6 暗闇の奥
「だけど、死んでしまった。僕にこの城と家を残して……」
ハンスは寂しげに呟いた。
本当に大事な人だったというのが椿でも感じ取れた。
「死ぬ前に何度も僕に謝っていたよ。お前を一人にしてすまないってね。そして僕に言ったんだよ」
――お前を一人にしないお前と同じ存在・【魔女】を嫁にしろ。
「だから僕は【魔女】を探していたんだ。【魔女】のお嫁さんをね」
ハンスはテーブルの隅に置いていた本を取りだしてぱらぱらと捲った。
その一ページは箒に乗った老婆の絵があった。
「でも、【魔女】って本で読んだ程度しか知らない。どうやったら会えるかなって考えたんだ。いっぱい人を集めてそこから【魔女】を探そうと思った」
椿はじっとハンスの話に耳を傾けていた。
ハンスはにこりと笑って続けた。
「お嫁さんを見つけたら一番に父さんに紹介するんだ。もう冷たい土の中にいるけど、その近くに寄って言うんだ」
父さん、この人が僕のお嫁さんだよ。
僕とずっと一緒にいてくれる人だよ。
子供のように無邪気に笑うハンスを見て彼は純粋に父を愛しているのだと感じた。
椿はふと思い出す。
自分の父を――こんな身体になっても死ぬまで私の行く末を案じてくれた人を。
「……」
椿は俯いて黙り続けた。
久々に父の姿を思い出して、胸が締め付けられる心地がした。
「ああ、ごめん。僕ばかり話してしまったね」
ハンスは慌てて椿の方へ向き直る。
「ねぇ、君の名前はなんていうんだっけ? 一度聞いたけど忘れてしまった」
「椿……」
「椿……へぇ、ねぇ、東海の人は文字ひとつひとつに意味をこめているんでしょう?それはどういう意味がこめられているんだい?」
「特に意味は………花の名前です」
椿という意味の単語を伝えるとハンスは納得したように頷いた。
「へぇ、素敵な名前だね。僕、あの花好きだよ」
椿はヴィルヘルムからもらった花の髪飾りに触れようとしたが、ないことに気づき目を見開いた。
「? ……どうしたの」
「あ、あの……赤い花の髪飾りを知りませんか?」
「え?さぁ……あ、君を運んでいる時に落としちゃったかも……」
椿は悲しげに俯いた。
「あの花がどうしたの?」
「いえ、大事な方からいただいたものなので……」
「そっかぁ、ごめんね。お詫びに新しい髪飾りをそのうち買ってあげるよ」
「いえ、結構です」
代わりの物など必要ない。
あの髪飾りが良いのだ。
「……ねぇ、話を戻すけど君はどうやって【魔女】になったの?本の通り悪魔にキスをしたの?」
「いいえ。私は【人魚】の肉を昔食べてしまったのです」
「【人魚】? へぇ、すごい……【人魚】って本当にいるんだ? ああ、でもいても不思議じゃないよね。だって現に僕らみたいな化け物が存在しているんだもの」
「……」
椿は何故、自分をこんな所へ連れてきた者にこんなことを話しているのかわからなかった。
おそらく初めて出会った自分と似た者だからつい口が開いてしまうのだろうか。
久々に父のことを思い出してしまったからだろうか。
「私の国では、【人魚】を食べると不老不死になるという言い伝えがあり、みんなで食べようと調理して宴の席を設けられたので……」
「みんなはそれを食べたの?」
椿は首を横に振った。
「いえ、みんな気味悪がって食べませんでした。その宴で何も知らない父が料理を持って帰って、私は……食べてしまったのです」
「ああ、君……パーティーホールでよく食べていたよね。こんなに小さいのによく食べるなぁって覚えているよ」
ハンスの言葉に椿はかぁっと顔を赤くして、ハンスはその反応をくすくすと楽しんだ。
「ふぅん……そうか。本で読んだ【魔女】の話とはだいぶ違うけど、君が不老不死であるのには違いないんだね」
「……」
「良かった」
ハンスは椿の手を握って真剣な面差しで言った。
「椿、僕のお嫁さんになってよ」
突然の言葉に椿は驚いた。
「いえ、私は……」
どうして、花嫁になる前提で話が進んでいるのかわからない。
「僕は父さんと約束したんだ。ずっと僕を一人にしない僕と同じ存在と一緒になるって」
改めて決意を口にしながら、ハンスはじっと椿を見つめた。
「でも、君が本当に僕と同じ不老不死か今の話だけじゃわからない。確実に僕とずっと居られるか知りたいな」
「確実に?」
どういう意味だろうかと椿は首を傾げた。
そんな彼女の手を引きハンスはある部屋へ連れて行こうとした。
ハンスは椿の手をとり、別の部屋へと案内した。
扉を開けると暗い回廊がみえた。
とても暗く奥にはさらに階段があった。
「……」
あまりに深い闇に椿は怖くなり逃げようとした。
しかし、ハンスはしっかりと彼女の手を握って逃がそうとしない。
「大丈夫だよ」
ハンスはにっこりと笑って、椿を奥へと引きずるばかりであった。
ようやく辿り着いた奥の扉をハンスはゆっくりと開け、椿を案内した。
真っ暗な部屋に灯りがともされた。
「ひっ!」
明るくなった中の様子を見て椿は悲鳴をあげた。
部屋の中は黒く変色した血で汚れていた。
しかし、椿が悲鳴をあげた原因はその血ではない。
椿は青ざめながら部屋の中央にあるものを見て恐怖に震えた。




