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リアは少しだけ、と言ったが最終的には太陽が一番高い位置に昇るまでライラと一緒に砂浜を歩いていた。また砂浜を歩くのをやめたきっかけはリアの腹の虫が鳴ったからだ。もしそれが無ければリアとライラはトーメル湖を一周するまでずっと歩いていただろう。
「露店……多いですね。目移りしてしまいます」
「だろ。でもリアが来る前にいろいろ見て回って良さげなところを見つけておいた。まずはそこに行ってみないか?」
「わかりました」
リアはその顔に微笑を浮かべながら頷き、ガルド、バトルト、エメルの阿保三人に付いて行く。ライラは、リアの傍にいて、何も話していない。
当初、ライラはお腹を空かせたリアをレストランに連れて行こうとしていた。しかしレストランに向かう途中でライラは阿保三人と遭遇してしまった。ライラとしてはリアをレストランに連れて行きたかったのだが阿保三人がリアの手を強引に引いて露店の立ち並ぶ場所に向ってしまったので、ライラは仕方がなくついてくるしかなかった。
「まずは、ここだな」
少し歩いてから、ガルドは一つの露店の前で足を止める。ガルドが見つけた露店では炭火焼きした肉を串に通した物を販売しているようだ。下味が付けられている肉の焼かれる音と匂いには食欲がそそられる。
「四つくれ」
店を紹介したガルドは四人分の代金を支払い、店主から四本の肉串を受け取りそれを全員に配る。もちろん、その中にライラは含まれていない。
「ん、期待した通り、いい感じだ」
ガルドは肉を租借しながら、満足気な表情を見せた。口の中の肉を飲み込んだガルドはリアの様子を伺う。恐らく、自分が選んだ露店の商品がリアの口に合うかどうかを確認しようとしたのだろう。
「えっ」
だが、そんなガルドが目にしたのは自身に背を向けるリアの手から肉串を奪うライラの姿だった。リアがガルドに背を向けているのはリアが自分の肉串をライラに分けようとしていたからなのだが、ガルドはそのことを知らない。
「貴様……!」
怒りを露わにするガルドに対して、ライラに自分の分を分けようとしていたにも関わらず串を奪われたことにリアは少し驚いていた。だがリアが驚いたのはライラに串を奪われたからではない。その手つきが荒々しかったからだ。
ライラは口の中に肉を含み、咀嚼する。
何度か咀嚼したのちにライラは……口に含んだ肉を吐き出した。
「なっ!」
吐き出された肉は、炭火の中に落ちて燃え始める。
「何をしているんだ!」
ガルドはライラを怒鳴りつけるが、ライラはガルドのことを無視してライラが吐き出した肉を売る店主と向き合う。
「まずい」
「……だ、だからってこんなことせんでも!」
ライラに怒鳴り返すのはライラが吐き出した肉を売る店主だ。文句だけならまだしも吐き捨てる行為は確かにやり過ぎだ。ライラも普通はそんなことしない。
「薬の味がします。説明していただいても?」
「な、なんの、ことっだっ!」
薬、店主はその言葉を聞いてかなり動揺しているがそれには理由がある。この露店が肉に下味をつけるのに使う調味料の中に依存性のある薬液が含まれているからだ。
依存度は日本にもあるタバコ程度で、大麻や覚せい剤ほどの依存性はない。だが人体に害を及ぼすことに間違いはなくそれを食品の中に混ぜて何の説明もなしに提供するなど、あり得ない。
トーメル湖で露店を出すこと自体は禁止されていないが日本の様に営業許可書を取得しそれを必ず客人の目につきやすい場所に掲示する必要がある。だがこの露店は営業許可書を掲示していない。
トーメル湖の運営は衛生性や安全性に基準値を設け、基準値を超えた露店に営業許可書を発行している。そのため営業許可書が掲示されていない露店では買い物をするべきではない。
またトーメル湖での営業許可書は身分や立場に関係なく衛生性や安全性が基準値を超えていれば取得できるため一部の違法行為に手を染める人物がマネーロンダリングのために露店を構えていることがある。
有り体に言ってしまえばトーメル湖の露店は危険なのだ。健全に運営している店もあるだろうが、安全面を考慮すれば露店では物を買うべきではない。
「しらきったって無駄だぞ! お前の目の前におられるのはソルテット伯爵家のご令嬢だからな!」
声を荒げるのは薬が含まれた食品を提供する露店の隣にある露店の店主だ。
「そ、そんな馬鹿なこと……が……」
声を荒げる店主の言葉を聞いて改めてライラの顔を確認した薬が含まれた商品を提供している露店の店主の声は尻すぼみになっていく。
「……食料品の中に薬が含まれている訳を説明していただいてもよろしいですか?」
ライラは先ほどと同じことを露店の店主に聞く。
「いや、そのだな……くそっ!」
しかし薬が含まれている商品を売っていた露店の店主はまともな説明もしないままその場から逃げ出してしまった。
「こら逃げるな!」
だが周辺にある露店の店主がそれを許さずあっという間に逃げ出した店主を捕まえてしまった。
「やっぱり変な物を入れてやがった! 逃がさんからな! 運営に突き出して犯罪者として捕まえてもらうからな!」
「はなせ、はなせよ!」
場は一時騒然となったがすぐに収まり、食料品の中に薬を入れた商品を販売していた店主はそのままトーメル湖の運営に連行されていった。
「……ふざけんなよ」
小さな声で悪態を付くのはガルドだ。自分がリアに紹介した商品に危険なものが混ぜ込まれていた事実に苛立っているのだろう。
「次は僕が見つけた店に行きましょう」
次にエメルが案内をするらしい。ライラはすでにうんざりしているがリアは文句も言わずに阿保三人に付いて行っているせいでライラも付いて行くしかない。
「ここです」
エメルが見つけたという露店はガルドの見つけた露店から案外近い場所に設置されていた。ただガルドの見つけた露店とは違い、営業許可証が掲示されていた。
「おう、興味あるか?」
「ええ……四つほど、いただけますか?」
「よしきた。最初はタダで構わんよ」
エメルもガルドと同じようにライラの分を購入しようとはしなかった。だがどういう訳か露店の店主は自身の商品を無料で手渡してきた。ライラ以外の各々がビスケットの様な物を一枚ずつ店主から受け取り、それをまじまじと見つめる。
「何でも、攻撃魔法の威力を上昇させる効果があるそうですよ」
「おうよ。これを一枚食べるだけで魔法の威力が上がるんだ。微量だがな」
ライラは先ほどとは違い、リアから手渡してもらったものを口に含む。
「う゛……」
ビスケットの様な物を口に入れたライラだが、すぐに口元を抑える。
「だ、大丈夫ですか……?」
ライラの顔を覗き込むようにして声を掛けるリアの瞳に移ったのはライラの顔色がどんどん悪くなっていく様子だった。
「ソルテット様……!?」
リアはライラに対して反射的に不完全な回復魔法を使用する。だがこれは外傷ではないし、例えリアが完全な回復魔法を使用できたとしても、ライラの症状を直すことはできない。
と言うか、ゲームでのこのシーンは回復魔法を使用していなかったのだが……これも、私の過ち故にゲームの展開と変わってしまったのだろう。
「嬢ちゃん、バケツいるか?」
店主から見てもライラの顔色が悪くなっていく様子が見て取れるだろうが、店主は慌てる様子もなくライラに木製のバケツを差し出した。
ライラは素早くバケツを受け取り、顔を突っ込む。
「吐いて楽になったほうが良いぜ」
ライラは店主からのアドバイスが耳に入るが、口の中に残るビスケットの様な物をかみ砕くことなく飲み込んだ。
「……酷い味です」
「飲み込んだのか? すげえな……」
関心する店主とは別にリアは優しくライラの背中をさすっている。これはゲーム通りの展開だが背中をさする揺れが胃にまで響いて今にも吐いてしまいそうだ。この食べ物は日本にいた時も含めたとしても私の人生の中で最もひどい味だ。
「一体、何が目的でこんなものを……」
「魔法薬が、飲むことで魔法の威力を上げたり身体能力を上げることが出来るものがあるのなら、食べてもそれができるようになれば、なんて思って開発してるんだが……とてもではないが食えない味の物しかできなくてな……俺の舌はもう壊れて何が何だか分からんから、こうして露店で商品を売り出してるんだよ」
「なるほど……」
ライラは頷いて見せるがそれと同時に、胃酸が逆流してくるような感覚を覚えた。
「飲み込んだ後もクルだろ? 吐いた方が良いぜ」
「い、え……大丈夫、です」
唾を胃酸が逆流してくるような感覚ごと飲み込み、ライラは深呼吸する。
「嬢ちゃん、やるな」
にやり、と店主は笑うがライラに笑う余裕なんてない。少し待ってみて体に何の以上も発生しないことを確認してから、ライラはバケツから顔を離す。
「確かに、これを食べれば魔法薬を摂取した時と同等の効能を得られるみたいですね」
「だろ? だからあとは本当に味だけなんだがなぁ……ああ、兄ちゃんたち、それどうする? 食ってみるか?」
店主に声を掛けられた阿保三人は顔を見合わせてから、おずおずとビスケットの様な物を露店の店主に手渡した。それと同時にライラは受け取った木製のバケツと食べかけのビスケットの様な物を店主に返却した。
「……僕が選んだ場所も、駄目でしたか……」
ガルドと同じような醜態をさらし、意気消沈しているエメルの肩をバトルトは叩いた。
「安心しろ、俺が見つけた場所じゃあこんなふうにはならないはずだ」
謎の自信を前面に出すバトルトについて私達はとある露店の前まで赴いたのだが、やはりと言うかなんというか、バトルトが見つけた露店はエメルやガルドと同じようにまともなお店ではなかった。
「パン一個で、金貨十枚……?」
バトルトに案内された露店に置いてある値札を見たリアは、驚愕の声を漏らした。通常、パンは一個で銅貨一枚だ。つまりこの露店に置かれているパンは通常値よりも十万倍も高い値段となっているのだ。
「リア、こういう商品は高ければ高いほど良いんだ……おい、このパンの他には何があるんだ? さすがにこのパン一個だけってことはないだろ?」
「いえ、これだけです」
「なに……?」
バトルトは困惑しているが残念なことにこの露店に置いてある食料品は老婆の言う通り、目の前のカウンターに置かれているパン一個だけだ。何せ、この露店が扱っているのは食料品ではないのだから。
「はぁ……すみません、金伯と水銀を混ぜ合わせたパンを一つ、いただけますか?」
「……面白いものを注文なされるのですね……」
老婆はぼそぼそと、近くにいるライラたちにも聞こえないぐらいの声量でつぶやきながら、カウンター近くにある棚を開け、その中からブレスレットを取り出した。
「魔法金属である金烙と銀淡を使用した物です。基礎魔法陣は組み込んであります。手に取ってご確認ください」
ライラは老婆からブレスレットを受け取り、ブレスレットに魔力を流し込むと魔法陣が展開される。
「……問題ありませんね。品質も、悪くないようです……いくらでしょうか?」
「金貨十三枚です」
「後ほど、ソルテット家に請求してください」
「では、血印を」
老婆はまたしてもカウンター近くにある棚を開けてその中から針のついた機械を持ち出してくる。
ライラはその機械にあるくぼみに親指を入れ、反対の手で機械についているスイッチを押す。すると機械についている針が軽くではあるがライラの親指を刺し、血液を採取する。
採取されたライラの血液は機械についている小瓶に収集され、老婆はそれを魔法陣の描かれた羊皮紙に垂らす。
「ここに、血印は結ばれました。その物品は貴方様の物です」
「ありがとう、確かに受け取りました……では、シュメラさん。これを護身用として、装着しておいてください」
ライラは、半場強引に魔道具兼ブレスレットをリアに装着させる。ブレスレットは一見するとただのアクセサリーにしか見えない、言ってしまえば暗器の様なものだ。
バトルトが見つけたこの露店は実のところ、暗器等の一般的には流通していないような商品を扱っているのだ。
これは管理体制が緩いトーメル湖だからできることで、もしマレント王国の中でリアに装着させたような魔道具として使えるブレスレットを売ればあっという間に憲兵につかまってしまうだろう。
「え……? 良いんですか?」
「丸腰でも構わないと言うのなら取り上げます」
「あ、いえ! その、ありがとうございます」
リアは腕に装着したブレスレットの表面を優しくなで、ブレスレットの美しい金属光沢に目を奪われる。
「そちらのお三方が目に着けた場所と言うのはすべて回りましたし、私たちは当初の予定通り、ここから少し離れた場所にあるレストランに向いましょう」
「……分かりました」
いまだにブレスレットの美しさに目を奪われているリアは心ここにあらずでライラの言葉にうなずいた。リアが頷いたのを確認したライラはリアの手を取り、阿保三人を無視してレストランに向って歩みを進めた。
「あ、おい! 待て!」
ライラが金伯と水銀を混ぜ合わせたパンを老婆に頼んだあたりから状況の把握が追い付かず、何もできていなかった阿保三人はリアが遠ざかっていく光景を見て慌てて声を掛けたがライラもリアもその声には反応しなかった。
「追いかけましょう!」
「ああ!」
このままライラとリアを二人きりに差せないためかリアに置いて行かれたくなかったのかは分からないが、阿保三人はライラとリアの後を追ったのだった。




