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ハーライト教員が私たちのいる場所にたどり着いたのは、安定しない足取りでリアが私の元にたどり着くのとほとんど同タイミングだった。
「こ、これは……」
滅茶苦茶な現場に目を見張るハーライト教員だが瞬時に現状を把握し、魔道具を使う。
「緊急事態発生! 生徒一人が瀕死の重傷を負っている!」
信号魔法を使うことで声を離れた場所にいる自分以外の教員に届けたところでハーライト教員は私の元に駆け寄ってくる。
「出血が激しい……! ポーションは、全部破損してる! いや、でもいくつかは掛かっているはず……」
私は支給された解毒ポーション以外にも治癒ポーションを持ち込んでいた。
私の装備を点検したのはハーライト教員であるため私がポーションを持っていることもそのポーションが一般的な治癒魔法よりも効力が高い物品であることも知っていた。
そのためハーライト教員はポーションを使おうと考えたのだろうがガルドの攻撃ですべて破損してしまった。
だが、ポーションは必ず経口摂取しなければならないと言う訳ではない。ガルドの攻撃で破損したとはいえ幾つかの治癒ポーションは私の体に掛かっている。しかし、私の体には治癒ポーションの効力が一切表れていない。
「……まさか、モフォバの体液が体内に……?」
ハーライト教員の推測は当たっている。治癒ポーションが体に掛かっているにも関わらず効力が現れない原因はガルドの大剣に付着したモフォバの体液である。
ガルドは魔法がそこまで得意ではないため大剣を使い魔物と対峙していることの方が多い。そのため、大剣には魔物のいろんなものが付着する。
幻覚の森にいる魔物の中で毒性を持っているのはモフォバだけだ。そのためガルドがモフォバとの戦闘を避けることが出来ていればライラ・ソルテットはリアの回復魔法あるいはガルドの攻撃で破損した試験管の内容物である治癒ポーションでそこまで時間を掛けずに傷を癒せていただろう。
しかし現実はそうはならなかった。モフォバの体液は治癒効果を阻害する効果を持つからだ。
光属性の回復魔法なら関係ないがリアの使う回復魔法は治癒魔法の効果が高まった程度の効力しかないためリアが私に回復魔法を使ったとしても劇的な変化が現れることはない。
「大丈夫か!?」
ライラ・ソルテットはモフォバの体液が原因で怪我を治すことが困難だとハーライト教員が確信したあたりで緊急事態だと連絡を受けた教員が到着した。
「治癒魔法が使える人はこの子に治療を! それ以外はあそこで暴れているのを取り押さえろ!」
「わかった!」
連絡を受けて私たちのもとに駆け付けたのは全員で五人。そのうち二人が治癒魔法を使えるらしく私の分身体はリアを含めて四人での治療を受けることになった。
モフォバの体液に含まれる毒性は治癒効果の阻害であり治癒効果の無効化ではないため阻害効果を超過する治癒効果を付与すれば治癒は開始される。
現在の治癒効果を数値で表すと、モフォバの体液はー20。逆にリアの回復魔法は+12。ほかの教員たちの治癒魔法がそれぞれ+3、と言ったところだろうか。
これらの合計値は+1となるため私の体には+1分の治療効果が表れる。
しかし今の私が負っている傷を治すために必要な治療効果は数値にすると二百を軽く超えているためリア達が必死に治療したとしても傷の治りは鈍重である。
モフォバの体液による治癒効果の阻害が無ければリア達の魔法は+21の治癒効果あるので目に見えて傷が治っていくことが確認できるだろうが、+1の治癒効果では傷が治っているのかどうかを判別するのは難しい。
ちなみに私が持ち込んだポーションの治癒効果は合計で120ほどだが、モフォバの体液が原因でポーション分の治癒効果は失われてしまった。
本来、モフォバの持つ治癒効果の阻害は数値で表すとー140もあるからだ。教員が三人集まって治癒魔法をかけて+9の治癒効果しかないのだからモフォバの体液が体内に入っている状態での大怪我は死を意味する。
ちゃんとした回復魔法の治癒効果を数値で表すと一万を軽く超えてくるのでリアがちゃんとした回復魔法を使えていた場合はモフォバの体液による回復効果の阻害などあってないようなものなのだがリアには不完全な状態の回復魔法しか使えていない。
「リア! くそぅはなせ!」
阿保三人は教員に取り押さえられて暴れているが、リアは見向きもせずに私の体に回復魔法をかけ続けていた。
これで、幻覚の森での物語は終了だ。この後はリア達が私の体にある傷を治すまで魔法をかけ続け、傷が治るとシトラル教育機関に戻ることになる。
私はしばらくの間、昏睡状態に陥るがリアや阿保三人に外傷はなく日常に戻る。
私の意識が戻るのは試験終了から一週間後であり私の意識が戻ってから初めてリアにであったタイミングでライラ・ソルテットは悪役令嬢となる。
悪役令嬢としてライラ・ソルテットが何をするのかというとリアにかなり過激なイジメを実行するのだがそのイジメは過激すぎると私は思う。
そのため私はこの過激なイジメを実行しない。ある程度はゲームのストーリーに沿うためにリアのことをイジメるつもりだが、ゲームの中で起きたいじめと比べると可愛いものだ。
幻覚の森にいる私の分身はリアやハーライト教員が何とかしてくれるのでその場に放置し、ダンジョン最下層にいる私はシトラル教育機関に戻る準備をしなければ。
「……許さない……」
突如として、聞こえてきたリアの声。これはリアに着けている護衛用の分身が捉えた音声だ。リアの様子は常に気に掛けていたからここまでリアの言動に異変がないことは確認済みだ。先ほどまでリアはたくさんの涙をこぼしながらもライラ・ソルテットの治療を行っていたし、今もそうだ。
分身から得られた情報からリアが『許さない』と言ったことは間違いがないのだが、これは……ゲームにはなかった展開だ。
リアは、涙を強引に服の裾でぬぐい阿保三人を睨め付ける。
「リア! そいつから離れるんだ!」
いまだに幻覚を見ているからか、それとも単にライラ・ソルテットを危険視しているからなのかは分からないバトルトの言葉に聞く耳を持たずにリアは回復魔法を使用した状態のまま阿保三人に自身の手のひらを向けた。
「な、なんだ?」
リアの行動に反応したのは阿保三人を取り押さえていた教員たちだ。阿保三人はリアの行動に気を取られている教員のわずかな隙をついて拘束から逃れリアのもとに向かう。
阿保三人に向けられた手のひらには魔力が集い始める。それは、一種の魔力現象である。集い始めるのは光属性の魔力、つまりはリアの魔力だ。
一か所に集まった光属性の魔力にはリアの意志によって質量が付与され、実態化する。
「「「リア!」」」
阿保三人はリアのことを想って駆け寄るが、リアは止まらない。
手のひらにある質量の付与された魔力の量は先ほどと比べて二倍近くに膨れ上がり、光属性の質量が付与された魔力はその特性から光を放つようになる。
「近づかないで」
冷やかな声とともにリアの手のひらにある質量を付与された魔力は放たれる。もともと一つだったものが三つに分裂し阿保三人の額に吸い込まれるようにして向かっていく。
リアが攻撃してくるわけがないと思っていたのか、放たれた魔力の飛来速度が速く対応できなかったからなのかはわからないが一切の防御をとることもできずにリアの攻撃は阿保三人の額に直撃。
阿保三人はその衝撃で僅かによろめいた後、体勢を立て直すことが出来ずにそのまま地面に倒れ意識を失ってしまった。脳震盪が原因だろう。
「……………………」
阿保三人が意識を失い倒れ込んだことを確認したリアは何も言わずにライラ・ソルテットの治療へと戻ったのだった
「あれが、光属性魔法……か」
「……あの速さの攻撃に対処するには骨が折れそうだな……威力が上がれば、なおさらな」
阿保三人を取り押さえていた教員は感嘆の声を漏らすが私は逆に落胆からため息をついてしまった。
「……リアからの好感度が高すぎたのかな……はぁ……」
これが、このリアの行動が今後に影響しないことを祈るばかりだ。




