6 夜の暗闇
夕飯の時間になり、椿はヴィルヘルムに配膳を行っていた。
本当はする必要はないと言うべきだろう。
だが、仕事をしていた方が椿には良いのかもしれない。
「だいぶスムーズに物を運んでいけるようになったな」
ヴィルヘルムに言われると椿は嬉しそうに笑った。
そしてちらりと椿はある席の方を気になってみやった。
クラウディオの席である。
普段は時間になる前にお腹空いたとダイニングに現れて、食器を並べている椿にちょっかい出していたりしている。
しかし、今はでかけていている。
「クラウディオのことは気にするな。帰ったときに適当なものを食べさせる」
ヴィルヘルムが言うと椿は畏まって頷いた。
だいぶ彼女は使用人の領分を学んできているようだ。
客として迎え入れたというのに彼女は自分のできることを捜し、ヨーゼフにいろいろと学んでいた。
いつか、独り立ちできた時を想定しているのだろうか。
その時、ヴィルヘルムは何ともいえない感覚を覚えた。言葉にしづらい、切ないものだった。
「椿は」
「はい?」
何か尋ねられるのかと椿は身構えた。
それを見ているうちに聞く気力が失われていく。
「何でもない」
「……はい」
椿はそれだけ言い追求することはなかった。
来た当初はおどおどしており、聞きたそうな仕草をしていたが今では随分落ち着いている。
窓の方をみるとすっかり日は落ちていく。
冬は終わりを告げたとはいえ、まだ暗くなるのは早い。
日中は温かかったが、暗くなると同時にひやりと冷え込む有様だ。
そんな中、月が寒い暗闇を静かに照らし始めていた。
◆◆◆
(今頃、椿はヴィルヘルムとダンスの練習をできたかな)
フローエ夫人を見送った後、クラウディオは気まぐれで街中を歩いていた。
街中、道路ではなく屋根の上を歩くと人の動きがよく見える。
日が暮れて暗くなる街中で、無意識に若い娘に目移りする。
どこぞへ使いに行ったが、帰りが遅くなり足早に帰っていて――
「放して!」
少女が夜の街中で叫んだ。
クラウディオは屋根の上から下の光景をみつめた。
少女が男に手を引かれているところであった。
男は暗い外套と帽子で顔を見せない。
だが、あまり好ましくない顔だというのはすぐにわかった。
「とても良い職場があるのだよ。おいで」
男はそう少女に優しく声をかけた。
しかし、それは猫撫で声で男の声に似つかわしくなくぞっとするものだった。
「いやっ、放して」
にゃー
突然猫の声がした。
二人はそちらの方へ目をやった。
わき道の暗闇の中白猫がいた。
猫は人の怯えることなく二人に近づいた。
「なんだ、この猫は」
男がそう呟き、猫をまじまじと見る。
暗闇の中でも美しい白い毛並みであり、売ればそこそこ売れると考えた。
猫に手を出そうとすると、突然目の前が真っ白になった。
猫の顔が人一人の大きさになってしまったのだ。
大きくなった白猫はにやりと笑い鋭い牙をちらつかせる。
大きな青い瞳をぎょろぎょろさせ男を見つめていた。
「ぎゃー!! 化け猫!」
男は叫んでその場を走り去った。
少女は腰を抜かしその場にへたりとしゃがみこんでしまった。
白い猫はしゅっと元の大きさになり甘えるような声をあげ闇の中へ消えてしまった。
「大丈夫?」
後ろから声がした。
少女はびくりと震え怯えた目で声の主を見つめた。
そこに立っていたのはクラウディイオであった。
美しい青年が立っていた。
少女は一瞬ため息をついたが、すぐに警戒した。
クラウディオは優しい声で言った。
「若い娘がこんな夜中に出歩くのは感心しないよ。最近は人攫いや化け物が出ると噂になってて危ない」
クラウディオはそっと少女に手を差し伸べた。
「家まで送ろう」
そう言い少女はクラウディオに手を引かれる形で無事家に辿りついた。
「あの、ありがとうございました」
疑って悪かったかもと表情から見てとれてクラウディオは笑った。
「早くおはいり。家の者が心配しているよ」
そう言い少女は急いで家の中に入った。
「遅かったじゃない! 心配したのよ」
家の者の声が聞こえてきた。
それを聞きクラウディオは笑い、その場を立ち去った。
脇に寄り添うように白猫が現れた。
猫は甘えるようにごろごろさせてクラウディオの裾に頭をこすりつけた。
「良い子」
クラウディオが時計を取り出しそれを開ける。
すると白猫は姿を消した。
時計に飾られた猫の絵がすっと浮き上がってきた。
それを確認してクラウディオは時計を懐に入れた。




