26
「……はぁ……」
星を覗くことすらできずライラはため息を付く。その時、ライラの後ろで砂を踏みしめる音がライラの耳に届いた。
ライラは短剣と杖を掴んで立ち上がり、短剣を音がした方向に向ける。
「……あの、私、です」
ライラが短剣を向けた先にいたのはリアで、魔法を使用しようとしている痕跡もなければ武器や暗器の類を携行できなさそうな、薄手の寝間着を身にまとっていた。
「何か用ですか?」
後ろで音を立てたのがリアだと分かっても、ライラは短剣をリアに向けたまま問いかけた。
「えっと、その……お三方は宿を借りられていたのですが、部屋が一つしかなくて……あのままだと男性の方と同じ部屋で睡眠と取らなければならないことになっていて……それが嫌で逃げ出してきました」
「……そうですか……」
リアの話を聞いてようやくライラは短剣を下ろし、杖から手を離した。
「寒いでしょう。焚火の近くに椅子を移動させてください」
ライラは距離的に焚火から離れているリアの椅子を動かす様に言いながら、木の枝を火にくべた。
「ありがとうございます」
リアはライラの言葉を聞いてから椅子を動かし、焚火の近くまで移動した。
「……あったかい……」
焚火の近くまで移動したリアは阿保三人が用意していた寝間着のまま外をうろついていたせいで冷えていた体を火の熱で温める。
ただ火の熱はリアの体だけではなく、リアとライラの間にある緊迫した空気も溶かしてしまった。
「その……なんで、ですか? なんで私の事、守ってくれるんですか?」
そのせいか、リアはライラに対して質問を投げかけていた。
「なぜ、ですか………」
ライラはリアの言葉を聞いて、少し考える。なぜ自分はリアの事を助けるのか。前回の定期試験でも、前々回の定期試験でもライラはリアのせいで瀕死の重傷を負った。
私的にはあれは重症でも何でもないし、リアのしたことのすべてを許すことが出来るのだがライラは違う。
幻覚の森で解毒ポーションを飲まなかったせいで体が短剣で突かれたし、ゲーム通りの展開ではないがリアはヘルトアブルト大迷宮では阿保三人と一緒になってライラに魔寄の香を焼き付け囮として魔物の群れに晒されて死にかけた。
到底許すことのできない行為である。だというのに今日のライラは誘拐されそうになっていたリアを助け、リアの顔に惹かれて寄ってくるナンパどもを追い返し、リアのやりたいことに付き合い、リアに襲い掛かってきた冒険者を追い返した。
定期試験が終わり、意識を回復させたライラがリアの元に向い短剣で刺した時と、今日のライラの言動はちぐはぐだ。
「……ランロクに、そう命じられたからです」
それが少し考えて導き出されたライラの答えだった。ランロク。ランロク・ソルテット。ライラの父親である。
「ラン、ロク? ……それは、どういった人物なのでしょうか?」
「ランロク・ソルテット。私の生みの親です」
ライラはシトラル教育機関に入学を命じられた際に、シトラル教育機関にはリアと言う名前の光属性魔法使いがいることを知らされている。
具体的に指示された訳では無いが、ランロクはライラにリアの面倒を見るようにと伝えられた。これは教育機関に入学を命じられると同時に光属性魔法使いがいるとの情報を知らされた、という事実から察することが出来る。ただ――
「直近の定期試験で貴方の命が危ぶまれるような事態に遭遇してしまいました。そのため、ランロクから言明されたのです。貴方の命を守るように、と」
「……それで、私の事を守ってくれていたんですね……」
落胆するようで安堵するような、表情をリアは見せた。どういう訳か、ゲームと同じセリフを口にしたはずなのに、ゲームのリアはこんな顔しなかった。
「……あの、いいですよ……私の事、守らなくても……嫌、ですよね」
「ええ。嫌ですね。ですが貴方の意見など、私には関係ありません。命令ですから」
ライラは無造作に木の枝を焚火にくべる。パチパチと音を立てて割れる枝は火の粉を散らし、炭となる。
「それに、ランロクの言う事に理論的な間違いは存在していません。私と貴方では、命の価値が違うんですから」
「命の、価値?」
よくわかっていないのか、リアは首を傾げる。リアは燃え上がる木の枝が発する熱で、体を温めつつも問いかける。
「命の価値は、平等なのではありませんか?」
「まさか。命と呼ばれる物は本質的にすべて同じものだと言えるかもしれませんが、命が何をかたどるかによって価値が決まるんです。例えば、そうですね……今、私達が座っているこのビーチチェアを例に考えてみましょうか。この椅子はグレーブラカンと呼ばれる樹木の木材を切りだし加工したものを組み立てられたものです」
ライラは短剣を使い椅子の表面をなぞり、木くずを手にする。
「この木くずと私達が座っているこの椅子……この二つは何でできているのか、分かりますか?」
「え? ……グレーブラカン、ですか?」
「その通りです。この、吹けば飛ぶような木くずと体重を預け体を休めることが出来る椅子は同じもので出来ています。では次に木くずとこの椅子を比べた時、より高い価値が付く物は、どちらになるでしょうか」
「……椅子の方、ですよね」
「ええ。では、今の話で出て来たグレーブラカンを命だと仮定してみてください。そうすれば私の言いたいことが分かるはずです」
リアはライラに言われた通りに考えてみた結果、ほんの少しだが顔をゆがめる。
「命が同じもので出来ていたとしても、命を構成するものが何を形作るのか……すると気が付くはずです。形作られた命を比べた時に、すべての命が同じものを形作っている訳では無いと。同じではないのなら比較が始まり、優劣が決まる。だからこそ、命には価値が生まれるのです……この木くずとこの椅子……どちらが私でどちらが貴方なのか、分かりますか?」
「……私が、木くずです、よね」
「残念ながら違います」
ライラは手の中に有る木くずを息で吹き飛ばしてから、答える。
「私の命は、木くずのように吹けば飛ぶような、飛ばせるような物にすぎません」
リアは絶句し、何も言えないでいた。ライラは自身を卑下している訳でもなければ自分の事を責め立てている訳でも冗談を言っているわけでもないことがリアにも分かったからだ。
それもそのはず。ライラはライラの思う単純な事実を口にしているだけなのだから。
「……明日の事を考えると、そろそろ睡眠をとっておいた方が良いのでは?」
絶句しているリアをよそに、ライラはリアに睡眠をとるように勧めた。当たりはもう真っ暗でライラとリアを照らすのは二人の間にある焚火だけだ。
「まだ、早いんじゃないですか……?」
リアは何とか、言葉を口にする。それでも、先ほどライラの口から出て来た言葉の衝撃からは抜けきっていないようで声がほんの少し震えている。
「そうでもありません。アイヴァンがトーメル湖に到着する時期は毎回同じ時期ですが、到着する日時にはバラつきがあります。過去には深夜二時あたりにアイヴァンが訪れた、と言う記録もあります。深夜二時、と言うはかなりのイレギュラーですが、今回そうならない保証はありません。それに、早朝にアイヴァンがトーメル湖に訪れた、と言う記録はそれなりにありました。なので今の内に睡眠をとって取っておいた方が、いいでしょう。寝不足で魔物の相手をするのは危険ですからね」
ライラは焚火の様子を見つつ、木の枝を追加するかどうかを考えながらリアからの返答を待つ。
「……そう、ですね……そう言う事なら確かに、早めに睡眠をとっておいた方がよさそうですね……」
「もし眠るのなら、私の元へ来てください。椅子の上で寝ると体を傷めるかもしれません」
ライラは自分が練る時に使おうと思っていた防寒用の大きな毛布をリアに見えるようにして持ち上げる。
「え……そ、それはつまり一緒に寝る、ということなんですか……?」
「嫌だというのならどうぞ、そのまま木の椅子にもたれかかってください。私としてはそちらの方が助かります」
ライラが持ってきた毛布は大きい、とは言っても一人で使うには大きいというだけで二人で使うとなると少し小さいサイズになっている。
できればライラは一人でこの毛布を使いたいのだろう。だがそうするとリアが木の椅子、或いは砂浜に寝そべることになってしまい風邪を引くかもしれない。
風邪を引き、熱が出ると一般的な魔法使いであっても理論的に魔法を組み立てることが出来なくなることはある。
一般的な魔法使いでも影響があるというのに感覚で魔法を使うリアにとって風邪と言うのは絶大な影響を及ぼす可能性がある。
最初は一時的に魔法が使えなくなるだけでも、風邪を引いたことがきっかけで魔法を使う感覚を忘れてしまい、光属性魔法が長期的に使用不可能となる可能性もある。
そのためランロクからリアを守るように言われているライラは魔法が使えなくなり、リアの命が危険に晒される状況を防ぐために、一緒に寝ようと、そう提案するしかないのだ。
「え………私は、嫌じゃない、んですけど……」
リアは、少し迷いながらも椅子から立ち上がり、焚火を避けるために遠回りしながらもライラの元へと向かった。
「一緒に、寝るんですね」
「えっと……ソルテット様が、良いのなら、そのほうが……」
「わかりました」
ライラは一度立ち上がり、手に持っていた毛布を椅子に掛ける。
「隙間風も、防げますし直接木の上で眠るよりも、いくらかましになったはずです。どうぞ、寝転んでください」
「あ、はい……では、失礼、します」
恐る恐る、リアはライラに言われた通りにビーチチェアに寝転んでみる。ライラの言う通り椅子に有る隙間から吹き抜ける冷風が体に当たることはないし、毛布の柔らかさがリアの体を優しく受け止めていた。
「そのまま、動かないでくださいね」
次にライラがリアの隣、もう少し近づけばお互いの額が触れるほどの距離に寝転んだ。
「……近、過ぎませんか?」
「私が寝ている間に貴方から攻撃されないとは限りませんから、こうして近づいているんです。これだけ近ければ、貴方が私に攻撃しようとしても、分かるはずです」
「……そう、ですか……」
自分がしたことを考えれば当然ではある物の、こうして近い距離にいるのにあからさまに警戒されていると、リアにとっても居心地が悪かった。
「毛布、掛けますよ」
ライラはそんなリアの様子に気が付きながらも無視し、椅子に掛かっていない部分の毛布を持ち上げてリアの体に掛ける。
「……ソルテット様の体にまでは、掛かってませんね……」
ただやはり二人で使うには毛布が小さく、毛布が体に掛かったのはリアだけでライラの体には毛布が触れることもなかった。
「このままで構いません。事故防止のため、焚火は消しますよ」
「……焚火を消したら、毛布が掛かっていないソルテット様は寒いんじゃ……」
「そうですね。じゃあ消しますよ」
ライラはリアの心配を気にすることもなく、魔法を使う。使用した魔法は二つ。一つは最低限の明かりを確保するため地上から一メートルほど離れ、なおかつ周辺に物がない場所に朝日が昇るまで消える事のない火の玉を。もう一つは燃えている焚火を消火するために水を上からかぶせるために使用した。
「………………………………」
「………………………………」
二人の間には、気まずい沈黙が流れ始める。お互いの顔が近いせいで多少暗くともはっきり見えてしまう。
寝ようと提案し、寝るために火を消したというのにお互いに目を閉じることなくお互いの目を見ていることも、分かってしまう。
「寝ないのですか? 私は貴方から攻撃されない様に貴方が意識を失ってから寝ようと思っているんですが?」
「そう、ですよね……すみません」
リアは謝るが、それでも目を閉じることなくライラの顔を見ている。
「その、えっと……嫌じゃなかったら……その、抱き合うようにすれば……多少は、体に毛布が掛かるんじゃ、ないでしょう、か?」
あたふたと、目線をあっちこっちに飛ばしながら、気まずそうにリアは言う。確かに抱き合うようにすれば、ライラの体にも毛布が掛かるかもしれない。
それに例えかからなかったとしても抱き合うことで人肌が触れお互いに暖を取ることが出来るだろう。
「……では、そうしましょうか。夜風で、すでに体が冷え始めているんです」
風邪をダイレクトに受けていたライラは少し迷う様子を見せたが、寒さには勝つことが出来ずリアの提案に乗った。
ライラは少し身をよじり、リアの方へと近づく。お互いの手足が邪魔にならない様に配置に気を使いながらも二人は抱き合うようにして体を密着させる。
「……あったかい……」
思わず、そんな様子でリアは呟く。ライラもリアと密着することで人肌から暖かさが伝わってきているが、声に出ることはなかった。
「……あ、なんだか、ね、むく……」
抱き合う様にして体が密着して、数十秒も経たないうちにリアは眠気を訴えた。ライラはその眠気を取り去ってしまわない様に口を噤み体を動かさない様にする。
「……すぅ……すぅ……」
眠気に負けたリアはそのまま寝息をたて始めた。
「………………………………」
ライラはそれが狸寝入り出ないかを警戒しながらも目を閉じ、リアと同じように眠気に抗うこともなく眠りについたのだった。




