9 不老不死の魔女
馬車の中で椿はちらりとヴィルヘルムを見つめた。
それにヴィルヘルムはどう話しかけていいのかわからずにいた。
「ありがとうございます」
ようやく椿は感謝の言葉を出した。
「また、ヴィル様に助けてもらいました」
はじめて出会ったときに一度、そして先ほどで二度目であった。
「この恩は決して忘れません」
「忘れていい」
ヴィルヘルムはそう言い椿の髪に触れた。
そして、髪飾りをとりつけた。
赤い椿の花の飾りを。
椿はガラスにうつるそれを見て悲しげに笑った。
「こんな【魔女】の私にここまで優しくして……本当にヴィル様はお優しい方です」
「俺はお前を【魔女】と思っていない」
「いいえ、私は……人ではありません」
椿は二人に真剣な面持ちで向き直り、自身のことを説明し始める。
「はじめて会ったときにも知らされたことでしょうが、私は800年以上の時を過ごした【不老不死の魔女】です」
「800年……」
その途方もない数字にヴィルヘルムは困惑する。
100は超えたというが、まさかそこまでとは。
椿は顔を赤くした。
「不思議だよね」
クラウディオはじっと椿を見つめた。
「どこをどうみても普通の少女なのに、どうしてそんな業を背負っているんだい?」
それに椿は困ったように笑った。
「大した話ではありません。私は随分昔に人魚の肉を食べてしまいました」
彼女が言うには人魚の肉は不老不死の妙薬でもあるといわれている。
「あの日から私の時間は止まってしまいました。一度は夫を持ちましたが、夫も年をとらない私に気味悪さを覚え妾を作ってよりつかなくなりました」
その言葉にヴィルヘルムは思わず身を乗り出した。
まさか既婚者とは思わなかったようだ。
「相手の家も私の扱いに困っていたようでしたので、離縁して私は人里離れた場所に庵を儲けそこで父の弔いをしたいと申し出て家を出ました」
椿の続けての説明のヴィルヘルムはほっとした。
結婚したが離縁したことに安心を覚えていた。
「それから何百年もの間一人で過ごし外に出ることはありませんでした」
「それで何をしたの?」
クラウディオの質問に椿は苦笑いした。
「特に……何も。ただお経を唱え、父を想い、山菜をとって過ごすだけの日々です」
椿は恥ずかしげに呟いた。本当に特別なことはしていないと。
「私は【魔女】ですが、魔法も使えませんし、薬の作り方も知りません。ただ死なない、老いない身しか持ちえません」
それでもそれは多くの権力者が求めてやまなかった不老不死には変わりない。
椿は不老不死に憧れを持つ人々に狙われ、祖国を離れた遠い地まで運ばれ売買されそうになった。
「……それで?」
話がひと段落したところで、ヴィルヘルムは椿に続きを求めた。極めて冷静な声であった。
「え……それで、と申されますと?」
「俺が椿に優しくしてはならない理由はあるのか?」
そう言われ椿は困ったように俯いた。
「私は人じゃないですし、不気味な異端者です」
「そうか。特に害をなすわけでもないのだろう。それで、何故だ? 俺は優しくしてはおかしいのか?」
「え……」
質問を重ねられて、椿は頭を抱え混乱した。
「俺はお前を化け物だなんて思ってもいないし、お前が変に気負う必要もないと思っている」
「でも」
「俺がこうしたいからこうする。それでいいだろう」
ヴィルヘルムははっきりと言い放った。
それに椿はどういえばいいのかわからなかった。
それにクラウディオがおかしげに笑った。
「ヴィルは椿のことが大好きなんだよ。椿は気にせず彼に甘えればいい」
「お前は……」
変な解釈を入れてきてヴィルヘルムはきっとクラウディオをにらんだ。
「え? それじゃ嫌いなの。うわ、ひどい。なら椿は俺がもらおうかな」
クラウディオはそう言いながら椿の腕を引っ張った。
揺れる車の中立ちあがった椿はバランスを崩しそうになった。
それをヴィルヘルムが支え、椿を腕の中に収めてしまった。
「あの……」
椿は困ったようにヴィルヘルムを見上げた。
「別に嫌いではない」
ヴィルヘルムはそう言いながらクラウディオをにらんだ。
「強引に引っ張るなよ」
ヴィルヘルムの注意がおかしかったのかクラウディオは笑った。
椿はヴィルヘルムの腕に手を添えた。
「ありがとうございます」
そう笑う彼女を見てヴィルヘルムは目を合わせないように窓の外を見つめた。
◆◆◆
王都にあるヴィルヘルムの館にはフローエ夫人とエヴァが待機していた。
すでに早馬でヴィルヘルムが無事椿を保護できたことと、例の事件の主犯を捕えられたことを知っていた。
窓から馬車が来るのを確認したエヴァはフローエ夫人にそれを告げた。
「無事帰って来たようだわ」
「そう、良かったわ」
お茶を飲みながら、フローエ夫人は安心したように微笑みお茶を飲んでいた。
エヴァはふうっとため息をついた。
「……椿さんには悪いことをしたわ」
さすがに罪悪感はあった。
今回の事件解決に椿を利用したのは公爵の提案であったが、それを止めることなくエヴァとフローエ夫人は仕向けたのだ。
実際、公爵はヴィルヘルムに恨まれてもいいと考えていた。
それを嫌がったのがエヴァであり、エヴァはフローエ夫人に相談した。
そしてフローエ夫人のテンションの高さで椿はパーティー参加して巻き込まれたというのが今回の流れだ。
「ええ、椿さんにまずは謝罪しないと……」
フローエ夫人は困ったように微笑んだ。
ヴィルヘルムに恨まれても仕方ない。
同時に少しばかり嬉しくもあった。
公爵の恩義以外、他人に興味のないヴィルヘルムがようやく異性に興味を持ち、感情を向けることになったことが。
これならば少しだけ安心できる。
フローエ夫人は、彼の母の姿を思い出した。
死ぬ間際までヴィルヘルムを心配していた女性を。




