4 いるはずのない者
ヴィルヘルムはしばらく考え込んだ。
もっともらしいことを確認してみた。
「……それは……後から生まれた子にもハンスとつけたのでは?」
同じ名前を何度もつけるのはそう珍しいことでもない。
親と子が同じ名前というのも珍しいことでもない。
「そうかと考えたんだけど、どうもね……こう頭のどこかで引っかかるのよね」
そう言いながらフローエ夫人は自分の頭を指差した。
「まぁ、私の思いすごしだと思うのだけど」
フローエ夫人は困ったように眉を下げ、ヴィルヘルムにもう一度お願いをする。
「一応彼に近づいて話とかしてみて欲しいのよ。聞いたところ、年はあなたと同じくらいだそうだし。これは公爵からのお願いでもあるのよ」
公爵という単語にヴィルヘルムはぴくりと反応した。
仕方なさそうに肩を竦めた。
上司である公爵の願いならば断れない。
どうやらフローエ夫人は事件についてベルンハルト公爵に相談をしていたのだろう。
そして、ベルンハルト公爵はこれを異変とみなしヴィルヘルムに事件解明の指令を出した。
「……つまり公爵も伯母上と同じ疑念を抱いておいでなのですね」
フローエ夫人はこくりと頷いた。
「杞憂であればいいとも彼はおっしゃっていたわ」
「……そう、ですね」
確かにフランケンシュタイン家は叩けば何かしら埃が出てきそうである。
今までパーティーに上がることがなかったのに、若き当主の代になってからひょっこり出てくる。
いつまでも城に閉じこもらず社交関係もしっかりしなければという考えかもしれない。
それなら別に良い。
しかし、娘の消失事件とほぼ同時に現れたとなると何かあるかもしれない。
関係がなくとも探りを入れてもいいかもしれない。
事件と関係なかったら悪かったと思えばいい。
「わかりました。ハンス・フランケンシュタインに関しては任せて下さい」
「頼んだわよ、ヴィル」
そして話は変わるが、とヴィルヘルムは別の疑問を尋ねた。
「……で、椿は? 何故、一緒に?」
それに待っていましたと言わんばかりにフローエ夫人は両手で頬を触れた。
「勿論、友達に見せびらかすのよ。可愛い東金国の娘が甥っ子の家にいるって……」
目の周りをきらきらと光らせてフローエ夫人は言った。
それを聞きヴィルヘルムは呆れてしまった。
「椿はとても人見知りしやすいので、仮に小さなパーティーだったとしても……」
心配だと言いたかったが、ヴィルヘルムには他に椿にパーティーに行ってほしくない理由もあった。
無論、東海人である椿を毛色の変わった猫のように見る者も当然いるだろう。
それはヴィルヘルムにとってあまり楽しいものではない。
この世界の人間は東洋の者を同じ人として見ていない者が多いのが現実である。
現に隣国では東海の人間を奴隷として売買することが公然とされている。
「大丈夫よ」
何が大丈夫なんだとヴィルヘルムは夫人を見つめたが、夫人はほほっと笑う。
「椿も折角我が国にいらしたのよ。この国のパーティーに参加するのもいいわよ」
全ての会話を理解できずにいた椿は不安そうにヴィルヘルムを見つめた。
ヴィルヘルムは簡単な言葉を使いゆっくりと説明した。
それを理解した途端椿は顔を真っ赤にして「無理です」と叫んだ。
「大丈夫よ。とっても楽しいから。いろんな人との交流、美味しい料理やダンスとか」
「私、この国の踊りは知りません」
椿は困ったように俯いた。
「あらぁ、まだ教えてなかったの?」
フローエ夫人はちらりとヴィルヘルムとクラウディオを見詰めた。
クラウディオはにこりと笑ってその視線に答えた。
「そろそろ教えたいなぁ、と思っていました」
「ならいいわ。まだ一週間あるのだからその間に集中的に教えてあげなさい。基本だけでもいいから」
話をとんとんと進められて椿は慌てた。
「でもっ」
「椿、私ははい以外の返事は聞きたくないの。来てくれるわね?」
「……」
「あなたに一目見たときからパーティーでみんなにどう自慢してやろうかとそればかり考えていたのよ」
沈黙する椿にフローエ夫人はたたみかけるように喋りかけ悲しげな素振りを見せた。
「私には娘はいないし、息子は異国へ留学したまま帰ってこないし寂しいわ。娘を持つ気分を味わいたいの」
娘という言葉に椿はぴくりと反応した。
「……」
「来て欲しいわ……あなたと一緒にパーティーへ行きたいわ」
フローエ夫人はずいっと身を乗り出して、椿の両手を握り締め捕らえた。
「来てくれるわよね、椿?」
きらきらの視線に耐えかねて椿は反射的に声を出した。
「はい」
最後はごり押しで、椿はパーティーに参加させられる羽目になった。
どうやら彼女はごり押しに弱い性格のようであった。
ヴィルヘルムは改めてそう感じた。




