表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/37

21

 七月……それはこの世界においても日本と同じく太陽が強く照り付け気温が高い時期だ。

 そんな時期にライラ・ソルテットである私は浜辺にいる。ライラはパラソルを開いて、いわゆるバカンスと言うものに身を投じている。近くには高級品となるガラス製のグラスに、リアを刺したことのある短剣が抜き身で机の上に安置してある。

 護身用の武器ならば鞘をつけるべきだろうがライラはこの短剣を瞬時に閃かせる必要がある可能性を考慮して抜き身のままなのだ。

「貴方が不快でないのであればもっと近づいても構いません」

「す、すみません……じゃ、あ……失礼しますね」

 ライラが話す相手はリア・シュメラである。二人は大きめのビーチチェアを一つで共有して使用しているばかりか距離を詰めることをライラは許可した。

 結果として恐る恐るとではあるがリアはライラの左腕に抱き着いた。ちなみにライラの利き腕は右腕で飲み物と抜き身の短剣が置いてある机はライラの利き腕のある方向に置かれていて何かあればすぐに机の上にあるものを使うことが出来る。

「まったく……あの三人にも困ったものですね」

「そう、かもしれません……でも、こうして強引に連れてこられなければ……こういう風景を見ることもできなかったと思います」

「そうかもしれませんね」

 ライラは、リアのことを信頼してない。今でもヘルトアブルト大迷宮で起きた出来事を覚えている。だというのにリアが左腕に抱き着いて来ても何も言わないのにはとある理由がある。

「それにしても……トーメル湖にこんなにも大勢の観光客がいるなんて、驚きです」

 リアが口にした、トーメル湖と呼ばれている湖が私達の現在位置であり、それが左腕にリアが抱き着いて来ても何も言わない理由と深く関係している。

 トーメル湖は海に面していないマレント王国に唯一存在する生態系が豊かな大きく安全な湖だ。周辺は山々に囲まれており雨が降りにくく湖の上には優しい冷風が吹く。ここまでの好条件が揃っている場所が避暑地として有名にならないわけがなく夏場になるとトーメル湖は大勢の観光客や遊覧客が殺到する。

 避暑地であるトーメル湖は私の世界でいうところの海と同じ扱いをされているため、水着を着用している人が多い。ライラやリアも例に漏れず水着を着用している。リアの水着は阿保三人が選んだものであり、阿保三人の下心を反映して布面積はそう多くない。そして水着とは地肌に触れるものでありコートやシトラル教育機関の制服などと比べると生地が薄い。そのため水着であるリアは暗器や魔寄せの香などライラの身を危険にさらすようなものをライラにばれない様に所持することはできないだろう。隠す場所が皆無と言う訳ではないが特殊な隠し場所からライラの身を危険に晒すような物を取り出すためには多少の時間を必要とするほか隠し場所から物を取り出そうとするその行動自体が特殊であり、ライラはそれを見逃すほど間抜けではない。

 また魔法発動に関しても同じことが言える。至近距離にいるリアが魔法を発動させようとしたとしてもライラは魔力を操作し魔法を使おうとするリアに必ず気づきリアが魔法を発動するよりも先に机に置いてある短剣でリアの心臓や首筋を切り裂くことが出来るだろう。

 つまりライラが左腕に抱き着くリアに何も言わない理由はリアがライラに危害を加えることが出来ない状況にあるからなのだ。

 では、そもそもなぜライラがリアに近づくことを提案しリアがその提案に乗ってライラの腕に抱き着くようなことになったのだろうか?

「ねえ、君たち……こんなところでじっとしてないで俺と遊ばない?」

 それは、こういった抜き身の短剣が机の上に置いてあることに気づかずかない馬鹿どもがナンパしてくるからだ。これが単なるナンパなのであればライラはリアにもっと近くによるようには言わないだろうが、たいていの場合ナンパでは終わらない。

 トーメル湖は王都から馬車で移動しても三日かかる場所にありこの世界での平民が遊びに向かうには距離がありすぎる。そのためトーメル湖に殺到する観光客は決まって貴族の系譜に名を連ねる者か儲けの多い商人となる。貴族の子息あるいは儲けが多い商人の息子等はシトラル教育機関に入学し幻惑の森での試験を受けていない生徒たちと同じように調子に乗っていることが多い。

 自分には力があると勘違いし、自分の思い通りに事が進むと思い込んでいる。そんな輩どもがトーメル湖に遊びに来て絶世の美女と言えるリアのことを見て声を掛けるだけに留まるはずもなく拉致に近い形で強引にリアの手を引いて連れて行こうとする。

 リアが連れていかれると後に大問題へと発展する可能性がある以上ライラは見て見ぬふりをすることが出来ない。そのためもともと別々のビーチチェアに座っていたリアを自分のビーチチェアに座らせ出来るだけ近くによる様に言わなければならなくなってしまった。

「ねえ、どう? 絶対に退屈はさせ……ひっ――そ、ソルテット伯爵家令嬢!? すす、すみませんでした! 急用を思い出しまして、失礼させてもらいます!」

 ソルテット伯爵家、その名は否定することのできない悪評と共に王都中に広がっている。そのためライラの顔は抜き身の短剣が机の上に置いてあることに気づかずにナンパをしてくるような馬鹿どもを蹴散らすには十分すぎる代物なのだ。

 だが、そもそもの話なぜリアとライラが一緒にトーメル湖を訪れることになったのか。

 それはシトラル教育機関の定期試験の会場がトーメル湖だったからだ。

 シトラル教育機関は七月と八月を長期休暇期間としている。私が日本にいた時の長期休暇は七月後半から八月の間だったことを考えるとシトラル教育機関の長期休暇期間は長いように思えるが実際はシトラル教育機関の長期休暇期間が短い場合が多い。長期休暇に入ると同時に課される定期試験の課題達成に一か月以上の時間を掛けなければならない場合があるからだ。

 長期休暇中に与えられる定期試験の課題達成に必要な時間は六月に執り行われた定期試験の結果によって変動する。六月に執り行われた試験の結果が良ければ課題達成に必要な時間は伸びるが逆に結果が悪かった場合は課題達成に必要な時間は短くなる。

 ライラとリア、それに阿保三人の定期試験の結果だが同然のように最下位だった。阿保三人が手に入れた装備が原因、と言う訳ではなく試験期間中に一点も手に入れることが出来なかったことが原因だ。

 阿保三人はライラが昏睡状態にある時もヘルトアブルト大迷宮に潜り魔物と対峙していたのだがどうやっても大量に発生する魔物に対処することが出来なかったのだ。

 ヘルトアブルト大迷宮は一度に大量の魔物を産み落とすことをリアから説明された阿保三人は何とかその事実を受け入れたのだが事実を受け入れたところで阿保三人の実力が高くなるわけでもない。そのため阿保三人は試験期間中、魔物を一体も倒せないまま試験終了が終了してしまったのだ。

 ライラとリアは阿保三人の行動が原因で生み出されたマイナス七十二万点の影響を受けない様に特別措置が取られたのだがそれは得点を付与するというものではなかった。そのため試験期間中に意識が戻らなかったライラも自分一人ではダンジョンに潜れず気転も聞かないリアも得点を得ることが出来なかった。

 結果、ライラもリアも阿保三人も最下位となり長期休暇中に課された課題の達成に必要な時間は一番短くなった。

 試験期間は七月の中旬からどれだけ長くても二週間しか掛からず場合によっては一日で試験終了となってしまうかもしれない。与えられた試験内容はトーメル湖に渡ってくる『アイヴァン』と呼ばれる魔物の討伐あるいは撃退である。

 トーメル湖は生態系が豊かな大きく安全な湖であり周辺は山々に囲まれており雨が降りにくく湖の上には優しい冷風が吹く避暑地としての好条件が揃っている場所ではあるがそれは人間に対してだけではなく魔物にとっても避暑地として好条件が揃っている場所でもある。

 大抵の魔物は環境に適応しているため避暑地に訪れる必要がないため周辺の山々に潜む魔物がトーメル湖に寄ってくることはないのだが渡り鳥のように各地を転々とするアイヴァンはこの時期になると羽休めのためトーメル湖に立ち寄るのだ。

 アイヴァンは攻撃的な魔物ではなくトーメル湖の生態系を荒らすようなこともしない。トーメル湖に羽休めのために立ち寄ったとしてもアイヴァンは二週間以内にトーメル湖を立ち去る。そのためアイヴァンがトーメル湖に立ち寄る期間はトーメル湖を封鎖しアイヴァンが立ち去ってから封鎖を解除すればアイヴァンを討伐する必要も撃退する必要もないのだがトーメル湖を管理する人間からすれば二週間もの間トーメル湖を封鎖するのは大きな損失となる。

 そのためシトラル教育機関の生徒に定期試験としてアイヴァンの討伐あるいは撃退が課題として与えられるのだ。

 アイヴァンがトーメル湖に立ち寄る期間は毎年ほとんど同じであり大きな誤差はない。そのためアイヴァンがトーメル湖に立ち寄る期間に入ってからトーメル湖に向えばよかったのだが阿保三人はそれを拒否した。

 理由は単純、遊ぶためだ。遊ぶのであれば別に試験が終わってからでもいいのだが、観光客や遊覧客はアイヴァンがトーメル湖から立ち寄る前よりも立ち去った後の方が多くなる。

 阿保三人としては人が少ない方が良いのだろう。だからアイヴァンが立ち寄る期間よりも一週間も早くトーメル湖にライラたちは訪れたのだ。

 ちなみに、定期試験の内容もトーメル湖に訪れる時期もライラがリアのそばに寄るように言うのもすべてゲームの通りである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ