3 挑発
ヴィルヘルムとハンスがお喋りを続けていると、優雅な音楽が流れてきた。
「……あら、ダンスの始まりね」
女性の言葉に、ヴィルヘルムはちらりと下の階の中央をみた。
椿がクラウディオに手をとってもらい、ホールの中央へと移動していた。
クラウディオの背中に手を回し、椿はダンスを始めた。練習の成果なのか、とても美しい足取りであった。
はじめは緊張していたが、クラウディオのリードは上手く次第に表情が柔らかくなっていく。
素敵な笑顔がパーティーホールのシャンデリアの元きらきらと輝いて見えた。
ヴィルヘルムは目でそれを追いかけて次第に目を細めた。
はじめははじめてをクラウディオが奪ったことに面白くないと思ったが、彼女が嬉しそうにしているのであればどうでもよく感じた。
女性は彼の視線の先に気がついた。
「あちらで踊っている東海の女性はヴィルヘルム様と御同行なさっていた方でしたね」
ヴィルヘルムは静かに頷く。
「ええ、我が館に滞在している友人です。今回、折角の機会だと連れてきました」
「まぁ、そうでしたの……とても可愛い娘ね。赤いドレスがよく似合っています」
嫌味のない声を感じ取り、ヴィルヘルムは気軽に返事した。
「彼女が聞けば喜びますよ」
椿について会話を続けていると、ハンスが揶揄する口調で割り込んできた。
「クラウディオさんに先を越されたね」
その言葉はわずかに挑発の色が混じっており、ヴィルヘルムはぴくりと眉を動かした。
じっとハンスを見詰めると彼は微笑んだ。
まるでヴィルヘルムの反応を楽しんでいるようにみえる。
「君も彼女と踊りたかったんでしょう? あの二人を見ている目が、一瞬だけ悔しげに見えた」
ハンスの言葉に若い娘は驚いてヴィルヘルムに振り返った。
「まぁ、では彼女はヴィルヘルム様の恋人?」
女性の言葉にちくりと刺さるものを感じた。
一瞬だけ表情が歪んだが、ヴィルヘルムはすぐに元の取り繕いの笑顔を戻した。
「はは……友人ですよ」
「ふーん」
ハンスはくすりと意味深げに笑った。
「君たちがこのホールに入るとき、君はずっと彼女の隣で周りを睨んでいたね。まるで牽制かけているようだった」
先程からハンスはヴィルヘルムの神経を逆撫です
るように言っていた。
わざとなのか。
ヴィルヘルムはハンスを睨みつけた。ハンスはそれに動じずくすくすと楽しげに笑うのみだった。
「おほほ、私、喉が渇いたので失礼しますわ」
二人の流れる空気に女性は身の置き場を失い、そそくさと退場してしまった。
静かな沈黙が流れる。
しばらくしてすぐにハンスが謝罪を述べた。
「ちょっとからかってしまったかな。どうか、怒らないで欲しい」
その言葉にヴィルヘルムはすぐに自分の立場を思い出した。
「……いえ、少し驚いただけです。まさか、ホールに入った時から見られていたとは」
「君は淑女たちに人気があるからね、目立っていたよ」
謝ったばかりだというのに、彼は少しだけ悪戯げに笑った。
「後、あの娘……珍しい肌の色だったから。僕らとは違うバター色の肌、とても美味しそう」
ちらりと白い歯をのぞかせたハンスにヴィルヘルムはぞっとした。
取り繕いの笑顔は消えて、険しいものに変わっていく。
「冗談だよ」
ハンスはすぐに笑った。
「行ってあげなよ。彼女、時々君を見ているよ。君と踊りたいんじゃないかな」
「いえ、しかし……」
「僕のことは気にしなくて良いよ。僕もあちらのお嬢さんにダンスにお誘いしたいし」
ちらりとハンスが視線を移した先にワインを飲む美しい女性がいた。
「嬉しかったな。エーデルシュタイン家の御子息が僕に声をかけてくれて」
なかなか動こうとしないヴィルヘルムにハンスは急かすように言った。
「ほら、もうすぐ一曲終わるよ。今がチャンス。それとも僕が彼女をお誘いしようかな?」
ヴィルヘルムはしばらく考え込んだ。
ここまで言われれば一度距離を置いた方がいいだろう。クラウディオと交代することを考える。
「では、失礼致します」
「あと、僕に敬語は必要ないよ。同じ年頃だし、君の方が家格は上なんだし」
「……また」
「うん、今度はあの子も連れてきてよ。あの子と話がしたいな。あ、……大丈夫。変な意味はないから」
ヴィルヘルムは足早にハンスから離れていった。
丁度曲が終わる頃合いであった。
そんなヴィルヘルムの後姿を見送りながらハンスは楽しげに笑った。
「……ふふ、噂と違って面白い男だったな。思った以上に感情が出やすいみたいだし、それでよく【銀の騎士】に選ばれたね」
ヴィルヘルムが降りていく方角を眺める。同時に視線をゆっくりと別の方へ移した。
「本当に不思議な肌の色だなぁ……バター色で、だけど、結構白い」
ハンスは目を細めた。
彼の視線の先は、嬉しげにヴィルヘルムの元へ駆け寄る椿の姿だった。




