6 企みをあばく
椿が立ち去った後、しばらくホール内は騒然としていた。
「さぁさぁ、皆様。私の不手際で問題が起きてしまったようです。こちらはお任せしてください。どうぞ、残り短い一時をお楽しみください!」
主催者の執事がうまく取り仕切り、優雅な音楽が流れはじめた。
そして先ほどまで流れていた楽しい雰囲気に戻っていった。
「大丈夫でしたか? お嬢さん」
先の椿に怒りをぶつけていた令嬢は声をかけられ振り向いた。
そこにはクラウディオがいて、彼はにっこりと微笑んだ。
密かに憧れているクラウディオに声をかけられたからだ。
「あ、ええ」
令嬢は頬を朱に染めて上品に笑った。
「クラウディオ様にお恥ずかしいところを見られました。全くあの東海娘のおかげでえらい恥を……」
「彼女は私の友人です。大切な、ね」
クラウディオは最後のところを強調して言い、令嬢は黙った。
「椿の友人として私からもあなたにお詫びをしましょう」
「……いえ。もう気にしていませんわ」
クラウディオは手を差し伸べた。
「どうでしょう?お詫びついでに一曲」
優雅な音楽、パーティーホールのシャンデリアの輝きのもと微笑むクラウディオは誰もが心奪われる貴公子であった。
この誘いに断れる者などいるだろうか。
「え、ええ……そうね。構わないわ」
令嬢はその手をとった。
このパーティーで注目されている若き紳士にダンスを誘われて娘は悪い気がしなかった。
彼女は他の娘たちに見せびらかすように上機嫌にホールの中央に立った。
そして新たな曲が始まり二人は踊り始めた。
思ったとおり、周囲の娘たちは嫉妬の眼差しを向けてきていた。
それが何とも心地が良く娘は上機嫌であった。
「本当にさきほどはすみませんでした」
「もういいのよ。おかげで憧れの殿方と踊れるのですもの」
「おや、嬉しい」
クラウディオは笑った。
くるくると鳥が舞うように令嬢の裾は優雅に広がっていく。
「ダンス、お上手ですね」
「ええ」
クラウディオに褒められて悪い気はしないと令嬢は上機嫌であった。
「さすが、ヴィルに気づかれずに、椿にぶつかった方ですね」
急に雰囲気が変わったように思える。
クラウディオの声は変わらず優しいもののはずだが。
令嬢は何とも言えない空気の変わりように、すぐに対処できなかった。
「……何を言っているのです?」
ようやく出た言葉に、クラウディオは悪戯に笑いかけてきた。
「見ていましたよ。あなたが踊りながら、椿に近づきぶつかったところをしっかりと……不思議な軌道で、わざとらしかった」
娘はその言葉にびくっとし、クラウディオから離れようとする。
しかし、彼はぐっと両腕に力をこめ娘を放さなかった。
クラウディオは変わらず笑ったままであった。
「そして彼女が倒れる先にドレスの裾がいくように動く足裁き、素敵でしたよ」
褒めている内容には棘がない。
本当に褒めているようにも感じるが、まとわりつく空気で令嬢は背筋が凍る感覚を覚えた。
「……」
彼の笑顔が恐ろしくなり、令嬢は歩調を乱していった。
「おや、どうしました? どこか体調がすぐれませんか?」
クラウディオが向ける柔らかな笑顔は変わらない。
なのに、令嬢には恐ろしく感じた。
「ご安心を、私は女性をリードしてダンスするのが得意なのですよ。……そして女性の口をリードするのも得意ですよ」
くすくす笑う彼の声に娘は青ざめた。
「ああ、そういえば……あなた先ほど、ハンス・フランケンシュタインと楽しげにご会談していましたね」
クラウディオは思い出したように話題を切り替えた。
一体、いつからクラウディオは令嬢を見ていたのだろうか。
(助けて)
令嬢は周りに助けを求めるが、誰も彼女の声に気づかない。
端から見れば注目の色男とダンスをしている幸せな令嬢にしか見えない。
クラウディオはにっこり笑って、なおも話しかけてきた。
「彼と何を話していたのです?」
その笑顔は決して言い逃れを許さないと言っている様だった。
◆◆◆
ホールを飛び出した椿はそのまま庭を走っていた。
石段のところで裾を踏みつけてしまい転んでしまい、ようやく立ち止まった。
「いたた……」
椿はよろめきながら立ち上がり、石段に腰を掛けた。
裾を撒くし上げ膝を見ると擦り傷から血が出ていた。
(……ドレスが汚れちゃった)
彼女の心配はドレスの方である。
怪我には特に気にする様子はなかった。
しばらくして椿の膝の傷はすっと消えてしまった。
残った血を彼女はハンカチでふき取った。
裾の裏を確認するとべっとりと血がついており、染み込んでしまっていた。
ドレスは赤いが、時間がたてば染みとなって見栄えが悪くなってしまうことだろう。
よくみれば先ほど転んだ時の砂や埃がついてしまっていた。
(折角夫人に買っていただいたのに。私の力と同じくドレスもすぐに治ればいいのに)
椿の特異な力――それはどんな怪我もすぐに治ってしまうということ。傷跡も残さずに。
(平気……どんな傷を負ってもすぐに治ってしまう。痛みもなくなる)
「……なのに、何故」
椿はぎゅっと膝を抱え、俯いた。
涙がとめどなく溢れ、それがドレスを濡らした。
(胸の痛みはいつまでも消えないのかしら? 一番消えて欲しい痛みなのに……どうしてっ)
先の光景を思い出した。
折角、ヴィルヘルムが嬉しいと笑ってくれたのに、全てを台無しにしてしまった。
自分のせいでヴィルヘルムに恥をかかせてしまった。
ヴィルヘルムは椿を庇ってくれたが、それは彼が優しいから。
その優しさに甘えようとしてしまった自分が何とも情けなかった。
そして何とも悲しくて仕方なかった。
「大丈夫?」
突然声をかけられ、椿は上へ視線を移した。
そこには金髪の美しい青年が立っていた。




