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それから少し経ち、太陽が地平線の向こう側へと沈み始める時間帯が訪れた。
リアとライラは阿保三人を置いてレストランへと向かったが阿保三人もそこに付いて来て、ソルテット家のお金で昼食を取った。
ライラがリアと手をつなぎレストランへと向かっている最中、阿保三人はずっと文句やら不満やらを口にしていたがライラは最初から相手にしなかったしリアも適当な返事をしてまともな会話は発生しなかった。
私的には阿保三人の内の誰かがヘルトアブルト大迷宮でしたように私を攻撃し、リアをライラから強引に奪うかもしれないと思っていたのだが人の目がある場所、しかもその目が一体誰のものなのかもわからない状況で手は出してこなかった。
もしここにマレント王国の貴族がいないという確証があれば手を出してきたのだろうか? 仮定の話をしても意味ないか。
「……あの、これからどうするんですか?」
暇つぶしに、とライラから手渡された魔導書から目を離し、夕焼けを目にしたリアは遠慮気味に声を掛けた。
「どうするも何も、帰っている時間はないからここで寝泊まりすることになるでしょうね」
「ね、寝泊まり……」
リアは周辺を見渡し、何かを探している。
「ど、どこに?」
「知りません」
トーメル湖にはホテルなどの宿泊施設は存在していない。一応民宿の様な物はあり、阿保三人がそこを使う段取りをしているのでリア達はそこで寝泊まりする予定になっている。対して、いきなりトーメル湖に来ることになったライラは今いる場所の近くで野宿することを余儀なくされている。
「むしろ、何も知らされていないのですか?」
「私は、何も……」
ライラは大きなため息を付き、魔導書ではなくトーメル湖に目を向ける。
昼頃には大勢いた遊覧客は数が数えられるぐらいに少なくなっていた。遊覧客の中にはトーメル湖で一夜を明かすつもりの人物もいるだろうが、ライラのように野宿する訳では無い。
なぜならこれらの人物は寝泊まりの出来る大型の馬車を持参しているからだ。
ライラも時間があればこの大型の馬車を持参してきただろうが阿保三人が何の情報も共有しないままリアを伴いトーメル湖に向けて出発したせいで、まともな準備をする時間が無かった。
ちなみに、今ライラが身に着けている水着や寝転ぶようにして座っているビーチチェアは現地調達したものだ。
「……あの三人は、まだ遊んでいるようですね……」
阿保三人は魔法を使い水面の上に立ちサッカーの様な遊びをしている。元気なのはいいい事だと私は漠然と思うけれどライラからすればその一挙手一投足が、楽しそうに遊ぶその姿が気に障ることだろう。
「もし彼らが何の準備もしておらず、どうしていいかわからなくなったときは、私の元に来てください」
「は、はい……」
一抹の不安を抱きながらリアはライラと同じように遊んでいる阿保三人を視界に入れたのだった。
だがそんなリアの不安は、案外すぐに解消されることとなる。ライラとリアが会話してから大体二十分が経ったころに、阿保三人は遊びを切り上げてリアの元に戻ってきたからだ。
「リア、そろそろ宿に向おうか」
一番最初に声を掛けたのはバトルトだった。バトルトはリアに向けて手を伸ばした。
「あの……ソルテット様、は……」
リアの視線は自分に向って伸びてきた腕と、隣に座っているライラの間を行き来している。だが阿保三人はライラなど眼中になく、気に掛ける様子も見せない。まるで、最初からそこには何もないと言わんばかりだ。
そんな阿保三人の態度を見たライラは声を荒げることもなく、目を離していた魔導書に再び視線を落とす。
「リア、どうしたんだ? 行こうぜ。ここら辺の夜は寒いんだ」
一向に動こうとしないリアに声を掛けたのはガルドだ。ガルドはすでに宿のある方向に向かって歩き出している。
「……分かりました……」
リアは魔導書に視線を落とすライラを一瞥してから立ち上がり、阿保三人の後について宿のある場所へと向かって行った。
それから阿保三人とリアが移動を終えて宿の中に到着した頃合いに、ライラはビーチチェアから立ち上がる。
「……さすがに冷えますね……」
水着姿で湖の水温で冷やされた風を受け続けていたライラは、二の腕をさすりながらその場を後にした。向かう先は女子更衣室である。
トーメル湖には男性用と女性用で別々の更衣室が設けられていて、その中にコインロッカーの様な物が設置されている。
更衣室に設けられているロッカーは日本のように硬貨を投入するのではなく魔力を注ぐことで機能する。
魔力を注ぐことで扉を施錠し、もう一度魔力を注ぐことで扉が開錠できるようになっている。ただ魔力を注ぐだけでいいのなら防犯面に懸念が残るが、トーメル湖に設置されているロッカーには魔力の識別機能が付いている。
そのためロッカーの扉を施錠した人にしかロッカーの開錠が出来ないようになっているため、防犯は完璧でありトーメル湖ではいまだにロッカーに入れていた荷物が紛失したことはない。
ライラは女子更衣室に設置されているロッカーの元へと向かい、自分が施錠したロッカーの扉を開錠する。
ロッカーの中に入っているのは携帯食料や着替えの服、防寒用の大きな毛布やポーションの類だ。一応、金貨やプロテクターも入っているが使用しそうにないからとロッカーの奥の方にしまっている。
ライラは少し考えてから水着を脱ぐことなく、水着の上から服を着て防寒用の大きな毛布や携帯食料をロッカーから取り出しビーチチェアが置いてある場所に戻った。
「……火が欲しい、ですね」
服を着て防寒用の毛布をかぶり一時的な寒さを防ぐことが出来たとしても日が完全に落ちれば、ここら辺はもっと温度が下がる。
寒くてまともに睡眠がとれない、そんな事態に陥らない様にライラは毛布を椅子の上に置いてからトーメル湖に隣接する山々の中に足を向けた。
「……これぐらいあれば、十分でしょう」
山の中に入ったライラは焚火をするために木の枝や落ち葉を集めていた。落ち葉はともかく木の枝はかなりの量を収集し、手で抱えるだけでは一度に持ち運ぶことが出来ない量だった。
ライラは木の枝を小分けにして三往復ほどでビーチチェアの近くに木の枝を集めた。
そうしている間に太陽は沈み、完全に姿が見えなくなっていた。これからどんどん辺りは暗くなっていき気温も落ちていくだろう。
太陽が見えなくなっていることに気が付いたライラは木の枝を組み、その中心に落ち葉を集めて、落ち葉に魔法を使って火を付ける。
落ち葉に付いた火がそのまま木の枝に延焼していき、焚火が完成する。
ライラはこの焚火に対して木の枝を定期的に投入し火を絶やさないようにしながら、携帯食料を口の中に放り込む。
次に魔法を使い、昼間はおしゃれな飲み物が入っていたグラスに水を注いて水分を摂取する。
その後、特にすることもないライラは魔導書を開き焚火の明かりを頼りにして魔導書を読み始めた。
しばらくするとライラはパラパラとページをめくったり特に意味もなく魔導書を閉じたりして、魔導書を弄び始めた。
「……はぁ……未読の物を持ってくるべきでした……」
暇つぶしのために、とライラは魔導書を持ってくることが出来ていたが残念なことに持ってくることが出来た魔導書はすでに読み込んでいたもので、再び読み返す意味を見出せなくなっていた。昼間は何とかなったが、さすがにこのまま夜が更けるまでの時間をつぶすには、物足りない。
ライラはどうした物か、と腕を組み体をビーチチェアに預け空を見上げるが今の時間帯では星を見ることは叶わなかった。




