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それから、約十五分の時間が流れるとライラたちの視界に大空を羽ばたく四体の魔物が移りこんだ。
「あれが……」
「あの魔物がアイヴァンです」
アイヴァンと呼ばれる魔物の見た目は日本にいた時にネット画像で見たことがある白鳥とほとんど同じ外観をしている。唯一違う点があるとすれば羽が氷で覆われているという点だろう。
私が観察している間に大空を羽ばたいていたアイヴァンはゆっくりと高度を下げていき、最終的には水面に着水した。
最初の一体に連なるようにして他の三匹も水面に着水し、水面を優雅に泳ぐ様子がうかがえる。だが、それだけだった。
「……四体、だけ?」
「途中で散り散りになったんでしょう。ただこの四体は結界に侵入した時の方向を変えなかった。だからこうして私達の前に姿を現したんだと思います」
ライラの推測は当たっていて、常時展開している探知魔法にはアイヴァンが二から六羽で一つのグループを形成し、トーメル湖全体に散らばっていく様子が感知されている。
「……気づかれていないようです。奇襲を仕掛け確実にアイヴァンを四体仕留めます」
「わかりました」
ライラとリアはアイヴァンが水面を優雅に泳ぐ様子を確認してからゆっくりと音を立てない様にしながらアイヴァンに接近していった。
「……貴方は、近づかなくても良いんですよ?」
「え? でも……」
「はぁ……もう好きにしてください」
リアの事を守らなけばなならないので先ほどまでいた位置でじっとしていて欲しかったライラはため息を付きながらもリアが同行することに目を瞑りアイヴァンにゆっくりと接近していく。
多少の音を立てたぐらいでアイヴァンがライラ達に気が付くとは思えないけど、万が一を考えるならこれぐらい慎重な方が良いだろう。
だがその慎重さがむしろ仇となる場面もある。今が、まさにそうだと言える。
「リア! ここに、いや、お前!」
「くそっ!」
ゆっくりとアイヴァンへと接近していたライラ達が森を抜け砂浜を踏みしめたあたりで阿保三人の内の一人、バトルトがライラ達に気が付いてしまったからだ。
「貴様! リアから離れろ!」
原因は大まかに二つ。一つは森の中から出てしまったこと。遮蔽物が何もない場所に姿をさらしてしまったせいで、発見が容易になってしまった。二つ目は、慎重に行動していたとこ。慎重な行動にはスピードが無かった。もし普段通りに歩いて魔物に接近していればバトルトが近くに着水した魔物を警戒している間に魔法を行使することが出来ただろう。
だが現実はそうはならず、バトルトに気づかれた挙句バトルトが大声で叫ぶせいでアイヴァンがライラ達を補足してしまった。
ゲームプレイ中の私はこの時のバトルトの行動に酷く憤慨したものだが今となっては仕方がないな、なんて思っている。恐らくバトルトはライラが父親であるランロクと同じように非道な実験をリアに対して行う気で森の中に入っていたと勘違いしたのだろう。
故にバトルトはライラの事を見てライラのいる方向に向って駆けていくし、武器に手をかけている。
だがライラが見ているのは、こちらを補足したアイヴァンだった。アイヴァンは何のアクションも起こしていないが、いつ攻撃されるか分からない。加えて一度逃げられるとヒントなしでアイヴァンを捜索することになり多大な労力が必要になる。
そのため、ライラが優先したのはバトルトの大声でこちらの存在に気が付いてしまったアイヴァンを討伐することだった。
そんな中でリアが向いていたのはライラとバトルトの二人だった。
ライラはバトルトのせいで気づかれてしまったアイヴァンの討伐を優先しているが、バトルトは自分と一緒にいるライラの処理を優先していることに、リアは気づいた。
そんなリアが取った行動は、ライラの太ももに手を伸ばすことだった。
「ぅ、何を!?」
唐突に太ももをまさぐられたライラは微妙に艶めかしい声を洩らしながらも集中を切らすことなく魔法を発動させる。
ライラの発動した魔法は火属性火魔法の『火矢』。分かりやすく矢を形どった火が、アイヴァンに向って飛来していく。ライラの存在に気づかれていたせいで放たれた魔法は二体のアイヴァンには防御されてしまうが対処が間に合わなかった別の二体はライラの魔法に頭を焼き貫かれ、絶命した。
ライラが自身の役割を果たすのと同時に、リアも自分が今すべきことをなしていた。
リアがライラの太ももをまさぐっていたのは、ライラが太ももに装着している短剣を手にするためだ。ライラの着替えを見ていたリアは、ライラが装備の点検を行っていた際に短剣が太ももの内側に装備されていることを知っていた。
ただ位置的にライラの太ももの内側は見えないし、見える位置に回る時間もなかったためリアはライラの太ももをまさぐるしかなかったのだ。
そんなリアは掌に短剣の感触が伝わってきた瞬間にそれを掴み、ライラを切りつけない様にしながら鞘から抜き放ち、迎え撃った。
直後に響き渡るのは、金属同士がぶつかり合った甲高い音だった。
「リア! なぜその女を守るんだ!」
「なんで貴方はソルテット様を攻撃しようとしているんですか!」
ライラの短剣を使ってバトルトの攻撃を、リアは受け止めていた。腕力的にバトルトはリアの事を切り伏せる事はそう難しくは無いだろうが、バトルトはリアの事を大切に思っているのだから傷つけるはずがない。リアが迎撃の姿勢を取ったその瞬間に力を緩めてリアが怪我を負わない様にしたのだ。
「一体なぜこんなことを……」
近くで響く金属を無視できなかったライラは音が鳴った場所を確認すると、そこに在ったのは鍔迫り合いの様な物をしているリアとバトルトの姿だった。力関係的にも雰囲気的にもバトルトがかなり手加減していることがライラにも分かったが魔物が目の前にいる状況で真っ先に自分を狙ってきたバトルトの心境は、分からなかった。
「二人とも落ち着きなさい」
分からなかったがどちらにせよ、いまするべきことではない。いまするべきなのは魔物の警戒とその対処だからだ。
ライラはリアの体を強引に後ろに引き、バトルトの攻撃が届かないようにする。バトルトは勢い余って武器を振りぬいてしまい砂浜に武器が突き刺さる。
「まずは、魔物を……逃げてしまいましたか……」
ライラはリアを後ろに引いてから魔物のいる方向を見るが、攻撃魔法を防御したアイヴァンはライラが目を離している隙に羽ばたき、飛び立っていた。まだ水面から少し体が浮いているだけで距離も空いていない。魔法を使い攻撃しようと思えばできる距離に魔物は居た。
「空中では『氷の鋼羽』を瞬時に発動できるから……ですよね?」
「ええ……今攻撃すれば、反撃にあう可能性があります」
危険を避けるため、ライラは魔物が攻撃できる範囲にいたとしても攻撃せずに逃げた、と判断して魔物とは別の脅威に目を向けた。
「それで、なぜ攻撃してきたのか訳を聞いても?」
「お前には関係ないだろ……リア、少し待っていてくれ。今から他の二人を呼ぶ」
バトルトはライラの言葉を一蹴し、リアに声を掛けてから魔法を使用した。使用された魔法は信号魔法で、おそらく他二人にリアがいたことを知らせているんだろう。
「ソルテット様……どうしますか……?」
だが、リアが真っ先に問いかける相手は自分の事を心配してくれるバトルトではなく近くにいるライラだった。
「合流する、と言う案は否定しません。アイヴァンの居場所は分かりませんから、手分けして捜索するのが最も効率が良い方法でしょうから」
この場にいる全員は探知魔法を使えないためアイヴァンを探すには地道に足を使うしかない。故にライラは合流することに対して否定はしなかったが、賛成することもなかった。
「……分かりました、そうしましょう」
ライラの判断に対して、特にこれと言った反論すべき点もなかったためリアは頷いて他の二人が集合するまでその場で待機していた。バトルトがこちらを険しい表情で見つめていることに、気づかないふりをしながら。




