4 銀十字の立場
王都の【銀十字】の執務室で、ヴィルヘルムは報告書の確認をした。
(妙に多すぎる)
ここ数ヶ月で、異端者の事件は増えていく一方であった。
自分が休んでいる間にここまでの事態になっているとは知らず、移動しながら部下からの状況説明を受ける有様だった。
仕事に戻ると、施設内で顔を合わせるエヴァに色々と軽口を叩かれたが、いちいち相手にするのも億劫であった。
「張り合いがないわね」
エヴァはため息をついて、自分の仕事へと戻っていったのはつい先ほどのこと。
実際、ヴィルヘルムもエヴァも今は忙しくて余裕がない。エヴァとしてはヴィルヘルムが不在の穴を埋めていた為少しでも言いたいことがあったのだろう。
ヴィルヘルムの部下の指示系統も代行してくれたのは感謝しているのだが、だからといってエヴァの愚痴の相手をする義務はない。
「誰か……これを急いで提出を」
確認し終えた報告書を提出させたかったが、部下は全員出払っていた。
今ヴィルヘルムの部下たちはあちこちに飛び回っていた。表向きの官僚としての顔を忘れる程疲弊しきっていた。
今、執務室は恐ろしい程静かであった。
クラウディオも薬の材料集めに出ていたのが大きいのだが。
「仕方ない」
急ぎ提出する必要がある書類は自分で提出するしかない。
ヴィルヘルムは書類を手に、執務室を出た。
廊下を歩いていると声をかけられた。
「ヴィルヘルム」
アルフレート・ベルンハルト公爵がこちらの様子を伺っていた。
「閣下」
ヴィルヘルムは姿勢を正す。
「痩せましたね」
公爵の言葉の中に優しさが滲み出た。
視線を向けると、公爵は静かにヴィルヘルムを見つめていた。
既にクラウディオから報告を受けているはずだ。
ヴィルヘルムが【人狼】として暴れてしまったことを。
胸がざわつく。
そういえば、自分が生き残れたのは公爵のおかげでもあった。
本来、赤ん坊のヴィルヘルムは処分される予定であった。よくて施設内の隔離設備に永久に幽閉される。
それを異としたのは公爵であった。
何故、この人はヴィルヘルムを助けるばかりか、庇護してきたのだろうか。
婚約者の子供だったからか。
だが、ヴィルヘルムは婚約者を奪った【人狼】の子である。
理解できなかった。
自分であれば、きっと見るのも拒絶してしまったかもしれない。
それだけ母を好いていたのか。
兄アルベルトの言葉を思い出した。
彼がヴィルヘルムを弟として迎えたのはヴィルヘルムの姉の為でもあった。
「あの……聞きたいことがあります」
ヴィルヘルムは重い唇を震わせた。
公爵は首を傾げた。
「なにかな」
ただ優しく、親戚の子に耳を傾ける初老の男の動作である。
「……あ」
「ヴィルヘルム様!」
ようやく質問を口にしようと思ったら、部下が急いで駆けつけてきた。
「こ、公爵閣下……失礼をしました」
公爵がいることで部下は慌てて礼をとる。
「構いません。急ぎの要件のようですが」
「はい、ベンガル通りで獣型の異端者が暴れていて【銀の騎士】【狩人】5名で対処しておりましたが叶わず逃げ戻ってきました。どうか、ヴィルヘルム様にも応援を依頼したく……」
「わかった」
ヴィルヘルムは怪我人の状況も報告を受けながら、必要な道具や人員の手配を進めた。
真夜中であるが、街中だ。
しかも、呪いも扱う異端者だという。
都民が巻き込まれる恐れがあり、急いで対処する必要があった。
その他の件に関わっている部下の状況を思い出して、優先順序をつけて早急に召集司令を出した。
「申し訳ありません……話の途中で」
部下の後を追う前に、ヴィルヘルムは公爵に頭を下げた。
「私のことは大丈夫です。いつでも話をしにきてください……ああ、そうだ。その報告書を預かっておきましょう」
「いえ」
ヴィルヘルムは手に持っていた書類を握りしめた。
さすがに公爵に書類提出のお使いなどさせられない。
「急ぎの件でしょう。任せなさい」
アルフレートはそう言いながらヴィルヘルムから書類を受け取った。
公爵に感謝をして、ヴィルヘルムは部下の後を追いかけた。
「怪我人だけか? 死者は?」
物品の確保をしながらヴィルヘルムは質問を繰り返す。
暴れる異端者の対応と同時に、医療スタッフにも声をかける必要があった。
「3名、怪我を追っていますが、命に別状はありません。フローエ夫人のお守りのおかげで呪いを受けずにすみました」
それを聞き、ヴィルヘルムは深くため息をついた。
フローエ夫人は【銀の騎士】でもなく、【狩人】でもない。
現場へ赴く者ではなかった。
彼女が【銀十字】で指示を出す立場を得られたのは彼女の功績故である。
学者としてお守りの知識を得ていて、それを作成、量産することを成功させた。これで呪いを扱う異端者の事件で、死者が減った。
今彼女は遠く離れた学問都市で、お守りの量産を続けていた。
同時に椿の面倒をみてくれている。
【吸血鬼】の事件を聞いて、対策を早速うってくれたためフローエ男爵家は【吸血鬼】は簡単に侵入はできないだろう。
これが一番いい方法だ……。
椿のことを思い出して、自分のそばにいるよりもずっと安全だとヴィルヘルムは言い聞かせていた。




