6 植物園
ガラス工房からでた後は小さな喫茶店へと向かった。
高齢夫妻が仕切った小さな喫茶店で、流行遅れであまり客はいない。
だいたいは古参客であり、落ち着いた雰囲気であった。レトロな雰囲気をよしとする客が時々足を運ぶことはあるが、それでも静かな空間でヴィルヘルムは好んでいた。
「しかし、暑かったな」
ヴィルヘルムは先程の工房について感想を述べた。自分で選んで入ったとはいえ、炉の熱気は想像以上だった。
「でも、とても美しいものをたくさん見られました」
椿は瞳を輝かせていた。
女性と2人で話している間に職人たちの腕の見せ所を披露されたようだ。
その時の感動がまだ冷めないのか、少し興奮気味であった。
「我が国のガラス細工は、西海随一だ。東海にも輸出していたと思うが……」
「はい。その持っていましたので」
椿の予想外の言葉にヴィルヘルムは目を見開いた。
「大昔、お供えの品の中に入っていてとても綺麗な杯でした。まさか、この国の品だとは思わず……驚きました」
そういえば、村から畏れられていてお供えを受けていたと言っていたな。
西海と東海との貿易は三百年前から……となると、何かしらの流れで椿の故郷へ流れ着いたのだろう。
「そのガラス杯は」
「あまり綺麗で父の仏前に飾っています」
自分では使ったことはないようだ。
椿らしいといえば、椿らしいのだろう。
「ヴィル様、あれは何でしょう?」
喫茶店を出ると、椿はひとつの店に興味を示した。
店には数人が並んで中に入るのを待機していた。
あれは店ではなく……
看板を見て微妙な表情を浮かべた。
「絵画の個展だな」
「まぁ、絵ですか?」
美術にも興味があるのか椿は瞳を輝かせた。
ふつうであればついでに立ち寄ろうと言えるのだろうが、ヴィルヘルムは看板についている画家名をみてますます難色を示した。
リヴィオ・コロンビ。
あまり好きじゃない画風とだけ言えば、椿は遠慮して入ろうとはしないだろう。
「一応説明するが……」
情報はなるべく伝えておく方がいい。
ヴィルヘルムはため息まじりで説明した。
「あの画家は100年前に活動した、刺激派と呼ばれている」
「刺激派?」
「あまりに加虐性の強い作風で、合う合わないに別れる。そのな……」
ヴィルヘルムは悩みながら言葉を選んだが、結局直接的な言葉になった。
「女性が暴行されている絵が多い」
それが肉体的にか、精神的にかは多岐に渡る。
中には椿のトラウマを彷彿させるものがあるだろう。いや、全部トラウマを彷彿させる。
外に飾られている絵は比較的見れるものだが、あれは女性の水死体の絵である。
それを聞き椿は一気に興味を失った。
ぎゅっとヴィルヘルムの腕にしがみつく。
「あんな絵よりももっと良いものを見せてやる」
ヴィルヘルムが言うと椿はそちらに興味を向けた。
たいへんわかりやすくて助かる。
だいぶ椿の内面を理解できてヴィルヘルムは少しばかり喜びを感じた。
◆◆◆
王立植物園。
植物研究者が国内外の植物を収集して、この国でも栽培できるように改良された。
いわばここはその発表会だった。
様々な植物を見て椿はきょろきょろとあたりを見渡す。
特に淡い色あいの薔薇を気に入っていた。
「花が好きか?」
「はい」
屈託のない笑顔にヴィルヘルムは安堵した。
どうせなら椿が好んだ薔薇の苗でも買って帰ろうか。
その時、ふと故郷の菜園を思い出した。
「久々に育ててみるかな」
「ヴィル様は花を育てたことがあるのですか?」
「ああ、森の奥に……母が残した菜園があって、勉強の合間に世話をした」
よく苗をダメにしてはクラウディオにあれこれと注意を受けたことは黙っておこう。
「素敵です。見てみたい」
椿の希望を聞いてヴィルヘルムは困ったように説明した。今はとても見せられる状態ではない。
「今はもうほとんど手付かずで、荒れ放題だぞ」
「それでも良いです」
「なら、今度一緒に見に行くか」
そういうと椿は嬉しそうにした。
今年は実家に帰るか。
ヴィルヘルムはふと兄の小言を危惧した。
ここ数年全く帰宅していないので、何と言われるだろうか。
だが、椿と一緒であるのなら悪い気もしなかった。
「ここだ」
ようやく一番の目的にたどり着いてヴィルヘルムは立ち止まった。
椿はヴィルヘルムに促されてある花の方をみた。
「……」
それはKamelie――赤い椿の花であった。
遠い東海から、海を渡りこの国へたどり着いて植物園で大事に育てられている。
品種改良も進んでいて、この地域でも育てられるように苗も売られていた。東海ブームで人気の花のひとつだ。
もう4月で終わり頃だが、まだ咲いていてよかった。
ヴィルヘルムは椿の花を眺めて安心した。




