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不老不死の魔女-Kamelie-  作者: ariya
不老不死の魔女

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5 菓子の甘み


 ヴィルヘルムの家は王都ホーエンのベンカー通りの住宅街にあった。

 

 立ち並ぶ豪邸の中のうちのひとつの館。――馬車を近づけた後、ヴィルヘルムは降りた。

 

 後から馬車から降りる椿に手を差し出した。


「……」


 椿は困ったように首を傾げた。

 どうしていいのかわからないようである。


 

 なかなか降りる気配がない椿に、ヴィルヘルムは苛立ち椿の手を握り引っ張った。


「あ」


 椿は姿勢を崩しヴィルヘルムの腕の中に飛び込んでしまった。


「す、すみません」


 椿は慌ててヴィルヘルムから離れ、謝罪した。


「今のはヴィルが悪い」


 そばで様子をみていたクラウディオが責めるように言った。


 馬車から降りて、椿の肩に手を置いた。


「こんな愛らしい子に優しくできないなんてひどいやつだ」

 

「……なら、次からお前がエスコートしろ」


 ヴィルヘルムはクラウディオに椿を預けて、館の中へ入った。


「全く、最近ましになったと思ったのに……〔椿、ごめんね。ヴィルってばガサツでさ……〕」


 後ろから聞こえるクラウディオの声を無視し、執事に応対させた。


 出迎えたのは五十程の執事、ヨーゼフだった。

 彼は恭しくヴィルヘルムの帰りを出迎えた。


「おや、そちらは」


 ヨーゼフは後ろにいる異国の少女に視線を向けた。

 

「ヨーゼフ、今日からうちで世話をすることになった椿だ。公爵の大事な客人なので……頼む」


 それだけ言い、ヴィルヘルムは建物の奥へと消えた。そのまま書斎に入り、自身の文机の椅子に腰をかけた。

 どんと足をあげ机に置き、胸元の襟をくずした。


 ようやく1人の時間をとれて、ヴィルヘルムはため息をついた。


 実家にいれば行儀悪いと兄に叱られる行為だが、今は楽にしたかった。

 

 明日から窮屈な官僚をするのだから。


 【銀十字】に従事する人間は、表の立場を持つ。

 ヴィルヘルムは表向きは官僚として、宮仕えをしている。

 

 仕事はベルンハルト公爵の執務補佐で、書類仕事ばかりだが、人付き合いはそれなりに必要だ。

 恩人の公爵の顔に泥を塗らない為に、貴族令息らしく振る舞わなければならない。


 それがとんでもなくだるい。


 別にヴィルヘルムは人を嫌っているわけではない。

 ただ、人が近づいてくる速度に合わせられなかった。


 部屋の向こうからクラウディオの笑い声がした。

 今は椿に館内の案内しているのだろう。


 ヴィルヘルムはもう一度ため息をついた。



 言葉が通じない異国の少女の姿を思い出す。


 不老不死の魔女が東海の島国にいるというおとぎ話はヴィルヘルムも知っている。

 幼い頃東海について興味を強く持つ叔母に教えてもらったのだ。


 まさかそれが実在し、今から自分の家で厄介になるとは想像もしていなかった。



(言葉はクラウディオに任せ、身の回りのことはヨーゼフに任せればいいか)



 自分はいつも通りの生活を送れる。

 そうはいっても椿の顔がちらついて頭から離れない。


(彼女が家にいると思うと妙に落ち着かない)


 胸がざわついてしまう。どうしてしまったのか。


 ◆◆◆


 クラウディオは椿を案内し終えて、ヨーゼフの用意したお茶と菓子をつまんだ。


 椿に言葉を教える為、今の彼女の知っていることを確認する。


「〔簡単な文法や単語はある程度できるみたいだね〕」


 現段階の椿の言語力は、思ったより身についているようであった。


 簡単なコミュニケーションはすぐに可能になるだろう。



「〔はい、あの船で私に言葉を教えてくださる方がいました〕」



 彼は奴隷商人だったが、椿が酷いことをされ疲れ切った頃に林檎や甘い果物を持って慰めてくれていた。

 そしていくらか身ぶり手ぶりでお話をし、言葉を教えてくれていた。


 椿を物としてみなしていなかった男たちの中で唯一椿に優しくしてくれた。

 彼の言っていることを全て理解するのは難しかったが、どうやら妹がいるらしく私の見た目の年齢がそれに近いとのことだった。

 あとはいつも椿への暴力を止められず悔しいと言っていた。


 ――いつか、必ず助けるよ。港に辿りついたら、隙をみて君を連れて逃げるよ。



 理解できない言葉で優しく椿の頭を撫でてくれた。

 しかし、ここ最近彼の姿をみかけなかった。

 椿は必死に彼の姿を探したが、見つけることはできなかった。


 しばらくして船のどこにも彼がいなくなったと気づいた。

 おそらくは船の者たちが、男が裏切りを疑い海に放り投げてしまったのだろう。


 椿は酷い目にあった後、慰めてくれる者がいないことに嘆いた。

 優しくしてくれる者がいなくなったから嘆いたわけではない。

 自分に優しくしたから消されてしまったということが悲しかった。


 悲しそうに話す椿の表情がどんどん暗くなっていった。


「椿!」


 クラウディオは椿に声をかけた。

 どうしたのだと椿が口を開けた瞬間、口の中に甘いものが放り込まれた。


「〔美味しいでしょ。バウムクーヘンといってこの国のお菓子なんだよ〕」


 クラウディオはそう言い同じものをフォークでとりぱくっと食した。


「美味しい!」


 クラウディオはくぅっとその美味しさを喜んだ。

 そして椿に声をかけた。


「〔今まで辛い目に遭ってきたんだよね。もう大丈夫だから、……これからはもっと美味しいものを食べさせてあげる〕」


 元気づけようとしてくれているのを感じ椿は嬉しくなった。


「ありがとうございます」


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