5 買い物
椿はフローエ夫人に引っ張られるまま都市部の仕立て屋ロゼッタにやってきた。
「ヘレーネ、お願いね」
二十代後半の女性が若手に指示し、椿を奥の部屋へ連れて行き薄着にしサイズを測り始めた。
ほぼ下着同然の姿になり、見知らぬ人に身体を調べられ椿は顔を真っ赤にして耐えていた。
だいたい必要なことを終えたら次はドレス選びへとうつった。
フローエ夫人とヘレーネがいろいろとドレスを取り出しては椿に着せかえをしていた。
「やっぱりこっちが……いえ、こちらの方が」
「フローネ夫人。こちらなんか素敵かと思いますよ」
「あー、どうしようかしら。迷ってしまうわ」
楽しそうに衣装を選り好みするフローエ夫人に椿は遠慮がちに言った。
「あの……そこまで値の張らない物でお願いします」
「何を言っているの!! お金のことなんか気にしなくていいのよ。せっかくの若い娘の晴れ舞台なんだから」
「いえ、私……」
(すごい年増なんですが)
椿は東海の【不老不死の魔女】と呼ばれており、すでに三ケタの年を過ごしていた。
果たしてフローエ夫人にそういう情報はいっているのだろうか。
言って驚いたり、椿に恐怖を抱かないだろうか。
うまく口に出来ずにいた。
そんな椿を知ってか、知らずか、フローエ夫人は別の服に飛びつていった。
「これはどうかしら?」
屈託のない笑顔で夫人は椿に新たな衣装を示した。
椿は困ったように苦笑いした。
店の奥から次から次へとドレスを持ってくるヘレーネは夫人に笑いかけた。
「それにしても久々に会った夫人はとても生き生きとしていますね」
「あら、私はいつもそんなに元気なさげに見えるのかしら?」
「いいえ。普段の夫人はとても明るくて素敵です。ですが、今日は特に嬉しそう」
「そうなのよ! 私、娘がすごく欲しかったからなんだか嬉しくってね。男の子はすぐに遠くへ行っちゃうからつまらないわ」
「お坊ちゃまは確か、隣国に留学なさっているのでしたね」
「本当、手紙も年に三通だけ、生きているという一言だけよ。もっと書くことがあるでしょうに」
フローエ夫人は拗ねた声をあげた。
椿の方へ顔を向ける。
「ねぇ、椿。私の娘にならない?」
突然の申し出に椿は驚いた。フローエ夫人はにこにこと笑顔を絶やさない。
「そしたら必要なこと全て教えてあげるし、生活面でも何不自由させないわ。ヴィルヘルムの家でメイドなんてしなくてもいいし」
「いえ、私は……」
自分は好きで家事の手伝いをしている。
椿は言おうとしたが、ヘレーネの言葉に遮られてしまった。
「夫人! これなんかどうでしょう!! 椿様の黒い絹のような髪に合うと思いますよ」
「あらぁ素敵だわ!!」
椿は二人の様子に苦笑いするのみだ。
しばらくして椿の表情はかげり、窓の外を見る。青い空が見えた。
(私はいつまでここにいていいのでしょうか……)
今のこの状況に不満があるわけではない。
そんなこと思っては罰があたる。
今の生活は決して楽しくないとかではない。
むしろ楽しい。
長い間ずっと人と関わらず閉じ籠っていたのだから、世界が開かれていく感覚は不安と同時に高揚感があった。
世界を広げたのは、と思い浮かべるのはヴィルヘルムの姿だ。
椿が囚われていた部屋を開けた時から、椿の世界は変わっていた。
◆◆◆
「は……」
椿はすぐ目の前にヴィルヘルムの顔があるのに驚いた。
そして、周囲を見渡した。
先ほどまで店にいたはずだったが、と椿は思いながら記憶を辿っていった。
ドレスを買った後、ヴィルヘルムの家へ戻っていた。
そこでしばらく客間でフローエ夫人と会話をしていた。
長い会話はまだ難しいが、簡単な言葉と筆跡を行いながら夫人に請われるまま自国についてを語っていた。
そういえば、ヴィルヘルムの仕事が終わったらダンスの練習をしようと言われていたと思う。
買い物に出かけている間、クラウディオが外出していたためヴィルヘルムの仕事が終わるまで待つことにしていた。
フローエ夫人と会話を楽しんでいた間、ついつい眠りについてしまっていたのだ。
「あの、夫人は」
「今帰ったよ。お前を起こすのは可哀そうだからしばらく寝かせてあげたいと」
「す……すみませんっ」
「いや、大丈夫か? 疲れた、……よな。叔母様にあんなに連れまわされたんだ」
「い、いえっ……私は大丈夫です! 折角忙しい中、ヴィル様が教えて下さっていると言うのに」
「大丈夫だ。今日の仕事はひと段落ついている。叔母上の身勝手なお願いで椿が巻き込まれたんだ。これくらいの協力は当然だ」
「すみません」
申し訳なさげに俯く椿をじっとヴィルヘルムは見つめ口を開いた。
「……やはり少し休もう。お茶を持ってくるように言ってくる」
「それくらい私がっ!」
「いいから。お前は座っていろ」
ヴィルヘルムは部屋を出ようとする椿を抑えつけ、ソファに座らせた。
椿はしゅんとして俯いてしまった。
忙しいヴィルヘルムが折角ダンスの手ほどきをしてくれるというのに、心配をかけ休むように言われる。
自分が情けなくなった。
頭を押さえられ椿は何だろうと顔をあげた。
するとヴィルヘルムの顔が思った以上に近くにあった。
銀色の髪に灰色の瞳、端正な顔立ち。
初めて会った時は眉間にしわを寄せ厳しい表情で、怖いと感じた。
今も無表情のことが多く不安になる日々である。
しかし、とても優しい方だと知ってから椿は少しずつ彼に対する苦手意識が薄らいでいくのを感じた。
よく見るとまつ毛が長く、美しい造形をしていた。
こんな綺麗な男性は生まれて初めてだと思う。
椿は先ほど押さえられた頭に触れると何かがつけられていた。
それを手にとるとそれは髪飾りであった。
紅い花の。
椿はそれが何の花か知っていた。
「カメリアだ。お前の名前の意味を聞いて、お前に買ってみた」
それは何日か前のことであったが。
買ったはいいがなかなか渡す機会がなくヴィルヘルムはどうしたものかとずっと机の引き出しにしまい続けていた。
「……私に?」
「ああ、良い細工だし紅いドレスに合うだろう」
それを聞き椿はほうっと頬を朱に染めた。
「大丈夫か? 熱があるのか?」
ヴィルヘルムは心配し椿の頬を触れた。
大きくてひんやりと冷たい彼の手がとても心地よかった。
「あ、ありがとうございます」
椿は嬉しさと照れくささでつい頬が緩み、顔を真っ赤にしていたが何とかそう伝えた。
気に入ってもらえたようだとヴィルヘルムはほっとし、笑った。




