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リアは何もする気が起きず、しばらくの間ただ波の音に身を任せていた。波の音を聞いている内に放心から復帰したリアは波打つ水面が太陽光を乱反射する様子に目を奪われていた。
「……綺麗……」
リアは深く考えることなく水面に向って歩き出す。ザクザクと乾いた砂を素足で踏みしめる音は次第に湿り気を帯びていく。
足が砂に埋まり、足が砂にとらわれるがリアは止まらない。急いでいる訳でもなければ慌てている訳でもない。
ただ一歩ずつ光の元へとリアの足は進み続ける。そうしている内にリアの足はぴちゃぴちゃと、水音を立て始める。
湖に、足を踏み入れたのだ。足が水に触れたというのにリアの足は止まらない。リアが見ているのは壮麗な光の集まる場所であり、地面ではないからだ。
リアは進み続ける。一歩ずつ、深度は深くなっていく。進んで、進み続けたリアの腰は水に浸かっている。水の抵抗でかなり進みにくいはずなのに、リアは足を止めようとはしなかった。
「それ以上は危険です」
「…………え?」
足を止めようとしないリアの手を取り、声を掛けたのはライラだった。ライラが身に着けているのは水着ではなくシトラル教育機関の制服だった。
ライラ自身も腰付近まで水に浸かっているため、制服のスカートなどは水でびしょ濡れになっている。
「……あ、え……? 私、なんで水の中に……?」
「……とにかく、湖から出ましょう」
どうやらリアは腰が水に浸かるまでの過程を覚えていないようで困惑する様子を見せる。そんなリアの手をライラは取り、引っ張るようにしながら陸地を目指した。
ライラに手を引かれながらも陸地、砂浜に到着したリアはライラの魔法により衣服を乾かし、体を温めた。
「……なんで、私……」
その間、リアは自問自答をしていていたがこれは少しゲームとは違う展開だ。
私がゲームをしていた時、リアとしてこの世界を体験していた時も光につられてトーメル湖に足を踏み入れたのだが私はその時に何が起きていたのかを正確に把握することが出来ていた。
リアは光その物に連れられていた訳では無く光が含む魔力に惹かれていたのだ。物に魔力が込められているのは別に珍しい事ではない。人為的にもできることだし、自然現象としてもあり得ることだ。
それは光にも言えることだ。光属性魔法を使うことが出来る、或いは無属性魔法がすべての魔法の大元であることを知っていれば魔力を使うことで魔力を含んだ光を生み出すことが出来る。また光が魔力を含むものを通過、或いは魔力を含むものに触れることで光は魔力を帯びることがある。
今回の場合、魔力を含む湖に触れたことで光は魔力を帯びたのだけれどなぜリアには分からなかったのだろうか? 今のリアはゲームとは違い攻撃魔法を一度使っている。ゲームと比べると魔法や魔力に関する事柄は進んでいていてもおかしくないのに。
ただ、今の私には何もできない。下手に干渉すれば前回のようにゲームでは起こりえないことが起こってしまうかもしれないからだ。
ゲームでは今回起きたリアが魔力に惹かれる現象は今後の展開には関わらないのだが……警戒して置こう。ゲームの展開から離れすぎる場合は私の方から強引にでも元通りの展開に戻すことも、検討しなければならない。
衣服を乾かし、水に浸かっていたことで冷えた体を温めたリアはずっと寝間着でいる訳にもいかず、とりあえず着替えに向った。
リアの服は更衣室にしまってあるようで、阿保三人が用意していた民宿には一度も戻らずにライラの元に戻ってきた。
「……あの、ありがとうございます。止めてくれて……」
戻ってきたリアはライラと同じようにシトラル教育機関の制服を身に着けていた。
「なんでかは……分からないんですけど、光に誘われていた気がして……」
少し時間が空いたがやはりリアは私とは違い、なぜ惹かれたのかが分かっていないようだった。
そもそもなぜこんなことが起きたのかと言うと、湖に含まれる魔力量は先日と比べると約三倍近く高くなっているからだ。
魔力量が上がった原因の確認は済んでいるが、これはゲーム通りにことが進めばおのずとわかってくることだ。今考える事ではない。
「そうですか」
申し訳なさそうにするリアを前にライラは短く返事をするだけだ。リアの状態を気に掛ける様子はない。
「……えっと、その……服も、乾かしてもらいました、し……」
リアは何とかライラと会話を交わそうとするが、相手にその気がないため会話は続かない。
「そうですね」
ライラはやはり短く返事したのちにリアがまだ何かを話そうとしていることに気が付いていながらも携帯食料を口にした。
「あっ……」
ライラはこの行為で貴方と会話する意図が無いという事を言外に伝えリアはそれを感じ取った。
「すみません……お食事の、じゃま、でしたよね……」
ライラは何の返事もせずに、携帯食料を口にする。量はないため、ほんの数分もあれば食べきることが出来るだろう。
「…………………………」
しかしライラはほんの数分もあれば食べることが出来る携帯食料をたっぷりと時間を掛けて食した。これによりライラが携帯食料を食べきるまでに十分もの時間がかかることになった。
その間することもなかったリアはライラの傍にあるビーチチェアに腰を掛けていた。
「…………………………」
「…………………………」
携帯食料を食べきったライラは近くにいるリアのことなど気に留めることなく砂浜に押し寄せる波の音や風の音に耳を澄ましていた。
リアはライラの事ばかりを気に掛け何かを話しかけようとしてはためらって何も話せない状態が続いていた。
「へくち」
そんな状態を打ち破ったのは、リアのくしゃみだった。
「……寒いですか?」
リアがくしゃみしたことに気が付いたライラは湖から目を離してリアがいる方に視界を向ける。
「あ、えと……少し、だけ……」
わずかに頬を赤らめながらも、リアは認める。
「……昨日のように、体を寄せ合いましょう。不測の事態に備えて、できるだけ魔力は使いたくありません」
「わかり、ました……ありがとうございます」
リアは今座っている椅子から立ち上がりライラがいる椅子に向かう。そして躊躇いながらもリアはライラの隣に並ぶようにして、座った。
「……マシになった気がします……えと、不測の事態と言うのは……?」
肩や手が触れるだけで体にぬくもりが戻った、そんな感覚を覚えながらもリアは疑問を投げかける。
「昨日の事、覚えていますか?」
「……覚えていますけど……」
「では、昨日はどんな格好をしていましたか?」
「水着、ですね」
「今は?」
「……制服……あ、もしかして気温が下がっているんですか?」
「ええ、その通りです。今は早朝を言っても良い時間帯ではありますが服を着ている状態でも肌寒いと感じますよね? しかし、昨日は違いましたよね? 水着を着ることが出来るような気温でした。時間による気温の移り変わりを考慮したとしても、今は寒すぎる」
「……アイヴァンがトーメル湖に渡ってくる時期の前後はトーメル湖周辺の気温が、下がる……」
「なので、今日中にでもアイヴァンがトーメル湖に到着する可能性があります。そうすると私達はアイヴァンと戦闘を開始することになるでしょう……アイヴァンが使う鉄製の鎧を貫くとされる『氷の鋼羽』……予備動作が分かりやすく回避しやすいという話ですが……危険度の高い技であることに変わりはなく警戒していて損はありません」
もしもに備えるために魔力の使用を渋っているライラはわずかに悪寒を感じ、積極的にリアと体を密着させる。
「え、ええ……あの……近く、無いですか……?」
それもリアが困惑するほどに、体を密着させに行く。
「……ソルテット様……?」
返事が返ってこないため、リアの方からライラに声を掛けるがやはりライラは返事しない。だがライラはリアと体を密着させようとしている。
「あの……?」
ライラはリアの腕に抱きかかえているし、まぐわう様にしてリアの足に自分の足を絡ませている。
さすがにおかしい、そんな風に思い始めるリアの肩にライラは顔をうずめる。まるで恋人に甘えているようだが二人はそんな関係ではない。なぜこんなことになっているのか、それは単に――
「あ、熱い……?」
――ライラの体調が悪いからだった。




