4 食事
ヨアヒム丘の上には廃墟になった城壁がそびえたっていた。
昔は戦争に使用される砦だったのだろう。
今では港町と海を一望する展望台となっていた。
砦の石階段をあがり、展望からの見晴らしをみる。
椿は思わずうっとりとした。
丘の上からみえる風景は格別に美しかった。
「これを見せたかったのね。ありがとう」
視界いっぱいに見渡せる海の光景に椿は少女のようにはしゃいだ。
あまり遠出はする方でなかったので、このように良い風景に巡り会える機会はない。
連れてきてくれたカティに感謝した。
「椿様、ランチの準備ができました」
「あなたの手作りのランチですよね」
椿は喜んで石床に敷かれた敷物の上に座った。
「美味しいです」
ハムと野菜をパンで挟んだものを頬張り椿は微笑んだ。
「それはよろしゅうございました」
「キリルも食べましょう」
椿は少年の分の食事を前に出した。
キリルはにこりと笑って首を横に振った。
「僕はいいよ」
椿は首を傾げた。
「お腹空いていないの?」
「空いているよ。すごく」
「食べたいものがこの中にないの?」
キリルは答えない。
「折角カティさんが作ってくれたものなのに」
先ほどから料理に手をつけているのは自分だけのような気がする。
カティは使用人だからしばらく落ち着いてから食べるのだろうか。
キリルはどうして食べないのだろうか。
「僕はそれより食べたいものが目の前にあるんだ」
「なに?」
椿は彼の瞳を覗き込むように尋ねた。
あまりに無防備な様子に、キリルは口の端を歪めた。
「君だよ。椿」
――とても美味しそうだ。
突然の言葉に椿は言葉を失った。
少年のものとは思えない程の冷たい笑みに椿はぞっとした。
後ずさり逃げようとするが、後ろから押さえつけられてしまう。
「カティ、放して」
女の力とは思えない程強く拘束される。
「いけません。キリル様があなたをお召しなのです」
暴れている最中、彼女の腕に触れた瞬間、椿は青ざめた。
彼女の手があまりの冷たかったのだ。
決して外の空気で冷えたというものではない。
それとは異なると椿は理解した。
「君の血を舐めた時、とても美味しくてたまらなかった。もっと欲しい……」
キリルは笑みを絶やさず椿の頬を触れた。
そこには金色に輝く爬虫類のように鋭く冷たい瞳があった。
「いやっ、放して!!」
高い声で叫ぶ女性の声にキリルは眉を潜めた。
「うるさいなぁ」
別に女性の悲鳴は嫌いではないが、今は食事に集中したい。
キリルがそういうとカティは椿の口を手で覆った。
静かになったことでキリルは椿の首筋に触れる。
どこがいいかを吟味し一点を探りそこへ口を近づけた。
口から覗くのは尖った牙で椿はかたかたと震えた。
「んうっ……っ!」
噛まれ、牙をあてられそこから血が溢れる。
どくどくと首元の拍動が強くなるのを感じた。
キリルはごくりと椿の血を飲み込む。
しばらくしてから椿の首筋をみて、そこからじわりと赤い血が流れおちて椿の襟元を汚していく。
キリルはくすりと笑った。
「ああ、なんて美味しいんだ。くせになりそうだ。それに……」
キリルは呟きながら、椿の頬に触れる。
その感触に椿はぞくりとした。
「この顔は実にいい。東海人はみんな同じ顔にみえるけど……君は僕の好きな顔だな」
もう一口と思うと首筋の傷が消えた。
「ああ、そういえばこんな話を聞いたことがある。東の不老不死の魔女……もしかして、君かな?」
何故そのようなことを少年が知っているのだろうか。
疑問に思いながらも口にする余裕がなく椿は身を震わせた。
自分の首筋に近づいたキリルは椿の匂いを嗅いだ。
「東海では人魚を食べると不老不死になるという伝承があったな……確かに人魚の交わった匂いがする」
西海人であるキリルが、何故椿のことをこんなに知っているのだろうか。
あまりの恐ろしさで椿は声が出せなかった。
「君は自分が思った以上に有名だと自覚すべきだよ。一部の人間じゃ君が競売にかけられるのを楽しみにしていたのだ。例えば僕の家族とか」
少年のいうことが理解できなかった。
自分はこれからどうなるのだろうか。
脳裏にヴィルヘルムの姿が浮かぶ。
ああ、そうだ。
彼の留守中遠出は避けるようにいわれていた。
破ってしまったからこうなってしまったのだろうか。
それとも怪我をした少年の報告をしておけばこうはならなかったのかもしれない。
全ては自分の不注意、甘さが招いたことだった。




