7 語らい
時間は少し遡る。
買い物から戻ってきた椿がしばらくして疲れて眠ってしまった後、フローエ夫人はクラウディオのいる部屋へと入った。
そこは小さな図書館のように本棚がずらりと並んでおり、古い書物が並んでいた。
ほとんどがフローエ夫人がヴィルヘルムにあげたものであったり、クラウディオが集めたものであった。
はじめはヴィルヘルムの私用のものもあったが、あまりに量が増えてしまい仕事に必要な資料はヴィルヘルムの書斎へ移動してしまっていた。
その為、この部屋を使うのはほぼクラウディオだけといっていい。
部屋の中で本を読んでいたクラウディオは、フローエ夫人の気配に気づいて口を開いた。
「ヴィルはあのパーティーに椿を行かせるのをよしとしていないようだったよ」
「そうね。でも、ベルンハルト公爵の提案なのよ」
そう言われればヴィルヘルムは何も言えない。
しかし、まだ異国に慣れていない椿を社交界へ連れて行くのはやはり抵抗がある。
「東海の不老不死の魔女となればハンス・フランケンシュタインは興味を持つかもしれない」
クラウディオはそう言うとフローエ夫人はこくりと頷いた。
椿をただ連れていきたい、という純粋なものではなく怪しい男を誘い込む為に利用しようとしているのだ。
それを知ればヴィルヘルムは怒るだろう。
だから、フローエ夫人に振り回された形で椿を連れて行こうと考えたのだ。
「あなたが巻き込んだように見せかける……ベルンハルト公爵がヴィルヘルムに嫌われない為の取り計らいだね。でも、提案したのは夫人じゃないね」
クラウディオの言葉にフローエ夫人は肩を竦めた。
この亜麻色の髪の美青年にはだいたいのことはお見通しだろう。
「エヴァに頼まれたのよ」
「やっぱりね。公爵とヴィルに確執が生まれるかもしれない。それを心配したエヴァはあなたに頼み込んだ」
フローエ夫人を信頼しているヴィルヘルムはいつも通り叔母に振り回されてしまったと感じるだろう。
「しかし、エヴァも大したものだ。もうヴィルが彼女に夢中だったと気づくなんて」
「一応、2人は幼馴染だからね」
エヴァは椿が組織に運びこまれた時のヴィルヘルムの様子と、椿の件で報告するヴィルヘルムの表情をみて察したのである。
「ま、普段は女性に優しくないヴィルには良いことだし、だいぶましになってくれたらいいなぁ」
ヴィルヘルムはかなりの武骨な性格であり、女性に対しぶっきらぼうな態度であった。
成人して恋人の一人でも作りなさい、とフローエ夫人に窘めれても仕事の方を優先していた。
それが最近は椿に対しては気にかけている様子で、フローエ夫人はたいそう喜んだ。
「夫人から見て椿はどう映りましたか?」
クラウディオは本を閉じ脇に置いた。
彼の問いかけにフローエ夫人は目をきらきらして語った。
「とてもかわいらしい娘だったわ。自信がなさそうな雰囲気だったけど、それは外の空気になれていないから。いずれ慣れてどこに出ても立派な女性になるわ」
でも、とすぐにフローエ夫人は悲しげに声を落とした。
「でも、時折見せる表情がとても儚げ……まるで幼い頃に読んだ物語のように泡となって消えてしまいそうなあやうさがあるわ」
クラウディオはそれを否定するように言った。
「あの物語は泡になったヒロインの恋が叶わなかったからさ。でも、この物語の王子様はヒロインに夢中さ」
「ふふ、そのようね」
フローエ夫人は改まってクラウディオに向き直った。
穏やかな声だった。
「クラウディオ、あの子をお願いね。これからどんな物語になろうと、あなたが傍にいれば私は安心よ」
「それは俺を買いすぎですよ。夫人……、俺はヴィルの母を救えなかった男ですよ」
しばらく沈黙が走る。
重い空気が流れる。
こんな場面は、椿にも、ヴィルヘルムにも見せられないだろう。
ようやくフローエ夫人が口を開いた。
「でも、あの人はあなたのおかげで、明るい未来を……希望を見出せた。最期はきっと安らかだったと思うわ」
その言葉にクラウディオは困ったように笑った。
二人の記憶にあるのは1人の女性。
子供を奪われまいと必死に周りを牽制する強い母となった女性であった。
クラウディオの献身の甲斐あり、女性の心は落ち着きを取り戻し、子供の成長を見守れるようになっていた。
体は衰弱していったが、最期に近づく毎に彼女の表情は穏やかで幸せなものだった。
しばらく、仲の良い旧知の友として気兼ねなく話し、フローエ夫人は館を去った。
ヴィルヘルムにも一言挨拶をしてから、ヴィルヘルムとクラウディオに見送られながら。




