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「何の音だ?」
「誰かが魔法でも使ってるんじゃないか?」
「風属性の雷魔法を使用している音でしょう」
阿保三人は魔法の音だと勘違いしているがそうじゃない。音の発生源はダンジョンの天井であり雷のような音はダンジョンの天井に大量の亀裂が一瞬の内に発生した時の音だ。天井に発生した亀裂の数が多すぎるせいで亀裂の端々がつながって雷光が迸ったような形になっている。
「急ぎましょう」
こうなっては魔物からの奇襲よりも天井に発生した亀裂から大量に産み落とされる魔物に物量で押されて殺される可能性の方が高いため私は急いで移動することにした。
「は、はい……」
リアが自分に掛けた身体強化魔法を見てから私はリアと同じ量の魔力を使って身体強化魔法を自分自身に付与する。リアの身体強化魔法を見てから自分に身体強化魔法を掛けたのはライラ・ソルテットでもリアより強力な身体強化魔法を使うことが出来るからだ。
だがリアより強力な身体強化魔法を使うと私の移動スピードにリアが付いて来られなくなってしまう。しかしリアの展開した身体強化魔法と同程度の魔法を使うことで移動スピードをリアに合わせることが出来るようになる。
阿保三人がしたように強引に引っ張っていくとリアは走る以外のことが出来なくなってしまうし最終的には走ることすらできなくなってしまう。リア自身が怪我を負った場合や私が怪我を負った場合はリアの回復魔法で直してほしいので私は強引に引っ張っていくという様な事はしない。
「おいお前! リアに何してる!」
私たちが急ぎダンジョン一階層に向おうと身体強化魔法を使っているとガルドに私たちが魔法を使っていることがばれてしまった。すぐにばれてもおかしくなかったのだがダンジョンの天井に大量の亀裂が一瞬の内に発生した時の音に気を取られていたのだろう。
「天井を見てください」
「天井? ……何だこれ」
阿保三人はようやく天井に発生した亀裂に気が付いた。私達に比べると気付くのが遅いがその遅れを取り戻すかのように阿保三人の行動は迅速なものだった。
「これはやばい! バトルト、リアを頼む!」
「わかった!」
「僕は後ろを警戒します! ガルドは前の警戒を!」
「任せろ!」
阿保三人はリアが使った身体強化魔法よりも強力な身体強化魔法を使い、リアのもとに駆け付けた。
「行くぞリア!」
「え、ちょっと待っ――」
待って、と言おうとするリアを無視して阿保三人はリアの手を強引に引いてダンジョン内を移動し始めてしまった。
呆気にとられる、と言うこともなく私は落ち着いて今よりも強力な身体強化魔法をかけなおして阿保三人のことを追いかけ始める。阿保三人は反省したり自分が悪いと認めるなんて高度なことはできないのだと、私はなんとなく察していた。幻覚の森で引きずり回されリアが裸同然の格好になってしまった時に阿保三人が見ていたのは裸同然の格好になっているリアのみで裸同然の格好になった理由も経緯も何一つとして気にしていない、気に掛けることが出来ていなかったのだから。
今だってそうだ。リアは走るのに精一杯で他のことをする余裕なんてないだろうし、もうしばらくしたら走ることもできなくなり阿保三人に引きずり回される未来が待っている。
「ソルテット様! 次はどちらに!?」
走ることに精一杯になっていると思っていたリアから、予想外に声を掛けられた。もしかすると幻覚の森で行われた試験の時と比べると体力か身体強化魔法に回せる魔力が増えているのかもしれない。
「そこを右です!」
少し距離があるので声を張る。ただリアが予想外の行動をしたことに動揺してしまい正しい道順を教えてしまった。
「誰がお前の言う事を信じると思うんだ!」
ガルドは声を荒げて叫び、ダンジョン二階層の出入り口から遠ざかる左側に向かって行ってしまった。
「なん――」
リアと阿保三人の姿が見えなくなったタイミングでリアが抗議するように声を上げようとしたが阿保三人に口をふさがれてしまった。その後ガルドが通路の死角に隠れ、懐から小さな麻袋を取り出した。
麻袋の中身は、魔寄の香と呼ばれるものだ。私が幻覚の森で使っていた魔除けの香とは正反対の性質を持つ魔物をおびき寄せるお香だ。
これはヘルトアブルト大迷宮に挑む冒険者を管理している冒険者ギルドが所持することを推奨するアイテムだ。使用方法は簡単で麻袋に火を付け魔寄の香を焚きそれを魔物を呼び寄せたい場所に設置するだけだ。
ギルドが魔寄の香を所持することを推奨する理由は冒険者たちが魔物の物量に押されそうなときに魔寄の香を使えばある程度ではあるが押し寄せる魔物の数を減らすことが出来るからだ。進行方向ではない通路に魔寄の香が入った麻袋に火を付けて投げ込むことで魔物がお香のある方向に向かって行くので魔物の量が多いヘルトアブルト大迷宮で魔寄の香は最後の命綱のようなものなのだ。
では、魔寄の香を持っているガルドはなぜ通路の死角に隠れているのか。その理由は単純にして明快。阿保だからだ。
私が、ライラ・ソルテットが阿保三人とリアを追って十字路を左に曲がろうとしたその時、ライラの顔面に向かってガルドが魔寄の香をぶちまける。
次に行動を起こしたのはエメル。ライラ・ソルテットに向けて火魔法を放つ。
放たれた火魔法はお香と一緒にライラの顔を焼く。
「リア!よくやった!」
ガルドがそんなことを口走りながら私の腹部を思い切り殴りつける。
ライラは攻撃の衝撃で吹っ飛んでいき反対側、十字路を右に行く通路まで転がっていく。
「ん゛~~~~~!!」
ライラには聞こえないが、リア護衛用分身はリアの声をちゃんと聴きとることが出来る。今のリアはバトルトに口を塞がれたうえで羽交い絞めされていて藻掻き、唸ることしかできない。
「行くぞ!」
「ああ!」
殴り飛ばしたライラが反対側の通路まで転がっていきすぐには起き上がることが出来ないと判断した阿保三人はリアの口を塞いだままダンジョン二階層の出入り口から遠ざかることになる通路を突き進んでいった。
「ああぁぁぁ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
顔を焼かれ腹部を殴られた痛みに悶絶するライラは決死の思いで治癒魔法を発動させ顔を治癒していく。腹部の痛みはまだしも顔を焼かれた痛みは凄まじかったのか、ライラは痛みが引くまでずっと悶絶していた。
最後まで痛んでいたのは焼き爛れ癒着してしまっていた瞼だったが治癒魔法により焼き爛れた瞼も元通りになったライラはやっとの思いで目を開いた。
やっとの思いで目を開いたライラの目に飛び込んできたのは、大量の魔物だ。
慌てて逃げようとするが、ライラはすでに魔物に囲まれてしまっていた。天井にある亀裂からは未だに魔物が産み落とされていて、終わりは見えない。
状況を把握したライラは素早く魔法を展開しようとするが、それよりも魔物の攻撃が先にライラのもとに届く。
魔法陣を介して魔法を使う以上、魔法発動には必ず魔法陣を展開する必要がある。常に魔法陣を展開する方法もあるがその場合は同じ魔法しか使えず融通が利かない。同じ魔法だけで戦闘を終えることが出来ることは少ないし何より、隙が大きい。
魔法陣とは特定の性質を持つ魔力を放った際に起こる魔力現象と特定の状態を保つ魔力現象が引き起こす魔力現象を理論的に組み立てるためのテンプレートであり、魔法陣を展開するということ自体が魔法である。
魔法陣が魔法である以上は魔法陣も魔法と同じような弱点が存在している。
物理現象と魔力現象は孤立しているわけではなく互いに干渉しあっているため、魔法陣は魔力現象でも物理現象でも破壊可能なのだ。
そのため常に魔法陣を展開していると魔物からの攻撃によって破壊されてしまうのだ。それに常に魔法陣を展開しているとその場から動くことが難しくなってしまう。今のライラに魔法陣を常に展開しつつ移動しながら魔法を射出することは不可能だ。そのためライラは魔法を使用しつつ魔物の攻撃を避けなければならない。
広範囲魔法を使えば周辺の魔物を掃討できるかもしれないが広範囲魔法は発動に時間がかかるため魔法発動よりも先に魔物からの攻撃をくらい魔法陣が破壊され魔法の発動が出来なくなってしまう。なので能力値の低いライラは小規模かつ低威力の魔法を使うしかない。
出現する魔物は二階層の魔物なのでライラの使う小規模かつ低威力の魔法でも何とかなるだろう。
ライラが現状を打破するためには小規模かつ低威力の魔法で魔物の数を減らし範囲魔法を発動するために必要な時間を稼がなければならない。魔法陣を破壊されないためにも、攻撃された痛みで意識が散漫し魔法陣を展開できなくなったり魔法が発動できなくなってしまう事態を避けるためにも魔物の攻撃は避けるべきだがすべての攻撃を避けるのは難しいだろう。
……考え事をしている間に、ライラと魔物の戦いは佳境に入ったようだ。
魔物の数は減ると同時に増えているがライラと魔物の距離は最初と比べればかなり開いている。これならライラが広範囲魔法を発動するまでに必要な時間を稼げるかもしれない。本当ならもう少し魔物との距離を開いておきたいところだが、ライラは決着を急がなければならない。
リアのこともあるがライラの怪我はひどくこれ以上戦闘が長引くとライラの肉体は死を迎えてしまう。
頭蓋骨陥没、右腕欠損、右足複雑骨折、左踵粉砕、左腿裂傷、肋骨粉砕骨折、左親指骨折、左掌貫通、左腕裂傷、右腿筋断裂、これらの傷に加えて大小さまざまな傷を負っている。火魔法で傷口をあぶることで止血しているがそれでも限界は近い。
ライラは魔物との距離を今一度確認し、広範囲魔法を使用することを決める。
魔法陣を展開し魔法陣に魔力を流し、魔法を発動しようとする。だが、見誤った。魔物との距離を。不幸中の幸いなのはその魔物が単独で行動していたことだ。逆に言えば単独だったがゆえに、気づけなかった。
広範囲魔法を発動する直前になってライラはそのことに気づく。ここで魔法発動をやめれば他の魔物との距離が縮まってしまうためライラは魔法発動を強行。それでも魔物の攻撃を避けようと体を捻るが回避は失敗。魔物の鋭い爪に腹部を切り裂かれてしまった。
その代わりにライラは腹部を切り裂いた魔物以外を一時的に殲滅した。腹部を切り裂いた魔物もすぐに氷魔法を使って殺害した。
だが、ダンジョンは未だに魔物を産み落とし続けている。何もしなければライラの周りは魔物だらけになってしまうだろう。だが、魔物と十分な距離があれば第二階層に出現する魔物はライラの敵ではない。魔力も、まだ残っている。
全身傷だらけで今にも死にそうなライラが次取るべき行動は一つだけだ。
ライラが魔物の掃討を済ませた一方でリアと阿保三人は今も魔物に囲まれている。だが囲まれているだけで特に大きな怪我を負っていると言う訳ではない。
「くそ、魔物の数が減らねぇぞ!」
魔物を一体も倒せていないガルドが苛立ちを隠さずに叫ぶ。
「エメル! リアは大丈夫なんだろうな!」
「大丈夫! リアには傷一つありません!」
リアの近くで魔法を使うエメルは、蒼い顔でへたり込み呆然としているリアを見て答える。
自身の技量を見誤り実力を発揮しきれていないバトルトはリアが無事だと知って、また魔物との戦闘に集中する。そして、エメルはバトルトに守られながら魔法を行使しているが広範囲魔法を使っていないので魔物の討伐スピードが遅く魔物が減る速度と増える速度が均衡してしまっている。
新調した防具は魔物の攻撃を受け止めて傷ついているが阿保三人には一切の傷はない。
ガルドが魔物を引き付け、ガルドが魔物を引き付けている内にバトルトが魔物に攻撃してガルドとバトルトは魔物と対峙している。
バトルトとガルドが魔物と対峙しているお陰で魔物に攻撃されなくなったエメルは魔法陣を展開し続け固定砲台となることで魔物を減らそうとしている。
魔物が減ることはないが、逆に阿保三人では対処できないぐらいに魔物の数が増えることはない。
「クソが! どれもこれもあのクソ女のせいだ!」
「口じゃなくて腕をうごかせ!」
「二人とも言い合っていないで! 新手が来ましたよ!」
阿保三人は必死に抵抗しているが、魔物の数が減らず動くことが出来ていない。阿保三人に待つのはエメルの魔力が切れ魔物の数を減らす事が出来なくなり物量に押されて死ぬ未来だけだ……阿保三人以外に戦える人物が加わらなければ。
「……え……あ、あ」
今まで蒼い顔でへたり込み呆然としていたリアの視界に、何かが移る。
それは、醜い姿をしていた。それを魔物を蹴散らしていた。それは腹部を抑えていた。それは、口に人間の右腕を咥えていた。それは、それが、なんなのか。リアは一目見ただけで、それが何なのかが分かってしまった。
「ソルテット……様……」
そこにいたのは、阿保三人のもとにたどり着いたのは、魔物との戦闘で負った傷を何一つとして治していないライラ・ソルテットだった。内臓がまろび出ない様に左腕でお腹を抑え、魔物に切り飛ばされた右腕を口にくわえ骨が折れているため壁に体を擦り付けるようにして歩く、ライラ・ソルテットだった。
「ごほ……ごほ……い、ま……」
せき込むたびに口からは血を吐き、今にも死にそうだ。目尻からは、ポロポロと涙が零れ落ちている。
魔物は、ライラの広範囲魔法によって掃討された。魔物は未だに産み落とされているが、先ほどとは違い逃げるために必要な道筋は開けた。
「リア、今の内に――」
バトルトは今まさに助けてもらったライラから逃げるためにリアの手を取ろうとするがそれよりも先にリアは動き出していた。蒼い顔をしてへたり込んでいたリアは弾かれる様に飛び出しライラの元へと駆けて行った。
「ごぼ、ごほ……ヒュー……ヒュー……」
「今、今直しますから、今、すぐに、直しますから……」
ライラに共鳴するかのように涙を流しながらリアは回復魔法を使いライラの治療を開始する。
「リア! 何やってるんだ! そいつが諸悪の根源なんだぞ!」
「ッ――貴方達は! なぜそこまで無知蒙昧なのですか! 彼女が諸悪の根源だとして、なぜこんなにも酷い怪我を負う必要があるのですか!!」
「そんなの演技に決まってます! 貴方が知らなくても無理のないことですが相手に幻影を見せる魔法が――」
「うるさい! それぐらい知ってる! 脳みそに糞を詰めたお前らとは違うんだよ!」
興奮し荒ぶるリアは普段からは想像できないような暴言を吐く。阿保三人はリアに言い返そうとしているしリアも引く気はなさそうだ。これ以上リアと阿保三人の関係性を悪くするのは今後のストーリーに支障をきたすかもしれないので止めなければならない。
「ごほ、ごほ……外、に……元の場所に、もど、らないと……」
「……そう、ですよね。ちゃんとした治療を受けるためにも地上に戻らないと……歩けますか?」
できれば背負って行ってほしいのだけど、今のリアは回復魔法を使うことに専念していて身体強化魔法を使う余裕はないみたいだし仕方がないだろう。それに足の骨折はもうすでに治りかけているしリアが肩を貸してくれるみたいだ。
「リア! クソッ! どうする!?」
「とりあえず、ついていきましょう。恐らくリアはあの女に操られています。ですがどんな魔法を使ったのかが分かりません。ここは慎重になるべきです。何か問題があればリアが怪我することも視野に入れて行動するべきだと思います」
「……そうだな、それが最善の行動だろう……」
「クソ、あいつ……」
「焦るな、冷静になれ……俺達ならどうとでもできる。あいつの思い通りにはいかないさ」
……呆れてものが言えないとは、このことだろう。
それから、ライラは出血多量で意識が朦朧としたままダンジョン二階層の出入り口までリアを案内してみせた。
加えてライラは何もしない阿保三人に変わりダンジョン二階層の出入り口に到着するまでに生み落とされ続ける魔物の討伐も成し遂げた。
リアは二階層の出入り口からダンジョンの出入り口までの道筋を覚えているようで、一階層へ続く階段を上る前に自力で出ることが出来るから寝ててもいいとライラに声を掛けた。
すでに限界だったライラはリアの言葉を聞いて、そのまま意識を失った。ライラが意識を失う頃にはライラの負った傷は完治していたのでリアは身体強化魔法を使いライラを背負ってダンジョン一階層へと続く階段を急いで登った。




