3 牡丹の招待状
都市で一番大きい劇場ホール、フィガロ・ホールは多くの観客で賑わっていた。
東海の大国、大眞国の芸人たちの舞台など滅多にお目にかかれない。噂を聞きつけた遠方の貴族たちもこぞってチケットを求めるほどの盛況ぶりであった。
市長がわざわざ芸人団体に頭を下げて、舞台の回数を増やす有様だ。
ここ数週間は大眞国の雰囲気に染まり、街中の出店もそれにちなんだものが多い。
「……」
喫茶店に出された餡子菓子を口にして椿は首を傾げた。
少し甘すぎるような気がするが、島国と大国では味付けが違うのかもしれない。
「素晴らしかったわねぇ」
舞台を見終わった後、フローエ夫人は何度目になるかわからないため息を吐いた。
「はい……すごかったです」
椿も思い出した。
母国のものとはだいぶ違うが、それでも衣装や雰囲気に懐かしいものを感じられた。
「椿はどの演題が良かった? 私は男装麗人メイリーの剣舞だわ」
フローエ夫人はきゃーと若い娘のようにはしゃいだ。
「確かに素晴らしかったです。彼女の凛とした美しさも相まって……」
20人、30人と現れる敵を次々と剣舞は美しく、格好よかった。
実際斬り付けている訳ではないとわかっているが、その迫力に圧倒されてしまった。
「きゃー! メイリー!!」
喫茶店の外で黄色い歓声があがる。
客たちが思わず外の方へとみる。
どうやら先ほどの芸人が街を歩いているようだ。
歓声はどんどん大きくなっていく。
そして喫茶店の中へ、男装麗人が現れた。
「きゃー」
フローエ夫人は頬を朱に染めて感激した。
先ほど話題にしていたメイリーが登場したのだ。
「やっぱり噂通りだわ。この喫茶店にメイリーがお茶を飲みに来ると聞いていたのよ」
事前の下調べだったようだ。
そういえば、喫茶店へ入った後、完全予約制とは知らずショックを受ける貴族令嬢がいたのを思い出した。
メイリーがこちらの方へと近づいてくる。
舞台衣装よりも軽装であるが、男性のように動きやすい衣装である。
「こんにちは、お嬢様の名前を聞いてもいいですか?」
カタコトのベルラント語に、椿は驚いた。
まさか自分に声をかけてくるとは思わなかった。
「つ、椿と言います」
椿は立ち上がって挨拶をした。
「椿……」
メイリーはうぅんと何か考えているようだ。
「今は手元に椿の花がありません。これでご勘弁を……」
目の前で手を広げてみせたのは、美しく咲く牡丹であった。
今の春の時期に合う美しい華であった。
「ありがとうございます」
椿は恐る恐るメイリーから牡丹の花を受け取った。かさりと紙の感触がする。
一緒に持たされた封筒に椿は驚いた。
「国は違えど、ここで東海の女性に出会えたのです。何かの縁……是非、お越しください」
そう言いながらメイリーは2階の方へあがっていった。メイリーはいつも2階の個室で静かにお茶を楽しんでいるという。
店員が雇った番人により、2階へあがれない令嬢たちはそれでも声を張り上げてメイリーを呼び続けた。
「じゃあ、椿……帰りましょう」
フローエ夫人はお茶を飲み終えて、声をかけた。
「あ、はい」
彼女に声をかけられて椿は安心した。ところどころ令嬢たちからの視線が怖かった。
人気の男装麗人メイリーから花をもらった女と嫉妬されているのだ。
馬車の中で椿は持たされた封筒を開けてみた。
「招待状?」
数日後に行われる舞台の招待状であった。
本日の席よりも良い、一等席である。
「あら、良かったじゃないの」
「そんな……こんな大事なものをもらうわけには」
「いいじゃないの。遠い国で、同じ東海の椿に出会えて嬉しかったのよ」
確かにそうかもしれない。
この学園都市でも、まだ椿のような東海の人間は珍しい。
メイリーが言う通り、これも何かの縁である。
「そうですね……お礼の手紙も作らなければ」
シェートンが戻るまでの間に、彼女と話ができればいいなと思った。
母国へ帰るとなれば、大眞国を経由する。
途中の道のりの情報は入手できた方がいい。
「遠慮なく使ってしまいましょう」
フローエ夫人の言う通り、チケットは使わせていただこう。
出会った縁を大事にしよう。
◆◆◆
帰宅後、椿は購入したばかりの花瓶を取り出した。
ガラス細工の綺麗な瓶で、光にあたるときらきらしている。
舞台の前に小物店で購入したものである。
花瓶が2つ。
1つは椿が選んだもので、もう1つはフローエ夫人が選んだものだ。
どちらにも水を入れて、椿は自分が選んだものに今朝摘んでもらった薔薇を生けた。
もう1つの花瓶には先ほどもらった牡丹の花を。
「どこに飾ろうかしら」
どちらも違う魅力のある花であり、一緒に置くよりは別々で楽しんだ方がいい。
机の上に薔薇の花瓶を置いて、ベッドサイドのテーブルに牡丹の花瓶を置いた。
「これでよし」
ちょうどノックの音がして、椿は応じる。ちりんと後ろで鈴の音が出てきた。
気まぐれビアンカが登場したのだろう。
扉を開くとフローエ夫人がいた。
「ようやく完成できたからあなたに渡しておこうと思って……」
彼女が手にしているのは紐状の装飾品であった。
「【吸血鬼】避けを施したお守りよ。いつも身につけておいて」
それを聞いて椿はこくりと頷いた。
慌ただしい日々で忘れていたが、自身は【吸血鬼】に狙われていた。
「明日から、【吸血鬼】に出会った時の対処方法を教えるわ」
フローエ夫人は椿の右手首に、お守りを取り付けた。ブレスレットとして可愛らしく椿の手首を彩る。
それを見つめてフローエ夫人は真面目に伝えた。
「あなたがここにいる間少しでもあなたの為になりそうな道具もかき集めるから」
「はい、ありがとうございます」
椿は強く頷いた。
この国を出たら自分の身は自分で守らなければならない。
ガシャン
ガラスが落ちて割れる音がした。
椿は部屋の中をみて、大声をあげてしまう。
「ビアンカ!」
ベッドサイドに置いていた花瓶が床に落ちて割れてしまっていた。
白い猫は身を膨らませて、床に散らばったもに威嚇していた。
「あなた、何てことを。折角フローエ夫人が買ってくれたのに」
ビアンカを抱き上げて、椿は叱りつけた。
後から追いかけてきたフローエ夫人はあららと驚いた表情をあげた。
「椿、少し離れていなさい。後でメイドに片づけさせるから」
自分が選んだものが壊されたというのにフローエ夫人は特に気にしていなかった。
「折角の牡丹もこれではだめね」
白猫にぐしゃぐしゃにされた牡丹はもう見る影もない。
「ああ、もう……」
椿はじとっとビアンカを睨んだが、ビアンカは甘えるように鳴いた。
「牡丹の花が嫌いだったのかしらね」
フローエ夫人は首を傾げながらつぶやいた。




