろうとするとぐっと肩を掴まれる。
「何故だ。ここで寝ればいいだろう」
椿は顔を真っ赤にした。
「な、いけません。女が殿方の寝所に入るなどはしたない」
「今更だろう」
自分で連れ込んだのだが、ヴィルヘルムは椿を自分のベッドへと押し込んだ。
「あ、あの……あと言い忘れていたことが」
接吻を受け入れた後でいうのはずるいことだと思うが、これは言わなければいけないように思えた。
「なんだ?」
「私は既婚者で、その……密売人の船で、辱めを受けて」
顔を赤くして告白する。
若い殿方を独占してしまう前に言わなければならない。
経験がないというわけではなかった。
それだけならばまだしも自分は密売者たちに辱めを受けたこともある。
「本で読みました。この国では貴族の嫁は貞淑で……その未経験の女性の方がよいというのを」
「どんな本を読んだんだ」
ヴィルヘルムははぁとため息をつき椿の頭を撫でた。
「そんなことは改めていう必要はない」
女性の口から屈辱的なことを言わせるのは気が重たい。
「それに何もしない。ただ添い寝するだけのつもりだ」
「え?」
「抱いてほしいのか?」
直接的な言葉を使われ椿は首を横に振った。
「い、いえ……」
生娘のような反応にヴィルヘルムはおかしくて笑ってしまう。
確かすでに夫を持った身であったという。
かなり昔のことだし、すでに別れたともいっていたはずだ。
それに密売人の件に関しても何となく察していた。
あの密売船で椿が何もされていないとは思っていない。
「ただお前の温もりを感じていたいだけだ」
そういいヴィルヘルムは椿を腕まくらにして横にさせる。
肩を抱きしめると温かい。
そのまま瞼を閉ざした。
眠りについたヴィルヘルムに対して椿は顔を真っ赤にして落ち着かずにいた。
だからといってベッドから出ようとすれば起こしてしまいそうになる。
(……これも辛いのですが)
しかし、彼に抱きしめられるのは妙に心強く感じた。
怖い夢を恐怖の日々を思い出してもすぐに彼のぬくもりを感じられる安堵感を感じた。
◆◆◆
翌朝、椿たちは準備を整え馬車に乗り王都へと帰路を進むことになった。
馬車の中でクラウディオはじっとヴィルヘルムと椿を見つめた。少しうらみがましく呟いた。
「なんだか釈然としないねぇ」
椿はあれからろくに寝られなかったようで馬車の中ですやすやと眠っていた。
隣に座るヴィルヘルムの肩によりかかり、するすると身を落としていった。
今は彼の膝の上に頭をのせて膝枕をしている状態であった。
「この前は椿を嫁にするのにあんなに抵抗していたのに」
「……不満か?」
「いえいえ、ちょっと残念だなと思ったよ」
ヴィルヘルムが椿を選ばないのであれば自分が選ぼうと考えていたのだ。
それを何をきっかけにしたかは聞かずともわかるが、こうもあっさりと交際を宣言してくるとは思わなかった。
2回も異端者に誘拐されて酷い目に遭った彼女を目の当たりにして踏ん切りをつけたようである。
「戻ったら検査を受けさせて、その間にフローエ夫人に報告ついでに交渉してくる」
今回の密売事件についての報告と必要な人力はどの程度かを書類にしてすでに提出ずみである。
改めてことの次第を派遣者に伝える必要があった。
その後に椿の後見についての相談をしなければいけない。
椿はすでに【銀十字】に保護された身であるが、それは平民の娘が貴族の庇護を受けたくらいである。
貴族のヴィルヘルムと婚姻を結ぶためには後見となる者が必要だ。
「ま、フローエ夫人なら喜んで快諾してくれるよ」
それに関しては心配はない。
貴族の好奇の視線はある程度覚悟はしておかねば。
あまりにひどいようであれば田舎でのんびり生きることも選択肢にいれておこう。
「まぁ、お兄さんが許してくれるかどうかは別だけどね」
それを聞きヴィルヘルムはため息をついた。
五つ離れた兄は貴族主義なところがあり、ヴィルヘルムにはどこぞの貴族の令嬢と婚約して婿入りして欲しいと願っている節があった。
早めに片付けた方がよいだろうな。
「これが終わったらロートバッハに帰る」
休暇といっても仕事をさせられた身である。
延長をとっても文句は言われないだろう。
「忙しいね。椿が疲れないようにほどほどにね」
クラウディオは椿をちらりと見つめた。
あどけない少女の寝顔はとても愛らしくて素敵に感じられた。




