4 はじめての誘い
「ヴィル様」
ヴィルヘルムが近づいてきて、椿は彼の元へ駆け寄った。
「楽しんでいるか?」
「はい、とっても……あちらにあった料理やお酒がとても美味しかったですよ。あ、あのパスタも良かったです」
「食べ物ばかりか」
ヴィルヘルムは笑いながら椿の頭を軽く叩いた。
それに椿は嬉しげに笑った。
「ヴィルにとっては椿が食べ物に夢中で他の男に興味抱かなくて安心しているんだよね」
こそっと耳打ちして揶揄するクラウディオにヴィルヘルムはうるさいと舌うちした。
椿がじっとヴィルヘルムを見詰めているのに気づきヴィルヘルムは首を傾げた。
「どうした?」
「あの、ヴィル様。私と踊っていただけないでしょうか」
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
椿は顔を真っ赤にして申し訳なさげに後ずさりした。
「あ、女の私から声をかけるなんてはしたないですよね」
「いや、元から俺はお前を誘う為に戻ってきたんだ。なのに、お前に先に言われるとはな」
苦笑いするヴィルにクラウディオは再びからかっていた。
「ヴィルがとろとろしているから椿から声をかけちゃったんだよ」
「うるさい」
ヴィルヘルムはいつもの調子に戻って、クラウディオに悪態をついた。
先程の取り繕う空気からようやく解放された心地だった。
椿はじっとヴィルヘルムの方を見つめる。
「あの、フランケンシュタイン男爵は?」
言いにくいのか、たどたどしく例の男の名を尋ねた。
「ああ、軽く話をしてきたよ」
たわいもない会話をしているうちに新たに曲が流れ始めた。
ヴィルはそっと椿の方へ手を差し伸べる。
クラウディオに先を越されてしまった。
だが、自分が自発的に誘うのはこれがはじめてだ。
「椿……俺と一曲踊ってはくれないか」
それを聞き椿ははにかみ、彼の手をとった。
「はい、喜んで」
それに満足げに笑ったクラウディオは二人を見送った。
「行っておいでよ。その間に俺がハンス・フランケンシュタインを見張っているから」
「ああ」
ヴィルヘルムは頷き、椿とともにホールの中央へと歩んでいった。
それをクラウディオは満足げに眺め、ようやく狙いの男の方へ視線を向けた。
向こうで女性と談笑しているハンスを見てクラウディオは首を傾げた。
彼は確かに女性たちに囲まれ楽しげに話しているが何か違和感を感じた。
「あんなに女性に囲まれちゃって……なんて羨ましい奴」
クラウディオは冗談めかしに呟きながら内心首を傾げるままだった。
何か違和感を感じる。彼の持つ雰囲気に……。
先ほど一瞬だけちら見した程度で何とも感じなかった。
しかし、今こうして注意してみると違和感を感じていた。
◆◆◆
「ずいぶんうまくなったな」
ヴィルヘルムは椿のテンポに合わせて動いたが、以前ほど気をつけなくても椿がついてこれているのに気づいた。
同時に椿の足取りは随分綺麗になっていた。
「はい、ヴィル様とクラウディオ様のおかげです」
彼女の言葉にヴィルヘルムは少し照れた。
「ありがとうございます。仕事で忙しいというのに、私のダンスの練習に付き合ってくださって」
それを言われヴィルヘルムは何も言わずじっと椿の顔を見つめた。
「あの、何か……」
「ああ、悪い。どうも俺は黙っていると怒っていると誤解されるようだ」
「す、すみま」
「謝るな。そうだな、口で言わないとわからないよな」
今さらながらそう感じた。
ぶっきらぼうでいつも怒ったような表情のヴィルヘルムは椿にとって感情を読み取れないわからない存在であるはずだ。
クラウディオは朗らかな性格でわかりやすいから一層際立って無愛想に見えただろう。
彼女にはきちんと言わなければ伝わりにくいだろう。
「俺は嬉しいんだ……お前が嬉しそうで。あと、お前とダンスができて嬉しい」
自分で言ったと同時にヴィルヘルムの顔が赤くなった。
同時に椿の顔も赤くなった。
しばらくして、ようやく椿は嬉しそうに微笑んだ。
「はい、私、すごくうれ……」
その言葉が最後まで綴られることはなかった。




