4 銀十字
目を覚ますと見覚えのない天井がみえた。
船の真っ暗な部屋でもなく、庵の木でできた天井でもない。
(おかしいな、私……)
それともこれは夢だろうか。
ふかふかの布団の中にくるまれてとても寝心地がよかった。
起きると自分は白いひらひらした服を着ていた。
寝台から下りるとひんやりとした床の感触が足に触れた。
「あれ……」
夢じゃないみたいだ。
「ようやくお目覚め? お姫様」
若い女性の声がして顔をあげると長い椅子に腰をかけている女性がいた。
金髪に蒼色の瞳をした美しい女性であった。
「あの……」
「ああ、そこのタンスにあなたの衣装があるわ。それに着替えて」
慣れない言葉に椿はどうしようと思った。
指で示された大きな箱ががありそれを開けるように言われたのだろうと解釈した。
扉らしきものに手をかけ開けると中に深緑色の服が入っていた。
袖と裾には細かい刺繍が施され、ひらひらの白い薄い布が出てきていた。
どうやら着るもののようであるが、どうやってきればいいのだろうか。
椿は首を傾げた。
「ほら、手伝ってあげるわ」
女性はくすくすと笑いながら、椿の後ろに回った。されるまま深緑色の服を着せられた。
「うん、ぴったり。私のお古で悪いけどしばらくそれで過ごしてくれる?」
そう言い女性は櫛をとりだし椿の髪を梳いた。
「綺麗な髪ね」と女性は椿の髪を愛でた。
「あ、ありがとうございます」
拙い言葉で椿はお礼を言った。
「いいのよ。私はエヴァ・フェルンバッハ」
「え……」
椿は困った表情をした。
先ほどの銀髪の男といい亜麻色の髪の男といい名前がとても難解であった。
「エヴァよ。エ・ヴァ」
ゆっくりと繰り返されて、椿はようやく「エヴァ、さん?」と口にした。
「そうそう」
エヴァは嬉しそうにほほ笑んだ。
「じゃ、行きましょうか。あなたに大事な話があるのよ」
そう言いエヴァは椿の手をとった。
部屋を出て、案内される途中の廊下がとても珍しく椿はきょろきょろとあたりを見渡した。
辿りついた部屋も豪勢で珍しく椿は中に入っていいものか躊躇した。
「よかったー!」
突然目の前に突進してくる男が、椿を抱擁した。
「え、あの……」
「〔よかった。あのまま目を覚まさなかったらどうしようかと思っていた〕」
自分の国の言葉を話せるクラウディオは椿を思いきって抱きしめた。
「こらこら、彼女の国には抱擁の習慣はないのです。困っているでしょう」
穏やかな声でクラウディオを窘める声があった。
初老の男で眼鏡をかけている。
とても優しそうな方だと、椿は思った。
男の傍に控えている銀色の髪の男に気づき椿は昨日のことを思い出した。
(そうだ。化け物がこの人に襲いかかろうとして……私、庇ったんだ)
ヴィルヘルムが無事であるのを確認でき、椿は安堵した。
椿は促されるままふかふかのソファに腰をかけた。
「さて、えーと。通訳を頼むよ、クラウディオ」
「任せて!」
クラウディオはにこにこ笑いながら、胸をどんと叩いた。
「はじめまして。椿さん。私はアルフレート・ベルンハルト。この子たちの上司で、これでも公爵だ。【銀十字】という組織の統括で、異端者たちの取り締まりだ」
アルフレートはまずは自己紹介をした。
「さて、君が闇商人に捕まった時の話を教えてくれるかい?」
「〔え、と……何から話せばいいのか〕」
椿は記憶をたどり寄せた。
「〔住んでいた庵に、突然異人の男たちが現れて……捕えられ、船に押し込められました〕」
「ふむふむ、では君はどうして誘拐されたかの理由を知っているかい?」
椿はちらりとあたりを見渡した。クラウディオが「大丈夫」と優しく語りかける。
「……〔はい。私は、普通の人とちょっと違うんです。傷を作ってもすぐに治ってしまう治癒能力を持ち、そして老いることのない肉体を持っていました〕」
本当にこんな話をして大丈夫かなと椿はあたりを見渡した。
ヴィルヘルムはジッと椿を見つめていた。睨みつけているといった方がいい。
一瞬目が合い、椿は反射的に目を伏せた。
「〔私はかなり長く生きました。数えるのをやめてしまいましたが、百はとうに超えています〕」
それを聞きヴィルヘルムは驚いた表情をした。
「〔人は私を【不老不死の魔女】と呼びます〕」
「不老不死……」
アルフレートは興味深げに呟いた。
「昔、書物で読んだことがある。東海の小さな島には不老不死の力を得た魔女がいると」
ただのおとぎ話だと思っていたが、どうやら実在していたようである。
それを奴隷として売買しようとした密輸者が彼女を誘拐したということか。
「〔あの、これから私はどうなるのですか?〕」
椿は不安そうに呟いた。
「悪いようにはしないよ。君のような異端の力を持った人は大勢いる」
ここにいる誰も椿を恐れてはいないと言われた。
アルフレートは話を続けた。
「彼らは人に危害を加えるつもりなどなくても、異端として非難される。またはその力を悪い輩に利用されてしまう」
椿はその類だとアルフレートは判断した。
「私はそういう人たちを保護し、人らしい生活が送れるように支援するのが仕事なんだ」
「〔あの、では……私を国に帰すことはできますか?〕」
アルフレートは複雑そうな表情を浮かべた。
「それは無理だね」
理由を続けて説明した。
「君の国は現在鎖国中だ。西海の国はひとつを除き交流を絶っている。残念なことに唯一の国交を保つ国はベルモント国と最悪な仲で、とても協力を得られない」
それを言われ椿はさっと青ざめた。
国に帰るという希望は難しいことと言われ動揺を隠せずにいた。
(そんな……)
国にはすでに親しい者たちはおらず、村の者たちも椿には敬遠しがちであった。
帰っても一人寂しく庵で過ごすしかないだろう。
それでも椿にとって、ずっと過ごした国だ。
姿は変わりつつあるが、父との思い出の景色がある。
帰ることが、叶わない願いだなんて。
「しばらく君の生活の面倒はヴィルヘルムとクラウディオに任せようと思う」
公爵の取り決めにヴィルヘルムは慌てた。
「突然そんなことを言われては困ります」
「別にいいだろう。嫌なのかい?」
「当たり前です! こんな言葉の通じない異国の娘を家に置くのは無理です」
「だから、君の家にはクラウディオがいる。彼がしっかり言葉を教えればいい」
ヴィルヘルムはくっと忌々しげに眉を寄せた。
ちらりと椿をみつめた。
椿は不安げにヴィルヘルムを見つめた。
自分の立場はこの男に委ねられているのがわかっているのだろう。
ヴィルヘルムはようやく大きくため息をついた。
「わかりました。俺が彼女の生活の面倒をみます」
ヴィルヘルムは上司の提案を受け入れた。
「やったー!」
クラウディオは椿を抱きしめ、すりすりと頬ずりした。
何度目かの抱擁でも、椿は慣れる様子はなかったた。




