2 お詫び
「椿さん、何か希望とかあるかしら」
フローエ夫人は謝罪の対価をしたいと椿に伝えた。
「い、いえ。私はそんな……」
遠慮する椿に、エヴァは考えた。
「私は夏用の普段着を10着、プレゼントするわ」
「いえ、その必要は……」
「どうせ、まだこの2人は夏の準備すらしていないのでしょう。ベルモンドはともなくヴィル坊が選ぶセンスのないドレスを着るよりはなしでしょう」
今さらっとヴィルヘルムの趣味を否定した。
さすがにかちんときたが、遠慮する椿にまずは言わなければならない。
「椿、遠慮せず受け取れ。いっそあの女の財布をすっからかんにするくらいねだれ」
「嫌だわぁ……性格の悪い男は」
エヴァはやれやれと呟いた。
「では……ありがたく使わせていただきます」
椿は、苦笑いしながらエヴァのお詫びを受け取ることとした。
「そうとしたら午後にブティックが来るように手配するから」
午後という言葉に椿は動揺した。
いつの、午後とは言わず、午後というと。
「今日……ですか?」
「そうよ。私が支援しているブティックだから一声ですぐ飛んでくるわ」
腐っても高位貴族令嬢である。
することは引きこもりだった椿の想像を超える。
「私はそうね……何がいいのかしら」
フローエ夫人は困ったように呟いた。
普段着ドレスは既にエヴァが陣取ってしまった。
「椿さんの好きなことは何かしら」
フローエ夫人の質問に椿は考え込んだ。
そしてふと思い出したのは故郷の景色である。
もう戻ることはないが、それでも近いものは見たい。
「海を見たいです」
その言葉にフローエ夫人は両手を叩いた。
「そうだわ。私の別荘へ招待するわ」
フローエ夫人は地理関係を説明した。
「ヨアヒム海岸という人気の避暑地があるの。まだ夏じゃないから人は少ないし、過ごしやすいわ」
そこにある別荘を長期間で貸してくれるという。
勿論管理している使用人たちに接待をさせるので、何も準備する必要はない。
「それで、そこでは何もないのですか?」
ヴィルヘルムは食いかかる。
「何も、て何かしら?」
きょとんとフローエ夫人は首を傾げた。
「何かあるんじゃないですか?」
「……」
フローエ夫人は目を泳がせた。
ますますヴィルヘルムの視線は険しくなる。
「奴隷商人の拠点があると噂があったわね」
「それで?」
「【狩人】たちが対応中よ」
「で?」
「【騎士】は別に派遣させるわよ」
はぁーとヴィルヘルムはため息をついた。
「そんな場所に椿を連れて行く訳には」
「別にいいじゃない。奴隷商人なんて王都にうじゃうじゃいるわ。あいつら刈っても刈っても雑草みたいにニョキニョキ生えるんだし」
エヴァの横槍にヴィルヘルムは睨みつける。
「そんなのいちいち気にしていたらどこにも行けないわよ」
エヴァは気にせず言った。
「それなら王都から一番近い海……いや、あそこはダメだ」
ヴィルヘルムはすぐに首を横に振った。
王都から近い海は、椿とはじめて会った場所である。つまり、奴隷だった場所だ。
そこは選択肢から除外された。
だが、奴隷商人が拠点にしている――【騎士】を求めるほどの場所へ椿を連れていくわけにはいかない。
なかなかよしとしないヴィルヘルムに椿は裾を掴んだ。
「ヴィル様。私、海……見たいです」
椿の遠慮がちな言葉に、ヴィルヘルムは頭をかかえた。
「わかりました。俺が行くまで、強制捜査、差押えできるように準備をさせてください」
「あら、別の【騎士】を」
「どうせ、後から駆り出されるならはじめからでます」
今までの仕事の内容を思い出しながらヴィルヘルムは断言した。
「こう見えて、ヴィルは優秀なんだ。特に奴隷商人関係は」
横から椿にひそひそと耳打ちするクラウディオに椿は「まぁ」と声を上げた。
「それなら私も頑張ります……あた」
囮の役目をする気満々な椿の額に、ヴィルヘルムは指で弾いた。
「お前は、留守番。俺がいない時は絶対に、絶対に、外に出てはダメだ」
「過保護ね」
エヴァはぼそと呟いた。
「過保護にするまでにさせたのはどこのどいつだ」
ヴィルヘルムは皮肉を込めて反撃し、エヴァは窓の外を眺めた。




