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 私がリアの提案に乗ってから、時間がたち今日は六月の試験開始日だ。阿保三人は渋っていたがリアの説得によって私はリア達のパーティーに参加することになり私を含めた五人でダンジョンの探索をすることになった。

 今回の試験でも前回の試験と同じように現段階のライラ・ソルテットが持っていてもおかしくない実力しか持たせていない分身を試験に参加させることにした。本体の位置もダンジョンの最下層と前回と同じだ。

「ソルテット様……今日からよろしくお願いします」

「ええ、よろしく」

 私はリアとの仲が変化するほどの出来事が起こっていないことを考えて酷く突き放すようなリアに対して攻撃的であることを示すような声色でリアに応対している。私なら今の自分を相手にするのは御免だがリアは苦にしていない様子だ。

「それにしても……ほかの三人は遅いですね……」

「………………………………」

 私は無言を貫くが、確かに阿保三人は集合時間から遅れている。今回の試験は前回とは違い試験会場が近くにあるので試験開始日の午前八時から試験に挑むことが許可され各自それぞれのタイミングで試験を開始することが出来る。リア達は試験開始が許可される午前八時に集合し試験を開始すると約束していたのだ。

「あ……ソルテット様、バトルト様達が見えましたよ」

 リアの護衛用に着けている分身から得ることのできる情報から周辺の状況を把握しているため、阿保三人が近づいてきていることにも気づいていたが……やはり阿保は死んでも治らないのだろう。

「悪い、遅れた」

「ガルドが変に悩んだせいでしょう?」

「でもそのおかげでいいものが手に入ったんだ。あんまり攻めてやるな」

「はぁ……そういうことにしておきます」

「えっと……?」

 阿保三人が何をしでかしたのかを理解していないリアは要領を得ない阿保三人の会話に不思議そうな顔を見せる。

「リア、今回の試験は前回の試験と比べて危険なものになっている……だから、俺達全員の装備を一新したんだ」

「……え?」

 リアはバトルトが何を言ったのか咄嗟に理解できなかったようだ。

「品質は低いがここら辺で一番質の良い装備にして来たんだ……まあリアに渡した短剣と比べると見劣りしてしまうけどな」

 バトルトは自分がどれほど愚かなのかを理解しないままに身に着けている装備をリアに見せびらかしている。ちなみにだがリアはバトルトから貰った短剣を鍛冶屋に依頼して溶かして金属としてお金に換えてしまっている。

 これは、ゲームと同じだ。ちなみにそのお金は重傷を負った私の治療費に代わってしまってリアの手元にはもう残っていない。

「今回の試験ではダンジョン探索で得たお金以外でポーション等の消耗品や武器や防具を購入しない様に、と言われているはずですが?」

 口を金魚のようにパクパクと閉じたり開いたりしていて何も言えないでいるリアの代わりに私がリアの言葉を代弁する。

「はっ……お前は馬鹿だな。今回の試験では不正してもいいと言われていたのを忘れたのか?」

「ガルド、無知な彼女を攻めてはいけませんよ。彼女には不正を働く方法が分からなかったのでしょうから」

「だが、無知は罪だ。ライラ・ソルテット。お前はもっと考えて行動しろ。今回はリアの説得があったから同行を許したが……今後はリアの説得があったとしても同行を許すことはできない……お前のような足手まといはリアを危険にさらすだけの邪魔ものだ」

「それもそうだな……リア、少しここで待っていてくれ。ダンジョンに潜るための手続きをしてくる」

「僕も行くよ」

「ライラ・ソルテット……リアに傷一つでもつけてみろ。生きていることを後悔させてやるからな」

 阿保三人は思い思いの言葉を口にしてから私たちの元から離れていった。

「……これが貴方にとって前回の行動を反省し次に繋げ、自分が何をしたのか理解して行動と言葉で伝えた結果なんですね」

「ち、ちが……ち、違うんです! 本当に! こんなことが起こるとは思っていなくて……! その……!」

 蒼い顔で弁解するリアだが、今回はリアのことを責めはしない。今は逆にリアのことを擁護するべきだろう。そうすれば、私が円滑に悪役令嬢となることが出来るだろうから。

「はぁ……今回の出来事に貴方が関わっていないことは貴方を見れば分かります……試験は開始してしまいましたがパーティーの解散等はできないのですか、先生?」

「え……先生?」

「気づいていたんですか?」

 突如として会話に参加した声の持ち主はハーライト教員である。私はもちろんライラ・ソルテットが持っていてもおかしくない力しか持たせていない分身体でもハーライト教員の存在に気づくことが出来たので声をかけてみた。

「せ、先生! あの、もしかして先ほどの会話を……!」

「ええ、もちろん聞いていましたよ。彼らが不正行為により消費した金額も把握しています。彼らは金貨を七枚、大銀貨を二枚、銀貨を九枚も消費していました。得点に換算するとマイナス七十二万九千点……今回の試験でマイナスをなくすためには二十階層の魔物素材が三万六千四百五十個必要です」

「さ、三万……そんな……」

 顔を蒼くするリアは今にも卒倒しそうな様子だ。

「それでこのパーティーを抜けることは?」

「残念ですが無理です。不可能と言う訳で張りませんが私たち教員側の負担が大きいのでやりたくありません」

「ど、どういうことですか?」

「詳しい説明は後でします。とりあえず今日は何も考えずにあの男達とともにダンジョンに赴いてください。ダンジョンに潜るための手続きは全員必須であると伝えたはずですがあの三人の事です。忘れているのでしょう。これは烏合のいいことです。手続きを行わずにダンジョン探索に向かってください。もし手続くを行う流れとなった場合は臨時冒険者カードに記入されている数字のいずれかに999と付け足して下さい。では」

 ハーライト教員は伝えるべきことだけと伝え人ごみに紛れていった。

「……ほ、本当にごめんなさい! こ、こんなつもりではなかったんです!」

 リアは身を縮こまらせて私に謝ってくるが、残念ながらその行動は逆効果だ。なぜなら、私に向かって頭を下げているリアを見たバトルトが怒りを露わに近づいてきているからだ。

 バトルトは、ライラ・ソルテットの死角から鋭い一撃を放ち頬をぶった。倒れこそしなかったものの、ライラ・ソルテットは少しよろめいてしまった。

「貴様……リアに何をした……答えろ……さもなくばこの場で……」

 バトルトは剣の柄を握りながら私をにらむ。こんな往来の場で私を切り殺す宣言をしているバトルトに内心驚きながらも分身体はそれを表情に出さない。分身体が真顔を維持できるように顔の筋肉を動かなくしているからだ。

「な、なにしているんですか!」

 面を食らって私とバトルトの間に割り込んでくるのはリアだ。むしろこの場でこんなことをしてくれるのはリアぐらいしかいないだろう。

「リア、そんなやつをかばう必要はない。さあ、こっちに来るんだ」

 バトルトはリアに対して手を伸ばすがリアは嫌そうな顔をする。しかしバトルトは私の一挙手一投足を見逃すまいとしているのでリアが嫌そうな顔をしていることに気づかない。

「おい、気持ちはわかるがこんな場所ですることじゃねえぞ」

 案外まともなことを言っているがバトルトの行動自体をとがめることはしないガルドが、バトルトの手を掴む。

「……そうだな……すまない冷静じゃなかった」

 諭されておとなしく武器から手を離したバトルトだが、リアに差し伸べられた手はそのままである。

「ソルテット様……その、大丈夫ですか?」

 しかしリアがまず最初に気にするのは私の状態である。ぶたれて頬が腫れてはいるが顔の骨が折れているわけではない。リアの回復魔法に頼るまでもなく水属性の治癒魔法でサッと治しておく。

「私は大丈夫です。それよりもこんなところで時間を無駄にしていてもいいのですか?」

「お前のせいだろうが!!」

 突然声を荒げるガルド。ガルドの大声で周囲から注意をひいてしまっているしガルドの大声にびっくりしたのかリア小さな悲鳴を上げて私の腕に抱き着いてきた。

「そうですか、なら謝罪します。すみませんでした。早速ダンジョンへと向かいましょう」

「言われなくたってそうするさ! 行くぞ!」

 荒ぶるガルドはまだエメルが合流していないにも関わらずダンジョンに向かっていった。バトルトはリアに差し出していた手を引っ込めてガルドについていく。

 私は人ごみに紛れて迷子にならない様にリアの手首を少々強引につかんでバトルトとガルドについていった。

 結局のところバトルトもガルドもリアのことを気に掛けずに進み続けダンジョンの出入り口付近まで到着した。

 ダンジョン出入り口付近にはエメルが待機していてガルドやバトルトの到着を待っているようだった。

「結局、その女は連れていくことにするのですか?」

 エメルは汚物を見るかのような目で私を見つめてくる。

「……置いていこうかと思ったんだがこいつがパーティーに入ったせいで試験で得る成績の点数がこいつにも分配されることになるんだぞ? 邪魔だからと連れて行かなければこいつは何もせずに点数を得ることになるから、連れていくことにしたんだ」

「そうですか……なら、仕方がないですね……ライラ・ソルテット。貴方は自分が役に立たないパーティーのお荷物であることをわきまえて行動してください。もしできないのであればパーティーから追い出しますから」

「それがいな」

 エメルの意見に対してガルドは同意しバトルトは口にはしないものの否定する様子を見せなかった。そんな阿保三人の様子を見てリアは何かを言おうとして、口をつぐんだ。自分が擁護すると新たな問題の火種を生み出しかねないと感じたからだろう。

 それから、阿保三人はそれぞれ装備の点検を済ませリアにだけ声をかけてダンジョン探索に打って出たのだった。

 今回の試験会場となるのは私がすでに最下層まで攻略済みのヘルトアブルト大迷宮だが阿保三人にもリアにとっても初めてのダンジョン探索となるはずだ。

「よし、じゃあとりあえず十階層を目指すか」

 だというのにガルドは十階層を目標として打ち立てバトルトもエメルも反対しなかった。

 阿保三人の実力を考えるとヘルトアブルト大迷宮以外のダンジョンであれば十階層まで潜る行為は何の問題もない。

 だがここはヘルトアブルト大迷宮だ。いきなり十階層まで潜るのは自殺行為である。

 実際にこのダンジョンで魔物と戦えば考えも変わるだろうけど、問題はそこじゃない。

 この阿保三人はヘルトアブルト大迷宮について何も調べてこなかったということが問題だ。ヘルトアブルト大迷宮は世界最大ともいわれるダンジョンであり記録では未攻略のダンジョンで魔物の出現数がほかのダンジョンと比べて桁違いに多いことは調べれば簡単にわかることだ。

「い、いきなり十階層ですか……? まずは一階層で様子を見てみませんか?」

 もし仮に調べていたとしたらガルドの発言を否定するリアのように第一階層でまずは様子見をすると言う判断をするはずだ……これが調べた上での判断ではないと断言できないのは阿保三人の馬鹿さ加減が故だ。

「安心してくれ、リア。俺達なら十階層ぐらいは余裕で攻略できる」

「で、でも……このダンジョンは……」

「初めてのダンジョン探索で不安になっているのは分かりますが、僕たちを信じてください。何かあっても僕が魔法で何とかします。ダンジョン探索を行う際に有用な魔法を習得してきましたし、万が一の場合の起死回生の一手も用意してありますから」

「そういう問題ではないんです!」

「……二人とも、ここはリアの言うとおりに一度この階層で魔物と戦ってみよう。戦いの様子を見ればリアの不安もぬぐえるはずだ」

「そうだな、そうしよう」

「リア、僕たちの実力を見ていてください」

「このダンジョンで必要なのは――あぁ待ってください!」

 リアの言葉に聞く耳を持たない阿保三人はリアとの距離を意識せずに身体強化を行ってダンジョンの中をリアの静止を振り切って駆けていった。

 戦闘能力が低いリアと距離を開けるのはどのダンジョンでも危険だというのに。

 見捨てるという選択肢が私の中にはあるのだがリアの中には無いようでリアは阿保三人を追いかけようと身体強化魔法を使用した。

「ごめんなさいソルテット様! 付いて来てくれませんか!?」

 阿保三人とは違ってリアはちゃんと私に声を掛けてくれた。断ってもいいが断った場合、私はダンジョンの外で待機していてくれとリアに言われリアは阿保三人を追いかけていくだろう。

「わかりました」

 不機嫌そうに頷いて私もリアと同じように身体強化魔法を使用した。

「ありがとうございます!」

 そうして、阿保三人との追いかけっこが私たちの間で始まったのだった。ここはヘルトアブルト大迷宮、魔物の数と遭遇回数が多いことで有名なダンジョンである。魔物との遭遇にはそう時間がかからないため私たちの鬼ごっこは数十秒で終わりを告げた。

 壁を突き破り生れ落ちる魔物の総数は、三十。第一階層の魔物とは言え三十と言う数は脅威であることに変わりない。また一度に三十体の魔物が生れ落ちるのはヘルトアブルト大迷宮では平常運転ではあるがほかのダンジョンからすれば異常事態である。

「な、なんだこの数!」

 一度に大量の魔物が生れ落ちてきたことに対して驚愕している阿保三人だがこのダンジョンの恐ろしさはこれに尽きない。魔物と対峙している私たちの背後からダンジョンの壁が突き破られる音が鳴り響いた。

「くっそ、行くぞ!」

「ああ!」

「これぐらい、何てことありません!」

 背後の音に気付かない阿保三人は目の前にいる魔物三十体に向かって突進していった。しかし阿保三人とは違い周囲を警戒していたリアは背後の音にちゃんと気づいて音の原因を確認するために後ろを振りむいた。

 後ろ、私たちの通ってきた通路からは魔物が生れ落ちてきていたのだがその数は四十三体。前と後ろにいる魔物の間に分かれ道はないため、私たちは魔物に挟み撃ちされたことになるのだが、これがこのダンジョンの恐ろしさである。

 ヘルトアブルト大迷宮は生きている、と冒険者は言う事がある。それは魔物が生れ落ちるタイミングやダンジョン内で魔物が生れ落ちる頻度が変化するからだ。

 私も体験したことがあるのだがこのダンジョンは今回のように退路を塞ぐ場所に魔物を産み落としたり冒険者が戦いで大きく体力を消耗したり動揺し周囲の状況が見えなくなったタイミングで魔物を生み落とすことがある。また冒険者が追い詰められれば追い詰められるほどに魔物との遭遇回数が増えていくこともある。

 今回の場合は事前情報なしで三十体もの魔物が一度に産み落とされた場面を見た阿保三人の動揺が原因だろう。

「皆さん! 後ろからも魔物が!」

 リアは大声で阿保三人に声を掛けるが戦闘に集中している阿保三人には届かない。

 阿保三人は魔物を呼び寄せた原因が自分にあることに気づかないまま三十体近い魔物と戦っている。

 だが互いに連携をしないため魔物の討伐スピードはそこまで早くない。そのため私とリアで後方から迫りくる魔物四十三体を相手取る必要があるだろう。

 まあ足止めだけで魔物を倒さなくても良いのならライラ・ソルテットでも出来ることはあるので問題はないのだが。

「シュメラさん、私の後ろに」

 戦闘が行われる際に魔物との距離が近くあるべきなのは近距離戦闘が得意な者だ。例外はあるかもしれないがおそらく基本的にそうなはずだ。現状、私とリアで近距離戦闘が得意なのはどちらかと言うと私である。

 そもそも今のリアは攻撃魔法を使うことが出来るのだろうか。幻覚の森では攻撃魔法を使用したリアだがあの時も魔法陣を介して魔法を発動させたわけではなくリアの攻撃魔法は魔力放出による魔力現象だ。

 そしてダンジョンに潜るまでの間に何度も魔法実習が行われたがリアは攻撃魔法を使用していなかった。

 それにもし使えたとしても幻覚の森で使った魔法よりも威力の強い魔法を私は使える。今までの言動を鑑みるとリアを庇う様なこの行為は一見すれば不自然かもしれないが追い詰められれば追い詰められるほどに魔物との遭遇回数が増えていく可能性のあるヘルトアブルトダンジョン内での行動としては正しいと言える。

 おそらくここで私がリアを庇うようにして率先して魔物と戦わない場合、今回の魔物を掃討したところで数秒もしないうちに追加の魔物が私たちの近くに産み落とされることになるだろう。

 阿保三人とライラ・ソルテットだけではどうにもできない数の魔物が押し寄せてくることになりリア以外は死体となって発見されることになるだろう。もしそうなった場合に分身体である私は生きている状態でいるべきか死んでいる状態でいるべきかなのかは決まっていない。そういう状態に陥ることはできるだけ避けるつもりだからだ。

 そのためにも、私は目の前にいる四十三体の魔物を足止めするために水属性の氷魔法を使用し氷の壁を生み出す。氷の壁は私の胸辺りまでしかないし厚みもそこまでだ。

 しかし、目の前にいる魔物の背丈や攻撃力を考えればこの程度の氷壁でもかなりの時間稼ぎになるはずだ。

 その間に私は同じく氷魔法を使い魔物の頭上から先端が鋭くとがった氷の礫を無数に浴びせる。

「す、すごい……」

 私はあくまでも足止めのつもりで魔法を行使したのだが、どうやら四十三体の魔物を掃討してしまったようだ……魔物を掃討したライラ・ソルテットは私の生み出した分身であり分身にはライラ・ソルテットが今持っていてもおかしくない実力しか出せないようにしてある。

 現状はゲームにはなかった展開なのでライラ・ソルテットの実力を正確に測ることが出来なかった。そのため私は幻覚の森で試験を行った時のライラ・ソルテットが持っていてもおかしくない実力しか出せないようにした分身体を使って試験に参加している。このライラ・ソルテットはエメルよりも弱いはず……私はいまだに魔物と戦闘を繰り広げている阿保三人を見る。

「その……手助けを、お願いできませんか?」

 リアは、おずおずと私に申し出た。

「…………」

 私はリアに対して何も言わずにとりあえず阿保三人の戦いを見てみることにした。

 まず、ガルド。ガルドは魔法がそこまで得意ではないが自身の剣術には自信を持っている。そのためガルドは魔物と大剣を使って対峙しているが数の多い魔物に対して苦戦しているようだ。

 敵の攻撃を受けないように立ちまわっているのが原因で苦戦しているのだがおそらく本人は気が付いていない。

 この階層に出現する魔物の攻撃力はとても低い。何度か攻撃を食らっても治癒魔法で簡単に治すことが可能だ。だがガルドは魔物の攻撃を避けることに専念している。

 攻撃をくらわないのは別に構わないのだがガルドは防御を行わない。武器を振ろうとするが魔物の攻撃をくらいそうになると魔物の攻撃範囲内から脱出することを優先している。

 まあ、これもまだ良い。百階層を超えたあたりから防御手段が存在しないと思われる攻撃をしてくる魔物が出てきた記憶があるからだ。

 まあ、単に私が未熟だったというだけでその攻撃の防御手段は存在していたのだが。

 問題なのはガルドがいまだに魔物を一体も倒すことが出来ていないことだ。大勢の魔物に囲まれても魔物を倒すだけの技量があれば攻撃を回避してもいいが魔物を一体も倒すことが出来ていないのならば話は別だ。

 魔物の攻撃をくらえとは言えないが魔物の攻撃を防御するぐらいはしてほしい。攻撃を防御すればガルドは魔物を倒せるようになるはずだ。

 次にエメルだが、魔法使いのくせに剣士と同じ場所で戦ているというだけで論外である。エメルは魔法を行使しようとしているが魔物の攻撃を避けるのに精一杯で魔法を使うことが出来ていない。そのためエメルもまだ魔物を一体も倒せていない。

 最後に、バトルトだ。バトルトはガルドほど剣術が上手くなくエメルほど魔法が使えるわけでもないが剣術と魔法のどちらでも戦うことのできる魔法剣士だ。しかしバトルトが倒すことが出来た魔物の数は現時点で三体のみだ。

 なぜこんなことになっているのかと言うとバトルトは魔法と剣の両方を同時に使うことに苦戦しているからだ。

 バトルトには十の力を出すことが出来る。しかしそれは魔法と剣の合計値が十という話で剣と魔法で十の力を出せると言う訳ではない。バトルトは魔法と剣で出せる力がそれぞれ最高で六程度となっている。

 バトルトは全力で戦おうと思うとどちらか一方を四ないし六にしなければならないのだがバトルトは魔法でも剣でも最高の力を、十二の力を出そうとして上手くいかず実際には一にも満たない力しか出せていないのだ。

「あ、あの……」

 状況を把握している間に黙り込んでいた私にリアは懇願するように声を掛けてきた。

「気が進まないのは分かりますけどこのままでは魔物がさらに出現して私たちの身にも危険が及ぶ可能性が……」

 リアの言う事を理解できない私ではないしリアの言っていることは正しい。

 阿保三人はだれが見てもわかるぐらいに魔物の掃討に苦戦している。これは冒険者が追い詰められれば追い詰められるほどに魔物との遭遇回数が増えていくこともあるヘルトアブルト大迷宮では避けるべき事態だ。しかし……

「誤射の可能性が高い……」

 動き回る阿保三人に攻撃魔法を当てないように魔物に攻撃するのは今のライラ・ソルテットにとっては至難の業だ。

 先ほどのように広範囲に無差別攻撃を行うことはできるがそうすれば阿保三人も攻撃を受けることになるだろう。最悪の場合、三人とも殺してしまうかもしれない。

 一階層の魔物に向ける攻撃であれば阿保三人は何とかしのげるかもしれないが今の情けない様を見ていると死んでしまってもおかしくないと思えてきた。

「多少なら構いません! 私が直してみせます!」

 確かに今のリアなら治すことが出来るだろうけど……いや、リアに任せよう。それに氷魔法ではなくて火魔法を使えば阿保三人に誤射したとしても私の治癒魔法で何とかなる程度の傷しか負わないかもしれない。

 火傷が残る可能性もあるがリアの安全と比べると阿保三人の火傷など気に掛ける価値もない。

「わかりました。では、行きます」

 私は現在も必死に戦っている……いや魔物から逃げ回っている阿保三人に向けて杖を向ける。私は魔法陣を介さない魔法の方が得意なのだが魔法使いは基本的に杖を使い魔法陣を展開する方法が一般的なので私はそれに倣う。

 展開された魔法陣に魔力を注ぎ私は火魔法を発動させる。

 発動した魔法は真っすぐ阿保三人のもとに向かい、火柱を立てた。

「な、なんだ!」

 困惑する阿保三人を私は気に掛けずに同じ魔法を連発する。この魔法の効果範囲は狭く阿保三人に直撃したとしても火柱が阿保三人の体を包むことはない。

 しかし一階層に出てくる魔物は小柄な魔物が多い。阿保三人が戦っている魔物も例に漏れず小柄な魔物であり私が放つ魔法によって立ち上る火柱は魔物を包み込みそのまま焼死させるにはこの程度の魔法でも十分な威力となる。

「くそ、貴様!」

 憤るガルドを尻目に私は魔法の連射を続ける。何度か阿保三人に対して私の魔法が直撃してしまったけど私が魔法を使って阿保三人の援護をしている内に新たに魔物が産み落とされる音が鳴り響いていることを考えるととてもではないが攻撃の手を緩める気にはならない。

「ソルテット様! 後ろから魔物が!」

「これを魔物の群れに投げ入れて下さい」

 ダンジョンが生み出した魔物は、百と二体。私たちの背後から五十三体、阿保三人の元へ四十九体だ。

「こ、これは?」

「水です」

 阿保三人が相手する魔物の掃討がいまだに完了していないためリアに後ろに控える魔物の対処をお願いした私が渡したのはポーションを入れるような試験管に入っているただの水だ。

 これを魔物の群れに投げ入れれば魔物にぶつかって試験管は割れ水が魔物に降りかかるだろう。その水を利用し魔物を凍らせることで即席の防護壁を作り出すことが出来るはずだ。

「わ、分かりました」

 私がなぜ水を魔物に向かって投げるように指示したのかを理解していないままリアは私から受け取った水入りの試験管を魔物に向かって投げ始めた。私がリアに渡した試験管の数は合計で五本、すぐに投げ終わるだろうがそのころには阿保三人が相手する魔物の掃討を終わらせなければならない。それは阿保三人の元に向かっている四十九体の魔物に対処するためだ。

「え、えい!」

 リアの可愛らしい声を聴きながら私は誤射の可能性を考慮せずに魔法を連発する。今まではほんの少しの間ではあるが狙いをつけていたのだがそれを無くた。

 魔物の数はかなり減ってきているので阿保三人でも自衛ぐらいはできるだろう。もしできなかったとしても体に傷の後が残るだけだ。

「ソルテット様、投げ終わりました!」

「こちらも、終わりました」

 私は阿保三人が相手していた魔物の数をかなり減らしたが阿保三人は状況が理解できていないのか落ち着きが全くない。

 落ち着かせて説得してダンジョンの外に出るまでに一体どれだけの時間が掛かるのだろうか……その間に一体どれだけの魔物に襲われることになるのだろうか。

 リアは戦えないしライラ・ソルテットに阿保三人の誰かと戦って勝つ実力はないため阿保三人が私の説得を無視して魔物との戦いを続けようとした場合、止めることが出来ない。

 止めることが出来なければリアを除く全員が第一階層で魔物に殺されるだろう。

 しかし今しなければならないことは阿保三人を説得することではない。

 私はリアが投げた試験管の中に入っていた水によって濡れた魔物に対して氷魔法を使う。水に濡れた魔物の数は多くはないが問題はない。

 魔物の水に濡れた部分を起点に魔物を氷漬けにし、その魔物に対して先端が鋭く尖った氷の礫をぶつける。

 氷の礫は魔物を容易に貫き、魔物の体からは大量の血が流れ出る。流れ出した血に対して私は氷魔法を使い血を使って生み出した氷の棘で魔物を何体も貫き殺す。

 貫き殺された魔物も当然ながら血を流すため私はもう一度流れ出た血に対して氷魔法を使って魔物を殺す。

 これを何度も繰り返すことで私は五十三体の魔物の掃討を時間を掛けずに終わらせることに成功した。

 次に対処しなければならないのは阿保三人のもとに向かった四十九体の魔物だ。五十三体の魔物を瞬殺した私を見て阿保三人は目を見張っているため私は阿保三人が気づかないうちに四魔法を使い四十九体の魔物を掃討することに成功した。

「皆さんお怪我はありませんか?」

 私の魔法に直撃したせいで衣服が若干燃えて煙を上げている阿保三人の元へリアは駆け寄っていく。

 阿保三人は自身を心配するリアに感謝の言葉を伝えエメルが火を消すのと同時にリアが阿保三人に対して回復魔法を使用した。

 リアに着けている分身体が得た情報によれば阿保三人は軽いや火傷を負っただけだった。

「リア、ありがとう」

「いいんです、皆さんがご無事で何よりです」

 おそらく本心と思われるリアの言葉と安堵の笑みは残念なことに阿保三人の中から反省という言葉を取り払い自尊心を高める結果となってしまった。

「ライラ・ソルテット。僕は君に聞かなければならないことがある」

 リアに向けていた醜悪で気色悪い顔(柔らかい表情)をやめて私に向き合うのはエメルだ。何を言うつもりなのかは簡単に想像できるのだが、簡単に予想できすぎてしまうため逆に不安になってくる。

「君は、僕たちに向けて攻撃をしてきた。理由を、説明してもらおうか」

 エメルは私が想像する通りの言葉を発した。理由なんてリアに頼まれたからに決まっているが、どう伝えるといいだろうか? 面倒なので率直に伝えてみよう。

「貴方達が苦戦していたようなのでその手伝いを」

「僕たちが苦戦? そんなけないだろう。僕たちは君の妨害に抵抗しながら大量発生した魔物に対処してみせた」

「ああ、エメルの言うとおりだ。お前は魔物と戦う俺たちに攻撃したんだ。知らないなんて言ってごまかせると思うなよ?」

 ガルドは鋭い眼光で私を睨むが、自己都合の良すぎる解釈からくるものだと思うと笑いが込み上げて来る。実際に笑うと話がこじれるだけなのでそんなことはしないが。

「……王族に手を出したんだ、この場で切り殺してしまおう」

 過激な発言をするのはバトルトだ。自分が第一王子だからこその発言ではあるが実力面でも権力面でもバトルトは私に負けていることを踏まえると、あまりにも滑稽だ。

「取り合えずダンジョンから出ませんか?」

 憤る阿保三人に対してそう声を掛けたのはリアだ。自分がライラ・ソルテットを庇うと問題が余計に大きくなることを予感したからなのかリアは話題を逸らすことにしたみたいだ。もしくはこのダンジョンに留まることを危険視して外に出ることを提案したのかもしれない。

「ああ、そうしよう。この場でライラ・ソルテットを処刑した後で」

 バトルトはリアの意見に賛同こそしたがバトルトにとっての最優先事項は私を殺すことみたいだ。バトルトは自らが口にした言葉が嘘偽りでないことを証明するかのように武器を手にして私に近づいてきた。

「こんなことをしていないでダンジョンの外に出ることを優先した方が良いと、助言します」

 周辺の状況に気を配っていれば気づけるダンジョンが新たな魔物を産み落とした音を耳にした私は忠告するが阿保三人もリアも気づいていないみたいだ。

 盲目な阿保三人はまだしもリアが気づいていないというのは少し意外だった。様子を伺うとリアは私を凝視していることが分かった。

 リアは阿保三人が私に攻撃してきた場合に備えていつでも回復魔法が使える状態の維持に注力しているのが原因だろう。

「命が惜しくなったのか?」

「どう解釈してもらっても構いません」

「気取りやがって……」

 敵意をむき出しにして私と距離を詰めるバトルトとそれを少し離れたところから当然の報いだと言わんばかりの顔でガルドとエメルは佇んでいる。

 そしてリアは少し前までは私から少し離れた場所にいたのだが今は私のすぐ後ろにいる。

 一触即発の雰囲気だが、そうはならない。バトルトが私に処刑を実行するよりも先に、魔物の群れがガルドとエメルに対して襲い掛かってくるからだ。


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