7 無事を確認
こんこんとノックの音がした。
クラウディオが顔を出す。
「ちょっと中に入っていいかい?」
クラウディオは椿とともに部屋の中に入ってきた。
ヴィルヘルムは立ち上がり彼女の傍に近づいた。
「椿、大丈夫なのか」
椿は視線を下に落としてこくりと頷いた。
こちらに視線を合わせようとしない。
「ご心配おかけしました」
そして、ぽつりと「申し訳ありません」と呟いた。
何故、彼女が謝っているのだろう。
疑問に思っていると椿が、理由を説明した。
「伝令を使って、早くヴィル様に相談すべきでした。あの子がこの屋敷に迷い込んだこと……それにヴィル様の約束を破ってしまい」
約束――ヴィルヘルムは思い出した。
この屋敷から出ないという約束を確かにした。
「いや、いいんだ。俺がもっと注意すればよかった」
そっと頬に触れる。
温かい感触、ヴィルヘルムは安堵を覚えた。
【吸血鬼】の毒牙にかかった者は【吸血鬼】になる。
中には死体のように冷たい者もいる。
同時に一部体温を保つ者もいる。
ヴィルヘルムは思い出しながら、クラウディオに確認をとる。
聞きたいことを察したクラウディオは今の状況を説明した。
「今のところ彼女は【吸血鬼】になっていない。元からある治癒能力のおかげかな」
医者の診察と、簡易検査の結果では【吸血鬼】になっていないと判断された。
「でも、都に戻って念入りに調べてもらった方がいいとも言われたよ」
クラウディオは冷静に怖い話を続けた。
「遅れて【吸血鬼】化する例もあるから」
ヴィルヘルムは椿を抱きしめた。
「あの……」
「よかった。本当に」
「本当にご心配おかけして申し訳ありませんでした」
こほんとクラウディオが咳払いするとヴィルヘルムははっと我に返り椿を放した。
「それで、話の続きをしたいのだけど」
シェートンの言葉にヴィルヘルムは頷く。
「では、椿。少し席を外して」
クラウディオが促すと、椿は首を横に振った。
「いいえ、私もここで同席させてください」
事の経緯についてはすでに簡単ではあるがクラウディオから聞かされたのだろう。
巻き込まれた身とはいえ、今回カティという犠牲者もでており、自分も【吸血鬼】に襲われた。
できれば最後までシェートンの話を聞いておきたかった。
「わかった。こちらへ」
ヴィルヘルムは長椅子に腰をかけ椿を隣に座らせた。
「あの、先ほどは助けてくださりありがとうございました」
椿はシェートンに深々と頭を下げた。
「別に……いや、幸運だったよ。丁度出かける前の君に会わなければどうなっていたか」
「何故そこでわかったんだ」
そこで不審を感じ、後を追うなど。
「確証はなかったけど、匂いがした」
匂い、とヴィルヘルムは首を傾げた。
「メイチュンと傍にいた使用人と御者から血の匂いがした。あの馬車に死体でも転がっているのかと思う程のね」
シェートンは笑って鼻の方を指さした。
椿は微妙な面持ちで言った。
「私は気づきませんでした」
カティもあの少年も普段通りの匂いがした。
多少血の匂いがしたとしても傷だらけで倒れていたのでそのせいだろうと思っただろう。
「ああ、通常の人にはわからないだろう。でも、私は匂いに敏感でね」
後を追ってみたら思った通り砦の外で待っている御者は【吸血鬼】によって変えられた存在であった。
もとは人であったのだろうが、【吸血鬼】の手によって変えさせられた。
人の血への渇望に我慢できずにシェートンに襲い掛かったが、シェートンはそれに対して撃退した。
そして砦の上で襲われている椿を見つけ出し救出したのだ。
シェートンは立ち上がり椿の首に触れた。
【吸血鬼】によって牙をあてられた痕は綺麗になくなっていた。
「あの」
「傷はなくなっている。それでも一応調べておいた方がいい。【吸血鬼】についての研究はまだ途上なんだから」
シェートンは念押しでヴィルヘルムに言った。
「わかっている。椿、明日すぐに都へ戻るぞ」
早めに【銀十字】に所属している医師に改めて調べてもらった方がよいだろう。
「それにしても彼の目的はなんだったのかな」
クラウディオはぽつりと疑問を述べた。
それにヴィルヘルムとシェートンが注目した。
「アルブシルヴィウスの【吸血鬼】がどうしてあんなにあっさりと誘拐できたのかな。子供とはいえ、ここの使用人を吸血鬼に作り替える程の力を持つ超人……簡単にあんな奴隷商人に捕まるとは思いにくい」
「わざと、なんじゃないですかね」
クラウディオの疑問にシェートンはあっさりと答えた。
「あの一族は通常の人と感性が異なり、ひどく特徴的な趣味を持った連中だ。奴は密売される人の気持ちを経験してみようと思ったとか……」
「そんなまさか」
信じられないとヴィルヘルムは表情をあらわにした。
それにシェートンははぁとため息をついて彼を見つめた。
椿と同じ黒い瞳で思わず動揺してしまう。容姿が近い為か、椿の親戚に評価されている気分だった。
「案外あっていると思ますよ。あの変態の一族ならどれだけの苦痛を味わうか、自分で確かめてから実行する悪癖がある。長く生きた退屈さ故からきた行動か、悪趣味なことです」
忌々しく吐き捨てるようにシェートンは呟いた。
まるでよく知っていると言わんばかりの言葉であった。




