1 待たされる者
用意してもらったクルーケンベルグ家の控えの部屋にて、ヴィルヘルムとクラウディオとフローエ夫人は待機していた。
ヴィルヘルムはソファに座ってじっと黙っていらいらしていた。
目の前のテーブルには例の赤い花の髪飾りが置かれていた。
クラウディオは窓の方へ行き外を眺めていた。
たまにちらちらとヴィルヘルムの様子を垣間見していた。
そんな二人の様子にフローエ夫人はため息をついた。
とても静かな空気が流れていた。
つい先ほどまでヴィルヘルムとクラウディオが口論していたとは思えない。
パーティーホールから消えたヴィルヘルムが真っ青な顔になってホールへ戻ったのはつい2時間ほど前。
椿を敷地内隈なく探したが見つけ切れなかったヴィルヘルムはパーティーホールへ戻り、クラウディオに問い詰めた。
「ハンス・フランケンシュタインはどこだ!」
血相を変え、混乱しきっている彼は例の少女失踪事件に関わりがあると思わしきハンスをまず疑った。
「落ち着いて……休憩室へ行こう。そこで話すから」
詰め寄られたクラウディオはヴィルヘルムを落ち着かせ、クルーケンベルグ男爵に特別に用意してもらった休憩室へ連れて行った。
そして、この部屋にはすでにフローエ夫人がいた。
顔色を真っ青にしている甥を迎えて、心配する夫人にヴィルヘルムは大丈夫だと言った。
クラウディオは手に入れた情報をヴィルヘルムに渡した。
それは先程クラウディオがダンスした令嬢から得た話だ。
◆◆◆
――ヴィルヘルムが椿とダンスを始めたばかりの時、ハンスはヴィルヘルムが慌てる様はどんな感じだろうと話していた。
話しかけられた貴族の娘は首を傾げ想像できないと応えた。
「ヴィルヘルム様が慌てた姿? 想像できないわ」
いつも堂々として落ち着いたイメージであった。
「いつもクールであの厳格な眼差しが素敵なのよねぇ」
うっとりと呟く娘にハンスはおかしげに笑った。
さっきの会話を交わしたヴィルヘルムの感想を述べた。
「でも彼、結構怒りっぽいよね」
「それは寡黙だからそう見えるのですわ」
「そうかなぁ。あ、ねぇ。あの東海人の女の子を君たちはどう思う?」
ハンスに質問され娘たちはお互い曖昧な表情で頷き合った。
「え……どうって……ねぇ?」
このあたりでは珍しい彼女の肌の色……白いようでいてうっすらバター色が合わさって彩られた肌の色は娘たちの真っ白な肌とは違う魅力を放っていた。
黒い絹のように艶やかな髪に黒曜石の瞳。
その上あの美しい貌はこのパーティーでのヴィルヘルム・クラウディオ・ハンスと共に注目の的となっていた。
彼女に興味を抱かない紳士はいないが、ヴィルヘルムがちらりと睨みつけ追い払ってしまう。
「彼女とお話がしたいなぁ。どうすればいいと思う」
ハンスの質問に娘たちは困ったようにまたお互いの顔を見合わせ言った。
「どう、と言われても……」
「ハンス様、あまりあの娘に近づかない方が……他の方に何と言われるか」
「おや、でも、エーデルシュタイン殿はどうなるのだい?」
ハンスの言葉に娘たちは口を閉ざした。
それをみてハンスは目を細めて、首を傾げた。
「ねぇ、許せないと思わない?」
「許せないとは何でしょうか?」
娘たちはわからないといった具合に首を傾げた。
「彼女が二人の男を独り占めしているのに」
娘たちは再び何も言わなくなかった。
何も言わないのはハンスの言うとおりの感情があったからだ。
「東海娘の分際でヴィルヘルム様だけでなくクラウディオ様を独り占めなんて図々しい奴だ」
しかし、どうしろというのだ。
椿の背後にはエーデルシュタイン家がついているのだ。
傍系とはいえ、ヴィルヘルムの出身家は国内ではかなりの力を有していた。
敵に回すとあとあと面倒なことになることくらい娘たちは知っていた。
見たところ、椿はフローエ夫人にも気に入られている。
姉妹兄弟が彼女の推薦で、名門学校に通っているという者も少なくない。
邪魔しようといえど、後のことを考えると何もできなかった。
こうして妬みの視線を送るのみである。
ふと娘はある一人の令嬢に声をかけた。
「ねぇ……あなた、あなたならあの娘を追いだせるのではなくて」
「え……私」
自分に声がかかるとは思わず令嬢は、驚いた。
「そうよ、あなたの家はエーデルシュタイン家とほぼ同格のはずだし……ちょっと東海娘に言っても大丈夫じゃないかしら」
突然、指名された娘は困惑した。
確かに自分の家はエーデルシュタイン家に劣らない。
その自負があった。
「でも、ヴィルヘルムの怒りを買うのではないかしら……」
「大丈夫よ。だって相手はヴィルヘルム様じゃなくて東海の娘よ」
「あなたがきつく言えばヴィルヘルム様もあの娘を贔屓にしていたことに気付くはず」
なかなか乗り気しない令嬢に、ハンスが背中を押した。
「大丈夫だよ、いざとなったら僕がエーデルシュタイン伯爵をなだめるから」
「……そうね」
こうして作戦は実行に移されたのだ。
◆◆◆
それを聞いたヴィルヘルムが鬼の形相となった。
やはり、今回の主犯はハンスだったのだ。
彼の元へ飛び出そうとしたがそれをクラウディオが押さえつけた。
「ハンス・フランケンシュタインはすでに帰ってしまったよ」
「……じゃぁ」
ヴィルヘルムにクラウディオは頷いた。
「館中どこを探してもハンス・フランケンシュタインはいないよ」
「……それで、呑気に休憩室へ案内したのか?」
あの時、馬を出せばハンスの馬車に追いつけたかもしれない。
ヴィルヘルムは恨めしげにクラウディオを睨んだ。
「今、フランケンシュタイン家へ乗り込もうとか考えるなよ」
クラウディオは立場を思いださせた。
「今からお前は大事な仕事に取り掛からなければならない。……【銀の騎士】としてお前は冷静に対処しなければならない」
【銀の騎士】という言葉にヴィルヘルムは頭を抱えた。
無言のままのヴィルヘルムにフローエ夫人は言い聞かせた。
「ヴィル、これは公爵の指示でもあるのよ」
公爵の名を出されては従うしかない。
ヴィルヘルムはぐっと唇を噛んだ。
娘一人よりも公爵の指示を優先せねばならない自分に歯がゆさを覚えた。
「……くそっ」
ヴィルヘルムは部屋を飛び出すことを諦め、ソファに座り込んだ。
怒り、焦り、苛立ちといった感情を押さえ込んでいく。




