2 男爵の証言
クラウディオはため息をつきながら、ヴィルヘルムの様子を眺めた。
他の報告もしてみたが、果たして聞いているのか心配になっていた。
だからといって彼を責めることはできない。
(……今回は俺も悪かったからね)
ヴィルヘルムが即座に椿を追いかけた時のことを思い出した。
椿のことはヴィルヘルムに任せて、クラウディオは例の令嬢に――椿を追い出した令嬢に探りをいれた。
一応、ハンスの行方はフローエ夫人に依頼したが、すぐに見失ってしまった。
◆◆◆
しばらく待機していると、外が騒がしくなった。
誰も部屋に近づかせるなと指示されていたが、近づく令嬢がいたようだ。
使用人が名前を聞いてすんなりと通して、ノックが響いた。
「はい、どうぞ」
フローエ夫人がそう言うと扉は開き外から美しい娘が入ってきた。
フローエ夫人はその姿を見てにっこりと微笑んだ。
「あらエヴァさん、お疲れ様でした。今は指示通り待機中です」
「ええ、ヴィル坊が頼りないから私も一応同席させてもらうわ。あと、公爵から言われて東海の少女の様子を見に」
「それがね、あまりに可愛すぎて誘拐されたの」
夫人の困った顔にエヴァは頷いた。
あまり驚いた様子はなくひどく落ち着いていた。
「あら? 今日は一段と怖いわよ、ヴィル坊」
ヴィルヘルムはぎろりとエヴァを睨みすえ応えた。
「うるさい。今はお前と口論している暇はないんだ」
「まぁ、怖い。心配して来てあげたのに……」
「何だよ」
ヴィルヘルムは拳を握りしめてエヴァを睨みつけた。
冷たい空気が辺りを包んだ。
それをクラウディオとフローエ夫人は苦笑いしていた。
ヴィルヘルムとエヴァがさらに口論を続けようとしたとき、ノックが響いた。
「どうぞ」
ヴィルヘルムの声で、部屋に壮年の男が入ってきた。
この館の主人――クルーケンベルグ男爵であった。
「失礼いたします。長くお待たせしました、ヘル・エーデルシュタイン」
男は敬称を添えてヴィルヘルムを呼んだ。
「……いえ、私の方こそ突然申し訳ありませんでした、クルーケンベルグ男爵」
ヴィルヘルムは立ち上がり男爵に挨拶をした。
「どうかソファへお掛けになってください」
ヴィルヘルムがソファに座るのを確認して、男爵も向いのソファに座った。
「さて、ご用件というのは」
ヴィルヘルムは胸元から取り出しものをクルーケンベルグ男爵に示した。
「ほぉ……」
男爵はそれを見て感嘆の声をあげた。
それは十字に、中央には両翼を広げた鷲が装飾されたチェーンのついた【銀のエンブレム】であった。
「いやはや驚きました。本当に存在するとは【銀の騎士】様」
ヴィルヘルムが示したものは王府直属の異端者対策組織【銀十字】の人間という意味だった。
しかも、ヴィルヘルムは鷲のエンブレムを持つということは、【銀の騎士】の称号を得ているという証であった。
その組織の歴史はまだ浅い。
元は南方のユリアン国で設立された組織である。
数多くの異端者事件を解決した功績を聞き、国王から許可を得てこの国にも設立された。
その為、異端者に関与した事件では、多くの権利が保障されている。
だからこそ同時にこうとも噂されている。
彼らの協力を拒むことは国王を拒むのと同義だ。
「男爵には協力をお願いしたい」
「おやおや、このような田舎貴族でも役に立つのであれば喜んで……」
「例の貴族のお嬢さんが三人失踪した件です。三人ともこのパーティーに出席していたといいます」
その件を持ち出され、男爵は口を閉ざした。
しばらくしてようやく口を開いた。
「……何度か捜査が来ましたが、まさか今回は【銀の騎士】様までがおいでになるとは」
男爵はやれやれと困り果てたように呟いた。
「よろしいでしょう。私も娘を持つ身、大変心を痛めております故……」
ヴィルヘルムはその言葉に感謝の意を述べた。
「では、三人の娘はこのパーティーに出席していたというのは間違いありませんね」
「ええ、間違いありません。三人ともとても美しく利発なお嬢さんでしたので私もよく覚えています」
男爵はゆっくりとひげを撫でて思い出すように語り出した。
「しかし、彼女たちが失踪したのは、ばらばら。1人はパーティー帰りに、残りは後日の外出時……1人は私の力の及ぶ限り協力させていただきましたが、後日失踪された2人までは私の力ではなんともはや……」
結局、何も知らないと言いたいようだ。
歯切れの悪いクルーケンベルグ男爵に代わり、ヴィルヘルムが調査で知った事実を続けて言った。
「ええ、すでに警察からの調査書で確認済みです。彼女たちは馬車ごと喪失した」
「私の知りえる情報はここまでですよ」
クルーケンベルグ男爵は肩をすくめながら申し訳なさげに言った。
「では、娘たちのパーティーでの様子……は私は把握しておらず。使用人たちを呼びましょう。知っている者はすでに警察に供述いたしました」
「それは必要ありません。すでに聞いていますので」
ヴィルヘルムの言葉にクルーケンベルグ男爵は静かに笑った。
「でしたら私はもうお役御免ですね、お役に立てずに申し訳ありません」
男爵はヴィルヘルムたちにお帰り願おうと言う。
「お待ちください」
ヴィルヘルムは立ち上がる男爵を呼び止めた。




