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一階層に到達したリアはダンジョン二階層の出入り口で待機していた冒険者に保護され、ダンジョンから脱出した。待機していた冒険者はダンジョン二階層で発生した魔物の大量発生に対処するために集まり、作戦の要となる人物を待っていたらしい。
だがそれらはリアにもライラにも関係のないことだった。
ダンジョンを出たリアは阿保三人を無視してシトラル教育機関に戻り、ライラを医務室へと連れて行った。
ライラの傷はリアの魔法で完治していたものの流れ出た血液はもとに戻らなかった。大量出血が原因でライラの意識は試験が終了して少し経つまで目覚めなかった。
リアと阿保三人はライラが意識を失っている間もダンジョンに潜って点数を稼ごうとしていたが第一階層に出現する魔物の群れすら倒せずにいた。だがリアからヘルトアブルト大迷宮について教えられたため魔物が一度に三十体も生まれるのは異常事態でも何でもないと理解したようだ。ただ理解したがために自分たちが一階層すら攻略できないことに焦りを募らせていたが結局、試験終了まで阿保三人は第一階層を攻略できなかった。それどころか一度に三十体近く生まれた魔物に対処することが出来ず、魔物と対峙しては逃げてを繰り返していた。
試験が終了した二日後にライラは目を覚ました。ゆっくりと状態を起こし、誰もいない医務室を見渡したライラは寝かされていたベッドから降りてふらふらと歩きながら医務室から出た。医務室から出たライラはまず最初に自室に戻った。
ライラは自室に置いてある短剣とレッグホルダーを手に取ってからシトラル教育機関に戻ってリアを探し始める。
ライラがリアを探し始めたのはちょうどシトラル教育機関の授業が終わる頃だったようで、教室から出てくるリアを簡単に発見することが出来た。リアの周りには阿保三人がいたが阿保三人は言いたいことを言うだけでリアのことを見ていない。ゲームの中でもそうだった。
ライラはリアに用がある。しかし阿保三人に話しかけてからリアを連れて行こうとしても断られるのが目に見えている。そのためライラはリアの後ろにしばらくついて回り廊下を曲がったタイミングでリアの首根っこを掴み、人気のない場所までリアを引っ張っていく。
「そ、ソルテット様……その……お怪我は、大丈夫でしたか? ……お見舞いに、行こうとしても、邪魔されて、しまって……」
言い訳するリアをライラは何を言う訳でもなくただ真っすぐと見据える。
「あの……その……」
気まずそうにするリアを見て、ライラは行動に出た。
ライラは自室から持ち出した短剣でリアの腹部を突き刺した。
「……え」
自分のお腹に短剣が刺さる光景を見て、リアは呆然としている。対してライラは容赦なく短剣を振り切りリアの腹部に大きな切り傷を残す。
「うぇ゛?」
痛みを認識したリアは立っていられずにその場に崩れ落ちた。リアは回復魔法を発動しようとするが、そこにライラが声を掛ける。
「言葉だけで謝るのではなくて行動で、貴方が前回の行動を反省し次に繋げている、自分が何をしたのか理解していることを行動と言葉で伝えることが私に対する謝罪になると思っているんでしたっけ? じゃあ今、どうすればいいと思いますか?」
「うぐ……き、傷を、直さな、い……?」
「ええ、その通りです」
ライラは感情を伴わない無機質な声色で、リアの考えを認める。それと同時にリアを刺した短剣を後方に投げ捨てる。
「私は意識が朦朧としていたせいか当時のことをハッキリとは覚えていないんです……ですが、あの男がリア、よくやった……そう言っていたことは覚えています……私に魔寄の香をぶつけ燃やし囮にするために私を殴り飛ばした……貴方はこの行為に加担していましたか? ……加担していたと認めるのなら……これ以上ひどいことはしないであげましょう」
「あ゛ぅ……わ、わたし……」
腹部を抑え、苦しそうに喘ぐリアはすぐには答えを出さなかった。リア護衛用分身から得た情報でリアが加担していないことはわかっている。だったら一体何のためにこんなことをしているんだと思うかもしれないがこれはゲームの展開になぞった言葉なのだ。
本来ならこのセリフの元となるセリフは幻覚の森での試験が終わった後でリアに向けられる。そのセリフは『貴方は……私が譲渡したポーションを飲まなかったようですが……それは自分の意思で……そうしたのですか? 自分の意思で飲まなかった……と言えば……これ以上ひどいことはしないであげましょう』だ。ちなみにゲームでもライラはリアを短剣で刺して傷を治すことを禁じてから短剣を後ろ投げ捨てている。
「どうなんですか?」
ライラはリアを見下ろしながら、答えを催促する。
リアは、迷っている。ライラに対してどう応えるべきなのかを。そうだ、と言えばもうこれ以上のことはされないがそれはやってもいないことをやったと言うことになってしまう。逆に違うと正直に言えば今以上にひどい目に遭ってしまう。
傷を治すことを禁止されているせいで、お腹の傷からはとめどなく血が流れ出ている。
「は……は……はぁ……はぁ……していました……か、加担していました……だ、だから、これ以上のこと、は……」
「………………」
ライラは、何も言わなかった。何も言わずに、自室から持参してきたレッグホルダーから、治癒ポーションを取り出しそれをリアの腹部に垂らす。
「……刺してごめんなさい、私は他人を疑うように育てられて貴方のことを信じるためにこういう手段をとるしかありませんでした、と……私は、言うつもりでした。自分の醜悪さを認め、謝罪して……あなたと良好な関係を築けるのではないか、と……期待していました……ふふ、刺して、答えを誘導して、一体何様なんだって……でも自分のことを変えられないし、貴方は私に同じようなことをしたから……どうにかなるんじゃないか、とか…………全部、無駄だったみたいですね」
リアの腹部に垂らされたポーションはライラが調合した物ではあるがリアの傷を治すには十分な代物だ。ライラはレッグホルダーをリアに対して投げつける。衝撃で蓋がめくれ上がる。中にはリアの傷を治すのに使用したのと同じ治癒ポーションが二本入っていた。短剣は、手を伸ばしても届かない場所に投げ捨てられている。
「……………………」
ライラはリアに対して何か言おうとして、やめた。ライラは、リアの傷がちゃんと治っていることを確認してからリアに背を向けてその場を去っていった。
……この世界には、魔法がある。私は魔法が無い場所から魔法のある場所に、来た。魔法が無い場所にいた時間の方が長く魔法が無い場所で育った私には魔法が無い場所での常識が備わっている。けれどここは魔法がある場所だ。
私の目的はリアを生かすこと。最初は原因が分からなかったから、次は原因が分かっても防ぐ手段がなかったから、私は私のプレイしたゲームの通りに物事を運ぼうと考えた。
ゲームで中で私は悪役令嬢だった。
悪役令嬢である私にはヒロインであるリアをイジメる役割があった。私が思うにイジメと言うものは殺意のない、相手を死に至らしめる気のない暴力行為だ。だから、魔法が無い世界ではどんなにひどいイジメでも相手の腹を切ったりはしない。
でもここは魔法がある世界だ。魔法があれば、治癒のポーションがあればたとえ腹を切っても問題ない。この世界では腹を切る、腕を折る、眼球を穿り出す……これらの行為がイジメの範疇にある。
それが、耐えられなかった。リアの苦しむ顔を見るのは、好きだ。そこに嘘はない。でも、腹を切られ体の中をまさぐられその痛みに藻掻き悶絶して……そういう、度を越して苦しむリアの顔を見るは嫌いだった。
私はリアを生かすために物語を可能な限りなぞるつもりだったが、苦しみに藻掻き痛みに悶絶するリアの顔を見たくなかったから、リアに対してそういう行為をしたくなかったから私は魔法が無い世界で行われているイジメの範疇で済ませるつもりだった。でも、そうは言ってられなくなった。
ゲームでは存在していなかった展開が起こり始めた。最初は小さいものだったけど試験内容が変わり私が悪役令嬢となるタイミングがずれて、もう駄目だと思った。
だから私は本当にゲームの通りの展開に物事を運ぶことにした。今はずれているが今回の行動で元通りになるはずだ。戻ってくれないと、困る。私は私の基準で悪役令嬢となるのではなくこの世界を基準とした悪役令嬢となることに決めたのだから。
悪役令嬢が出てくる作品は乙女ゲームであることが多いイメージを私は持っている。この世界もそうなのかもしれない。ヒロインの周りにはイケメンが三人いて、悪役令嬢がヒロインに嫌がらせをしているから。
でも私がプレイしていた時もこの世界に来てからも、それらしい雰囲気を感じることはできなかった。
「……ご、ごめんな、さい……わ、たし、その、えっと、だから……いや、そうじゃ、なくて……」
リアは遠ざかっていくライラに、声を掛けた。しかし、ライラ・ソルテットはもうリア・シュメラを信用しない。言動のすべてが虚偽であるとそう判断するだろう。ランロクが、そういう風に育てたから。
ライラ・ソルテットは私の思い描いた通りに悪役令嬢となった。これが阿保三人のもたらした自然な落としどころだ。これから先、阿保三人が活躍することはない。だが私が犯した間違いを修正する機会を与えてくれた阿保三人に感謝しなければならない。直接感謝を伝えることはできないが、私の中で阿保三人の評価を少し上げておこうと思う。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
リアは、涙を流しながら謝る。だがライラは振り返らない。でも、大丈夫だ。私は、ライラ・ソルテットではない私は全部わかっているから。リアは悪くない。全部私が判断し決断したことだ。悪いのは私だ。言い訳はしない。でも、これはすべて貴方の為だから。私の存在も命も全部、全部全部全部――――捧げる。
――私(悪役令嬢)は、貴方のために――




