5 同じ異端
「……ん……っ!」
椿はようやく目を覚まし、見知らぬ天井に首を傾げた。
「こ、ここは?」
椿は見ず知らずのベッドから自身を起こし考えた。
確か、私はパーティーに行って、粗相をしてしまってホールから建物から飛び出した。
「っう……」
椿は先のことを思い出し、唇を手で覆い隠した。
思い出すのもおぞましいと顔が真っ青になった。
突然、扉が開き椿はびくりと身を震わせた。
部屋の中に入って来たのは例の金髪の美青年。
彼は椿が目を覚ましているのに気付きにこりとほほ笑む。
手にはワイン瓶とグラスを二個手にしていた。
「あ、目を覚ましたんだね?」
「あ、あなたは……」
「ハンスだよ、さっき話したでしょう? 顔色が悪いね、大丈夫。お酒よりも水を持ってこようか」
椿はふるふると首を横に振った。
そう、と言いながらハンスは部屋の灯りを灯した。
灯りがついてはっきりと見える部屋の中を椿はぐるりと見回した。
「こっちへおいで」
ハンスはテーブルの上にグラスを置きワインの栓を抜いた。
二つのグラスに赤いワインを注いだ。
そして、片方を椿に差し出した。
椿はベッドから起き上がり、ハンスの方へとおそるおそる近づく。
そして、このグラスを受け取るべきなのか悩みじっと立ち止まった。
ハンスは椿の手を取り、ワイングラスを持たせる。
そして自分の分を持ちそれに乾杯した。
なかなかワインを口にしないハンスはワインが駄目なのか尋ねた。
「毒は入っていないよ」
「いえ、そういうわけでは……」
「あ、お酒よりジュースの方がいいかな?」
「わ、私は子供ではありません」
椿は思わずむっとした。
見ず知らずの男にお子様扱いされるのは心外だと。
それがおかしいのかハンスはくすくすと笑った。
「そっか、見た目は僕より若い、というより幼いから……でもそうだね。【魔女】は見た目よりうんと長く生きているようだし」
椿はぐっとワインを一飲みした。
自分の国の酒とは異なる甘い香りに一瞬ぼうっとしてしまった。
「ねぇ、君は……いくつかな」
答えようとしない椿にそうかとハンスはすぐに納得した。
「女性に年を聞くものじゃないよね。でも、本当にどこからどう見ても十代の女の子にしか見えないからどうなのかなってあ、ひょっとして見た目通りの年齢だったとか?」
「いえ……もう数えるのを忘れましたので」
もはや年齢を数えても意味がないと思った椿は800歳を境に数えるのをやめてしまった。
ずいぶん昔のことだ。
「そっかぁ………へぇ、それだけ長く生きているんだ。ねぇ、どうやって【魔女】になったの? 悪魔と契約したの?」
彼の瞳の輝きは好奇心旺盛な少年のもので椿は戸惑ってしまった。
先ほど背筋がぞっとさせたほどの青年とは思えない。
「ごめんね。僕、【魔女】に会うのが初めてですごく興味があったんだ。ずっと会いたかったから。僕と同じ化け物に」
最後の化け物という言葉に椿は目をぱちくりさせる。
「あなたが……化け物?」
ハンスは照れながら頷いた。
「うん……僕みたいなのはずっと一人だと思っていたから君に会えてすごく興奮しているんだ」
とても嘘をついているようには見えない。
「僕は普通の人間よりもちょっと丈夫でね。ちょっとやそっとでは死ねないんだ。大きな怪我をしても少し休めば全然平気だし、腕がもげても繋げてしばらく安静にしてれば機能的には問題なく回復してしまう」
思い出したように自分の方に指をさして言った。
「あと、僕は20年間ずっとこの姿のままなんだ」
「20年……」
「うん、普通なら40代くらいの姿になっているよね?」
でも、自分は普通と違うから老けることがないんだとハンスは微笑んだ。
「ホムンクルスって知っている?」
「いえ……」
知らないという椿にハンスは教えてあげると物知りの子供のような口調で説明し始めた。
「フィクション物語ではフラスコの中に人間の性液や薬草と人間の血でようやく生まれた人工人間なんだって。僕が生まれた材料とはちょっと異なるけど、父さんは僕をホムンクルスと言っていた」
「お父……さま?」
「うん、僕を作ってくれたお父さん」
ハンスは悲しげな表情で昔のことを思い出して椿に話した。
――お父さんは死んでいしまった兄さんの身体とたくさんの人間の身体を繋ぎ合わせてようやく僕を作ったんだと言った。
僕をはじめ兄さん……ハンスっていう人の蘇った姿だと思ってハンスと名付けたんだけど、しばらくしてようやく冷静になって僕がハンスと違うというのを理解していた。
それでも、彼は僕を新しい息子・ハンスとして愛してくれたよ。
他の科学者は僕を化け物扱いしたけど、父さんはいつも僕にいろいろ教えてくれた。
僕が本に書いている通りの実験を成功させたらいつも跳びはねて喜んでくれた。
「ハンス、お前は優秀な子だ、さすが私の息子だ」
そう言って頭を撫でてくれるんだ。
僕はそれがとてもうれしくてたくさん勉強して、たくさん実験を試してみたんだ。
いつのことだったか実験に失敗して、大きな爆発を起こしてしまった。
その音に父さんは実験室に飛び込んできて僕に無事か無事かと何度も尋ねて僕の身体をさするんだ。
さっきも言った通り僕はすごく丈夫で、あれくらいへっちゃらなのに変なのって首を傾げたものさ。
でも、その時の涙を流す父さんの姿を見ているとなんだかとても心が痛んでね、それから実験には細心の注意を払うようにしたんだ。
父さんは僕の父親で、先生で、はじめての友達で、愛しい人。――




