29
リアは自分の肩に顔をうずめるライラの頭を優しく持ち上げ、額と額を重ね合わせる。
「……さすがに、これが平熱な訳、ないよね……」
どう考えても異常な熱を帯びるライラの額から顔を遠ざけたリアはライラの顔を自分の肩に、動かす前の位置に戻す。
「……ソルテット様、大丈夫ですか?」
念のためにもう一度声を掛けてみるがやはりライラは返事をしない。リアは少し考えてライラから貰ったブレスレットに魔力を込めてみるがライラはピクリとも動かなかった。
「大丈夫じゃなさそう……」
寝ているライラを起こさない様にと慎重に動いただけのリアに短剣を突き付けたライラの目の前で魔力を使用しているのに何の動きもないというのは、リアの視点からみてもかなりの異常事態だという事が分かる。
実際のことろ、精巧に作りゲームの中で見たライラを再現している私の分身体の状態はかなり悪い。
体温は四十度に近く、唾を飲み込むだけで痛みが走るせいで何も口に入れたくない。意識も朦朧としているしリアと接触したあたりからどんどん悪寒が酷くなっている。
リアと積極的に体を密着させているのは、リアに触れている部分は暖かいからだ。
「少し、体を動かしますよ」
リアは一応声を掛けてからライラをビーチチェアに寝かす。寝かせるためにはまず椅子に座っているリアの体に密着しているライラを引きはがす必要があったのだがその際にライラはわずかな抵抗を見せていた。
腕に力が入っていないせいで簡単に引きはがすことが出来たが、リアから引きはがされたライラは寒そうに体を縮こまらせていた。
リアは制服の上着を掛けてあげるが、大して暖かそうではない。
「……なんで、あの毛布を片付けたのかな……」
寝ているときに使っていた毛布を思い出しながらも、リアはライラの体を温める方法を探す。
昨日ライラが消した焚火が目に入った。枝はまだ残っていた。
「……どうやって火をつければいいんだろう……」
リアには火魔法は使えないし、火起こしの方法も分からない。
「毛布を取りに行けば……ロッカーは本人じゃないと開けられない……」
リアは縮こまるライラの姿を見る。この状態のライラをロッカーまで連れていき魔力を使用させるのは酷な気がしたリアは毛布を取りに行くことを諦める。
「……どうすれば……やっぱり体で温めるしかないのかな……?」
いい方法が見つからなかったリアが最終的に行き着いたのは体を寄せ合う事だった。
リアは縮こまるライラを抱擁するようにして横になる。ライラは見つけた熱源を求めてすり寄る。
「……やっぱり、かあだが熱い……」
直に触れると分かる、ライラの体温の高さ。
「火傷しそうなぐらいに熱いのに……ソルテット様はさむがっている」
手の届く範囲で、自分の近くで何もできずに震えているライラを見たリアは、ふと思い出す。
「ダンジョンにいた時と似てる……」
ゲームでは幻覚の森にいた時と似ている、だったのだがゲームとは違いヘルトアブルト大迷宮に挑んだリアはダンジョンで起きたことを思い出したようだ。
「……大丈夫、ですよ……」
何の根拠もなく、リアはライラに声を掛ける。リアはライラに回復魔法を使用する。
リアの魔法は不完全が不完全なせいで状態の改善にはつながらない。リア自身、意味がない事はわかっていた。それでもリアはライラに魔法をかける。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
熱を出して震えるライラと自分のせいで死にかけているライラの姿を重ねて、リアは謝り始める。意味がない事を、リアは理解していた。
それから、リアはライラの事を抱擁していたのだが横になっていたせいか少しづつ睡魔に襲われ始めた。
寝ているときの方が体温が高くなる、そんな話を思い出したリアはライラの為だからと自分に言い訳をして睡魔に抗うことをやめて意識を手放した。
すこしして、誰かの怒号でリアの意識は覚醒し始める。
「……ぅん……ぅえ……?」
寝起きで状況が把握できないがとりあえず近くに人がいることは、リアにもわかった。
「ちょっと、待ってください」
視覚も聴覚もまともに機能していないリアは顔を手でこすり、意識の覚醒を早める。その途中でリアは何かが凍るような音を耳にするが視界がぼやけているせいで何が凍ったのかも分からない。
それから何度か瞬きをしたリアは、ようやく状況の把握を始める。
まず最初に確認したのは誰が怒鳴っているのかの確認だった。
「なぜこの女がリアの隣にいるんだ!」
「落ち着いてください! ここで魔法を使えばリアに当たってしまいます!」
怒鳴っているのはバトルトだった。今にもライラに掴む掛かりかねない剣幕だがエメルに羽交い絞めにされていて動くことが出来ていない。
リアはそんな二人を意識の外に置いて、何かが凍ったような音の発生源を確認しようとする。
「――ソルテット様!」
リアの体に残っていた眠気はシャボン玉のように弾けて消え去り、体の半分近くが凍ているライラの姿が視界に飛び込んできた。
「リア、大丈夫か……?」
体の一部が凍っているライラに回復魔法を使おうとしたリアの腕をガルドはつかみ、ライラから引き離すようにして引っ張る。
「こっちに来た方がいい……その女の傍にいるのは危険だ。手を放して、こっちに。寝ている内に、離れよう」
リアは言われてから気が付く。ライラと手をつないでいたことを。
「私、いつの間に……」
リアは繋がれている手を見つめるが一向に解こうとしない。
「急ぐんだ……」
すぐ近くで怒鳴っている阿保がいる状況にも関わらずガルドはリアに対して小声で催促するがリアはそれを無視して、ライラの状態を確認する。
手を握っているからこそわかる、ライラの手の震えを感じ取っていたからだ。
恐怖を感じている訳では無い。そもそも今のライラは眠りに落ちたまま目覚めていない。単に発熱等の体調不良に所以する震え、あるいは凍った体が寒さに震えているだけなのだ。
もし恐怖を感じていたのならリアはライラのためにすぐにその場から立ち去っただろう。だが今のライラは違う。リアからだとライラの状態を知ることはできないが少なくとも一人きりにするべき状態ではないことは確かだ。
「すみませんガルド様。私の手を放していただけませんか?」
リアはライラとの繋がりではなくガルドとの繋がりを放棄することを選んだがガルドもまたリアと同じようにリアの催促を無視して、行動に移る。
「掴まれている力が強いのか……待ってろ……」
ガルドはリアとライラの手の間に、自身の手を入れこんでライラの手を強引に開かせる。
「……よし、これで大丈夫だな……バトルト、騒いでないで移送するぞ」
「チッ……分かった。確かに、この女を起こすのは得策ではないからな」
いくら眠りが深かったとしても起きてしまうほどの大声で怒鳴り散らかしていたバトルトは妄言を吐きつつも、落ち着きを見せる。
反対に焦り始めるのはリアだった。
「まってください……! ソルテット様は今体調を崩されてるんです! このままここに置いておく訳には……!」
「大丈夫だリア。何の心配もいらない。もしこの女に看病を命令されていたとしても、聞かなくていいんだ……もしこの女が父親の権力を使って脅してきたとしても、俺達が対処する」
ライラの傍から離れない様にとリアは抵抗するが、腕力の違いでリアは強制的にライラとの距離を話されてしまう。
「命令とか、そういう訳じゃ……!」
「リア、頼むからいう事を聞いてくれ……! あの女は危険なんだ。知っているか? 最近、またソルテット伯爵が平民をさらい人体実験に使用したんだ……リアも狙われているかもしれない。それに俺達も、リアの優しさを否定したいとは思っていない。手を貸してあげたいとも思うが……この女はだめだ。危険すぎる。さあ、行こう」
抵抗もむなしく、リアはガルドに横抱きにされてライラの元を去ることになった。
「離してください! せめて、あの氷ぐらいはとかしてあげないと……!」
「……確かに、あれは少し不味いかもな」
リアの悲痛な声を聞いたガルドは一度足を止めて、体の半分近くが凍っているライラの体に目を向けた。
「……どうだ。これで、文句はないだろ」
ライラの体を一瞥したガルドはライラの近くに火の玉を魔法を使うことで出現させた。だがそれが最後の慈悲だったのか強引に連れられるリアがライラの状態を気に掛ける言葉を徹底して無視し続けた。




