7 望まぬ再会
再び訪れたフォガロホール。
相変わらず人が多い。
本日が大眞国の舞台の最終日だからだ。
今日を逃せばもう見れなくなるかもしれない。
「すごい人ですね」
「ふん、明日のオペラもすごいわよ」
マリアは負け惜しみのように呟いた。
馬車から降りて、椿とマリアは招待状をみせた。すでに話は通っているようで、一等席へと案内される。
一番舞台がよく見える広い部屋であった。
席に座り、あたりを見渡すと席にはずらりと観客が座っていた。
「マリア様が一緒でよかったです。この部屋を1人でなんて贅沢すぎて……」
「いいわよ。明日もこの部屋に入るからちょうどいい予習だわ」
クラウディオと一緒に入る部屋のようである。
よく一等席を取れたなと椿は感心した。
クラウディオがチケットを手に入れたのか。
エーデルシュタイン伯爵家の力だろうか。
それはわからない。
拍手と共に舞台は始まる。
始まりは可愛らしい少女たちの舞であった。
袖は蝶のように舞い、規則正しく動き、波打っている。
椿は思わず目で追ってしまう。
最後だからか、以前見に行ったときよりも動きが大きくて、大技が披露される。
歓声があがり、成功ごとに拍手が響き渡る。
次から次へと流れる演目を見逃すのは惜しい。
2人は無言で舞台に魅入っていた。
だから、気づかなかった。
後ろから小さな影が近づいてきていることに。
椿の右側に小さな影は潜む。そして、頃合いをみて口を開く。
「椿、迎えにきたよ」
無邪気な少年の言葉に椿はぞくりと身を震わせた。
思い出すのは首筋の痛み、そしてお世話になった女性の生首。
「いやっ!」
椿は反射的に右手で少年を払いのけた。
じゅっと焼ける音がして、同時に少年が泣き叫ぶ。
「椿、どうしたの?」
マリアの質問に答えずに椿は彼女と一緒に椅子から離れて壁へと寄った。
椅子の側で、両手で顔を覆っている少年を見て椿は動悸が抑えられなかった。全身が震えて息が荒い。
ただ事ではないとマリアは感じた。
「ちょっとあなた何なのよ。レディーの部屋へ音もなく忍び込むなんて無礼でしょう!」
マリアは毅然と叫んだ。
「いったぁ……何これ」
少年はマリアの声が聞こえないのか、頬を撫でた。
部屋の照明は落とされている。舞台の演題の明かりのみで、わずかなあかりに照らされて少年の顔が見えた。
「椿、何でそんなものを持っているんだい?」
ヨアヒムで椿を襲った【吸血鬼】の少年――キリルだ。
彼の右頬はひどい火傷ができていた。
今さっきできたような、ひどい爛れ具合である。
「こんなものを用意するなんて僕のこと嫌いになったの?」
悲し気に呟く少年の声を聞きながら、マリアは椿の右手首をみた。
そこにはフローエ夫人が作ったお守りがかけられてある。
【吸血鬼】対策が施されたお守りが。
それで右頬を払われて、火傷を引き起こした。
「あなた、異端者ね」
マリアは警戒をあらわにして、椿の手を握り部屋を飛び出そうとした。扉から現れたの男装麗人であった。
「なに、あなた。どきなさい!」
マリアは叫び、男装麗人をどかせようとした。
メイリーはマリアの右手を握りしめ、引き寄せる。同時に体を崩した椿を反対の手で触れようとしたが、椿は両手で防御の姿勢をとった。
バチッ!
火花が散り、メイリーは手を引っ込めた。ほんの一瞬であったが、メイリーの左手がじゅわぁっと音をたてて爛れていく。
「マリア様を、離してください」
ようやく事態を把握した椿はメイリーに言った。
どうやらお守りの影響で、キリルもメイリーも椿に触れられないようだ。
メイリーは無表情で椿を見つめた。
しかし、マリアを離す気配はない。
「キリル様、だめです。触れません」
メイリーは淡々と状況を報告した。
「わかっているよ。聖女ヴィヴィアナの願いが入っている……もうとっくに死んだくせに邪魔くさいな」
忌々しげにキリルは呟いた。
「まぁ、無理に触ろうと思えばできるけど痛いのは嫌だな」
今味わった火傷の痛みにキリルは頬を撫でた。
「椿、それを捨てて」
キリルの願いに椿は首を横に振った。
「仕方ないなぁ」
キリルはメイリーの方へ指示を出した。
マリアを指差して冷たく言い放つ。
「その女の腕を折って」
「だめ!」
椿は叫んだ。
体中が震えて怖いが、マリアを傷つけられる訳にはいかない。
マリアは普通の人間の少女である。椿のようにすぐに治癒することはできない。
痛みだって、耐えられないだろう。
「ならそれを捨ててよ」
キリルの願いに椿は怯えた。これを外せば、キリルは自分に触れる。またあの時の恐怖が襲いかかってくる。
でも、拒否すればマリアが傷つけられる。
椿は震える左手を動かして、右手首のブレスレットを外そうとした。
にゃぁ!!
白い猫が椿の足元から現れて、どんどん大きくなっていく。
ビアンカは鋭い爪をキリルへと向けた。
「ああ、もうっ……鬱陶しい!」
キリルはビアンカの爪を手で受け止めた。その爪を掴んで、ぼきっと折った。
にゃああ!!
爪を根本から乱暴に折られて、痛みで鳴き叫ぶ。
それでも椿を守ろうと奮闘するが、キリルの方が強かった。
キリルに蹴られて、白い猫は元のサイズに戻って部屋の端へと飛ばされた。
「ビアンカ!」
椿は白い猫の方へ近づこうとしたが、キリルがその前に立った。
美しい少年の瞳は薄暗闇の中怪しく光り、椿の姿を映した。
「椿、それを捨てて」
キリルは繰り返して言う。
「ダメよ! 椿」
マリアは叫んだ。
「助けを待つの! クラウディオ様が来てくれる! だから今は待つっ……ああああぁっ!」
少女の叫びが響いた。
メイリーがマリアの右手を掴み、人差し指を反対側へ折っていた。
彼女の指が歪んでいくのを見て椿は血の気が引くのを感じた。




