1 謝罪
ヴィルヘルムの館――サロン室で、ヴィルヘルムはひどく険しい表情を浮かべていた。
隣に座る椿は困惑しておろおろするばかりである。
目の前では頭を深く下げるフローエ夫人とエヴァの姿があった。
「お二方様、どうか顔をあげてください」
さすがに見かねて椿は声をかける。
「いや、このままでいい。2人はお前を囮に、餌にしたのだ」
ヴィルヘルムは変わらず厳しく言った。
先程、椿は古城の怪物事件から解放された。
怪物――ハンス・フランケンシュタインを釣り上げる為に、彼が興味を持ちそうな【不老不死の魔女】である椿を利用したのである。
フローエ夫人のいつものテンション高めの様子で、流されてしまった。
気づいた時は椿がハンスに誘拐された後である。
クラウディオがいなければ、ヴィルヘルムは2人に手をあげていた自信があった。
「椿さん、本当にごめんなさい。まさか、そんな怖い目に遇うとは思わなくて……」
フローエ夫人の言葉にヴィルヘルムは睨みつけた。
「あの……私は大丈夫です。こうして無事に戻れましたので」
椿は困った表情で返事をした。
「椿、お前はあともう少しで鉄の処女に放り込まれるところだったんだぞ。その上、あんな辱め……」
思い出しただけではらわたが煮え帰る思いがした。
ハンスの古城の地下で、ハンスに暴力を振るわされていた。
あれを見た瞬間、全てが壊れる音がして気づけばハンスを殴りつけていた。
思い出しただけで腹が立って仕方ないのに、椿はどういう訳かもう終わったことと済ませていた。
「椿はもっと怒れ、嫌だったと泣け!」
ヴィルヘルムはなおも言い続ける。
「十分泣きました。叫んだし、嫌だと……ヴィル様が助けてくださったので、それで十分です」
その言葉にヴィルヘルムは胸がぽっかりとあく感覚がした。
もし間に合わなかったら、どうなっていたか。
それなのにどうして椿はそんなことを平静に言えるのか理解できなかった。
「もっと2人に言うべきことがあるだろう」
もどかしさを覚えつつヴィルヘルムはなおも言い続けた。
椿はしばらく考え込んだ。
「では……」
言いたいことがようやく見つかり椿は2人に向き直った。
「次から私を利用したい時は教えてください」
さすがにそれにはヴィルヘルムはずり落ちそうになった。
エヴァは目が点になり、椿を見上げた。
「さすがに驚いてしまいます。心の準備は欲しいです」
「待て」
ヴィルヘルムは椿の肩を掴んだ。
椿は首を傾げていた。
「お前は、こいつらに利用されて死にかけたんだぞ。もっと怒れ!」
「……私は死にませんよ」
椿の言葉にヴィルヘルムは頭を抱えた。
「これ以上はハンス・フランケンシュタインの被害は増えることがないのです。これ以上いいことはありません」
本気で言っているのだろうか。
エヴァもさすがにお人よしがすぎると訝しんだ。
「そうね。確かに、あなたに肝心の情報を渡さなかったのはよくなかったわ」
フローエ夫人は頷いた。
「はい、私でもお役に立てることがあるのなら是非……」
「ダメに決まっているだろう」
ヴィルヘルムは強く拒絶を示した。
「このことは公爵にも正式に抗議する」
「ですが私の身の保証をしてくださっているのh公爵ですし、彼がお求めであれば……」
「俺もお前の保証人だ。保護している人間だ」
ヴィルヘルムは頑として言い放った。
「嘘、これがヴィル坊」
思わずエヴァが言葉を漏らす。
それにヴィルヘルムは厳しく睨みつけた。
「驚いたわ。以前は、押し付けられて迷惑と全身で言っていたあなたが……随分椿さんを大事にして」
「迷惑なんて思っていない」
ヴィルヘルムは胸にちくっと刺さるものを感じた。
確かに、はじめて椿を引き取ることが決まった時は色々考えてしまった。
それで椿を怖がらせて傷つけたことは反省している。
「はいはい、でもあなただって保護プログラムの契約書の内容は知っているでしょう」
それを聞いてヴィルヘルムは詰まる。
「はい、確か……【銀十字】が協力要請したら可能な限り応じるようにと書いていました」
クラウディオに手伝ってもらい契約書を把握していた椿は呟いた。
「勿論、拒否権はある」
それにヴィルヘルムは付け加えた。
「今回は、その一環で椿さんに協力してもらったの」
エヴァはつらつらと説明した。それに椿はぽつんと言う。
「教えて欲しかったです」
「ごめんなさい。折角のパーティーだし、気おわず楽しんでもらおうと思って……まさか私もヴィル坊と、ベルモンドがいながらあっさりと誘拐されるなんて思わなかったのよ」
はぁとエヴァはため息をついて、それにクラウディオは苦笑いした。
「ごめんね。僕もまさかハンスがあんなに人を誘導できるとは思わなかった」
そういえば、クラウディオも知っていたのだ。
それを思い出してヴィルヘルムの怒りは彼にも向かう。




