8 看病
夕暮れの頃になり手持無沙汰であった椿は用意されたりんごを剥き始めた。
ナイフを扱い皮を剥いていく。
昔は自炊していたこともあり皮を剥く作業はそこまで苦ではない。
「ヴィル様、遅いなぁ」
仕事で今日一日不在であるというのは聞いていたから仕方ないとはいえ、ベッドの方をみる。
(早くこの子の相談をしたいのに……)
自分のベッドで少年は寝息をたてている。
「こんな傷だらけで今までどうしていたんだろう」
そう考えていると指に痛みが走った。
「いたぁ……」
考えながら作業をするものではなかった。
思った以上にナイフが左のひとさし指を抉ってしまっていた。じわじわと血がこぼれおちる。
「まぁ、すぐに治るしいいかな」
椿は傷に特に何もすることなくじっと眺めていた。
急に腕に力が入れられた。
そのまま動かされ何事だと動いた方を向くと少年が起き上がっていた。
先ほどまでベッドで眠っていたはずだ。
「どうしたの?」
椿の問いを聞かず少年はじっと椿の指を見つめた。
そこから紅い血が溢れている。
「大丈夫よ。すぐ治るわ」
心配してくれているのだと解釈した椿はにこりと微笑んで見せた。
ぱくりと少年は椿の指を口に加えこんだ。
(ああ、治療してくれているのね)
椿は少年の少し癖のある金髪を撫でた。
「ありがとう」
指を放した後、琥珀色の瞳がじっとこちらを見つめてくる。
怪我がなくなっているのを不思議に思っているようだ。
「あなたが治してくれたおかげよ」
実際は自分の特異能力によるものであるが、と椿は苦笑いした。
「貴方の方が酷い怪我だけど、大丈夫?」
自分よりよっぽど酷い怪我の少年の身をいたわった。
体中の青あざが痛々しい。
簡単に確認してみたが、骨が折れていないだけ幸いともとれる。
明らかに骨折していれば、意地でも近くの医者の元へ連れて行っていた。
「お医者さんに診てもらいたいけど今忙しいみたいで、応急処置しかできなかった。お薬あるから飲める?」
館にある常備薬の解熱剤の粉薬を差し出す。
一瞬いやな表情をしていたが、少年はごくりと飲んで「うえっ」と眉をしかめた。
「はい、よく飲めました。りんごよ」
そう言いながら先ほどまで剥いてた果物を持った皿を差し出した。
少年はその形をみて少し感心した声をあげた。
「うさぎのつもりよ」
皮でうさぎの耳をかたどったそれは少年の目を引き寄せた。
少年はぱくと食べてほうと息を吐いた。
「ご飯食べれる? スープがあるから温めてもらうね」
椿がそういいながら立ち上がると、少年は椿の袖で掴んだ。
「いらない。そばにいて」
上目遣いで袖を引っ張ってくる少年に思わず頬が緩む。
「ねぇ、あなた名前は? 私は椿というの」
「椿?」
「ええ、この花よ」
そう言いながら彼女は髪留めを見せた。
普段はつけないが、お守りがわりにいつめ持ち歩いていた。
髪留めはブローチにもなるので、その時のドレスに合わせて髪につけるか、ドレスにつけるかを楽しんでいた。
ヴィルヘルムから贈られた大事なものだ。
「ああ、それか。それなら僕の庭にもたくさん咲いてるよ」
「そうなの。あなたのお家は?」
「ずっと向こうの山奥にある」
一方を指すのは南の方面であった。
「遠い場所?」
「君の故郷に比べれば近いよ。……でも遠いのは遠いかな」
少年はもったいつけるように言ってくる。
「どうしてここへ」
「人さらいにあったんだ」
気づけば簀巻き状態、解放されては痛めつけられ、簀巻き、の繰り返しだった。
「ひどい」
椿は眉をひそめた。こんな小さい体に何故そんなひどいことができるのだろう。
「誘拐犯が油断している時に逃げ出したんだ。我武者羅に逃げて……たどり着いたのがここだった」
「辛かったね。痛かったね」
椿はポロポロ涙を流し少年を抱きしめた。
「君はとても優しい人だね。それに……」
少年はちらりと椿の首筋を見つめた。
「?」
少年が何を言おうとしているのだろうかと椿は耳を傾けた。
あまりに純粋な瞳に少年は目を細めた。
「ううん、なんでもない。僕はキリル」
「そう、よろしくね」
その夜は椿はキリルという少年と一緒に寝た。
はじめは椅子で寝ようとした椿にキリルがねだる形で一緒に寝ることになった。




