4 追及
「そろそろ宜しいでしょうか? パーティーに戻らねば……これでも、主催者なのでね」
クルーケンベルグ男爵が再び、ソファから立ちあがろうとした。
「あと、一つ……」
まだ何かあるのかと男爵は眉間にしわをよせた。
「あくまでこれは私私用にすぎないのですが……」
ヴィルヘルムは付け加えていく。
実際は、その襟元をひっつかんで情報を吐き出させたいが、今はまだ建前の姿を崩してはいけない。
公爵からの指示を忠実に守らなければならなかった。
「私の連れである椿という女性を知りませんか?」
クルーケンベルグ男爵はああ、頷き知っていると応えた。
「あの東海の美しい少女。そうでした。すっかり忘れていましたよ」
クルーケンベルグ男爵はため息をつきながら椿に同情の言葉を寄せた。
「いやぁ……かわいそうでしたよ。声をかけたら、彼女は泣きながら帰りたいと仰って、当家で丁重にお帰ししました」
「それは間違いないでしょうか?」
「はい、間違いありません」
男爵は首を縦に振り頷いた。ヴィルヘルムは笑って、礼を述べた。
「それはありがとうございました。ところで、その馬車は今ここに戻っているのですか? 御者と話がしたいのですが」
「いえ、まだ馬車は戻ってきていません。エーデルシュタイン家の館からは随分距離がありますしね」
その言葉にヴィルヘルムはじっと鋭く男爵を見つめた。
「もう一度聞きます。私の連れの椿は確かにあなたの馬車で我が館に送られ、その馬車はまだこちらに戻っていないのですね」
ヴィルヘルムに突然見つめられ少したじろいだ男爵はこくりと頷いた。
「はい、間違いありません」
「では、おかしい」
はっきりと断定するヴィルヘルムに何のことだと男爵は首を傾げた。ヴィルヘルムは続けて言った。
「クルーケンベルグ家の馬車は全部で五台あります」
「……ええ、よく御存じで」
「なのに、エヴァが確認したところ館内の馬車は五台あるそうですよ」
ずっと傍聴していたエヴァは右手をあげてひらひらと主張していた。
しばらく無言のクルーケンベルグ男爵はようやく口を開き笑って言った。
「……ああ、今戻って来たのでしょう。では、御者をお呼びしましょう」
突然大きな衝撃音が出て男爵はびくりと震えた。
ヴィルヘルムが突然テーブルを叩いたのだ。
彼はは男爵を鋭く睨みつけた。あまりの強い眼光に男爵は思わず怯んでしまう。
「クルーケンベルグ男爵、あなたは嘘をついている」
「嘘……とは」
「あなたは椿がどんな女性を知らない。彼女はとても遠慮深い……余所の家に馬車をわざわざ手配してもらってまで、俺に何も言わず帰ることなどありえない」
ヴィルヘルムはさらに目に力を入れ、男爵を逃がさないと射抜いた。
射ぬかれた男爵はそのまま張り付けられたかのように動けなかった。
「彼女は四人目の失踪者になった。そしてあなたが関わっている」
しばらく沈黙が流れた。
クルーケンベルグ男爵はしばらく考え込んだ。
そして、ようやく口を開いた。
「……っふ、ここまでですか」
その顔は諦めたと言っていた。
「認めたな。で、椿はどこへ?」
「……ハンス・フランケンシュタインの城。だが、もう遅い。彼女はすでに生きてはいないだろう」
その言葉にヴィルヘルムはぴくりと眉を動かした。
「なんだと」
「ハンスの花嫁試験で死ぬのさ」
クラウディオが横から入って男爵に詰め寄る。
「どういうことです」
クルーケンベルグ男爵は皮肉気に笑って応えた。
「ハンスはね。探しているのですよ、自分と同じ化け物を」
「化け物?」
「さっきあなたも言ったでしょう? ハンス・フランケンシュタインはすでに死んでいる。そうだ。あれは、あのハンスは売春婦に生ませた子ではない」
どうせ関わりを暴かれた今だし、どうでもいいと男爵はすらすらと情報を暴露した。
「ハンスは多くの死体と生体を使って生みだされた化け物なのだ。どんな傷にも絶え、朽ちることのない肉体を持った化け物……」
まるで小説の一説のように流れるように男爵は語った。
「普通の人と一緒になっても、すぐに孤独になってしまう。だから彼は探している。自分と一緒になっても先に逝ったりしない娘を……だがそんな娘存在しやしない」
男爵は強く、忌々しく吐き出した。
「【魔女】でもない限り……」
【魔女】という単語に一同は困惑する。
その反応が楽しかったのか、男爵は堰をきったように語り続ける。
まるでようやく解放されたと言わんばかりである。
「だから、彼は捜していた自分と同じ肉体を持つ化け物、【魔女】を。手ごろな娘を見つけてテストをしてみる。だが、あのテストに合格する者などいない。受かる前に普通は死んでしまう」
「さっきあなたはサイエンスファンタジーがどうのと言っていたではないですか?」
ヴィルヘルムの言葉にクルーケンベルグ男爵は鼻で笑った。
「ええ、信じられないでしょう。ですが、いるんですよ、本物の化け物が」
言い切った後に男爵は一息ついた。
喉を潤す為にローテーブルに置かれた水をコップへ注ぎ込む。それを一気に飲み干した。
しばらくして、男爵はまた語り出した。
「それを生みだしたのはフランケンシュタイン男爵……と皮肉にも、我が父。おかげで私はハンスに脅されましたよ」
父が生体実験で犯した罪を暴露する。
それが嫌だったら嫁探しに協力しろと。
だから、クルーケンベルグ男爵は最近頻繁にパーティーを開いていた。
若い娘たちを集め、彼に自分と同じ存在・【魔女】を探していた。
「まぁ、見返りはありましたよ。彼は莫大な財産を私にまるっと譲ると言ってきました。パーティーの金も全てハンスが負担していたので悪い話ではない」
そして、クルーケンベルグ男爵はハンスの花嫁探しに協力し、その犠牲者として三人の娘が失踪した。
馬車ごと。
男爵の話によると馬車の御者はすでに処分されているという。
「これで俺の役割は終わったな。俺は椿を迎えにいく」
事件の真相がわかったので、ヴィルヘルムは立ち上がり部屋を飛び出そうとした。
一刻も早く椿を助けにいきたい。
椿がどこにいるか。それだけわかれば、もう十分だった。
フローエ夫人も、エヴァも、クラウディオも止める気はない。ヴィルヘルムが言うように彼の役割はここで終わった。
クラウディオはふと気になった疑問を男爵に投げかけた。
「その花嫁試験とは何ですか? 受かる前に普通は死ぬとは……」
クルーケンベルグ男爵は相変わらず笑っていた。
扉を開く前に聞いた、試験内容に眉根を寄せ、嫌悪の念を抱いた。
そして、すぐに部屋を飛び出した。
「ヴィル!」
クラウディオが呼ぶ前に彼は消えてしまった。
ずっと聞き手にまわっていたエヴァはクラウディオに振り向き依頼した。
クラウディオはフローエ夫人の方にも視線を送る。
彼女は即座に力強く頷いた。
ここは任せてほしいと。
クラウディオはすぐに部屋を出てヴィルヘルムを追いかけた。
ようやく追いついたところで彼は己の馬車にすでに乗って扉を閉じるところだった。
クラウディオは慌てて扉をこじ開け中に入り込んだ。




