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リアが涙をどうにか引っ込めて戻ってくるまでそれなりに時間が掛かったのだが、リア達が戻ってきた時にまず私が聞いたのはポーションを飲んだかどうか。
騙されないぞ、と思っている阿保三人はポーションを飲んだと返した。私はポーションの入っていた試験管の返却を求めなかったが、阿保三人はリアの分まで自身満々に返却してきたのでわずかに困惑する様子を見せながら、私は試験管を受け取りその場で試験管を魔法を使って洗浄。
ライラ・ソルテットはリアと阿保三人に毒を盛ろうなんて考えていないし阿保三人がポーションを飲んだと思っているためわざわざ試験管に飲んだ後が付いているかどうかなんて確認しない。
「戻ってくるのが少し遅かったですが……何か問題でもありましたか?」
「いや、何の問題もなかった。少し話していたんだ」
気丈にふるまうバトルトだが、注意深く見るとバトルトの手は若干震えている。ここが安全だとわかっていても何かに狙われている感覚が消えるわけではないため当然と言えば当然だが、バトルト含め阿保三人は自分たちに危険な何かを盛ろうとするライラ・ソルテットが提供する空間が安全だと思うのはなぜなのか?
平常時であっても危険物を持つ人物とは距離を置こうとするのが普通の反応なのではないかと思ってしまう。いや、私なんかよりも明確に脅威となる存在しない何かを感じているからこそ私の事なんて気にも留めていないのかもしれない。
だとしても、本当に結界を展開しているのかぐらい確認しないのだろうか……? まあ、私から危害を加えるつもりはないから、いいんだけど。
「実は、もう少し話しておかないといけないことがあるんだ……」
「わかりました。ですが日が落ちる頃には私のもとに戻ってきてくださいね」
「わかった……エメル、ガルド、行くぞ」
阿保三人は、リアを私の元において離れていき魔法でも使わない限り見えない場所まで移動してしまった……リアを置いて、だ。
置いていかれてしまったリアは阿保三人が向かった方向をしばらく見つめていたが不意に視線を外し、私の方を見たかと思えばすぐに目を逸らして特に変わったこともない木々を見つめ始めた。
「シュメラさん、どうですか着替えの方は。窮屈だったりしませんか?」
「っ……い、いえ……あ、この服、返しておきます」
そういってリアが差し出したのは裸のリアに私が着せてあげた衣服だ。幻影魔法がかけられているせいでどこを持てばいいのか分かりずらい。
「シュメラさん、これは幻影魔法なのですが破り方をお教えしましょうか?」
「え……あ……お、お願いします」
「幻影魔法は幻影を生み出す無属性魔法であり、幻影であるがゆえに実態は存在しません」
私は、リアから衣服を受け取ろうとするがそれは幻影の部分であるがゆえにつかむことはできない。
「実態がないためこのように実際に掴んでみる、というのも効果的ですがこれは効率的ではありません。また場合によっては幻影魔法によって作り出した幻影を掴むことは危険な行為となるのです……なぜか、分かりますか?」
「……幻影で実態のある危険物が隠されている可能性があるから……でしょうか?」
「その通りです。木の棒だと思って触ったら毒が大量に塗られていた刃物だった、なんてことも起きかねません。では、触れずに幻影魔法を打ち破る方法とは何か? それは幻影魔法が魔法であるがゆえに生まれる弱点を突く方法です」
「あ……もしかして、幻影に対して魔力を……?」
「正解です。さあ、実践してみましょう」
リアは、自分が持っている衣服に対して魔力を放出した。するとリアの魔力が触れた場所の幻影は消え去ってしまった。
「魔法とは、特定の性質を持つ魔力を放った際に起こる魔力現象と特定の状態を保つ魔力現象が引き起こす魔力現象のことを指します。つまり幻影魔法も特定の性質を持つ魔力を放った際に起こる魔力現象と特定の状態を保つ魔力現象が引き起こす魔力現象であるため幻影魔法を構築する魔力現象を乱すことで魔法を打ち消すことが可能なのです」
「でも、幻影魔法の使用者が魔力現象を維持しようとした場合は……」
「ええ、魔力を放出したところで幻影魔法を打ち消すことが出来ない場合がほとんどです」
私はリアの発言を肯定しつつ服を受け取って、衣服に掛かった幻影魔法を完全に解いて羽織りなおす。
「その場合は、どうすればいいのでしょうか?」
「何もしなくて構わないと思います。幻影魔法を使用していることがばれた時点で幻影魔法を使用し続けることで生じる利益などたかが知れていると思うんです。もちろん、場合によるので一概にこうだ、とは言えないのですが」
「なるほど……」
納得する様子を見せたリアは口を開き何か言おうとしたが、それを遮るようにしてリアのお腹が鳴ってしまう。
「あ…………」
あっという間に顔が赤くなっていくリアだがこの時、ライラ・ソルテットは悲しそうな表情を見せる。
「やはり、昨日今日と何も食べていないのでは?」
「え……確かに、そう、かもしれないです」
「では、何か食べますか? 実は携帯食料以外にいくつか食べ物を持ってきているんです」
「い、いいんですか?」
「ええ、構いませんよ」
そういいつつ私は荷物を纏めてあるカバンの中から紐でくくられた籠を机の上に置く。
「パンが入っていますが……一日の間、何も食べていないのなら、ドライフルーツなどいかがですか? ああ、これは渡してはいけないものでした……」
「わ、渡してはいけないもの……?」
「私は耐性が付いているので問題ないのですが……毒性のある物が含まれているんです」
「毒性のある物……?」
「ええ、この中には毒物……アルコールが含まれる物があるんです。この森の夜が少し冷えると聞きましたので、火が起こせない場合や気付け用に持ち込んだんです。アルコールに耐性がない場合、アルコールは毒になりえます」
「毒性の、ある……もの……」
来た。これだ、このセリフ。このセリフをリアが口にしたということは今後の展開はほとんど決定したと言っていいだろう。
まあ、幻覚の森での試験が今までゲーム通りに進んできたことを考えればこの展開は避けられなかったと言ってもいいだろうが……それでも、このセリフがあることで私の覚悟も決まったというものだ。
「どうかしました?」
私は、できる限り優しい声色でリアに声をかける。リアは、おびえた様子で私を見る。
「シュメラさん?」
「……あ、いえ……な、なんでもありません」
「……実は、パンをそのまま食べるのも少し味気ないと考えて果物をつぶしてペースト状にしたものを持って来たんです。一緒にどうですか? 安心してください、これはブドウをつぶしたもので……毒物ではありません」
「……毒……」
リアは、呆然とその言葉を口にした。
「……どうかしましたか?」
「い、いえ……あの、私……ランハレト様のもとに……」
「ええ、どうぞ……」
私は、引き留めることもなくリアをバトルトのもとに向かわせる。
「……魔法の完成を急がないと……」
ライラ・ソルテットはこの時点でリアがポーションを飲んでいないことに気づいた。だからこのセリフを口にした。すでに私としては専用の解毒魔法を使えるようになっているのだがゲームの中のライラ・ソルテットはここから必死に専用の解毒魔法の研究を進める。
リアが私の元を離れてから少し時間がたった。見るからに様子がおかしいリアと阿保三人が戻ってきたため魔導書から目を離して私は言う。
「お話は終わりましたか?」
「ああ……」
「そうですか……何か困ったことがあれば言ってください。手助けします」
「そうか、ありがとう」
様子のおかしい四人を代表してバトルトが私との受け応えを担当しているが阿保三人の私を見る目は敵意が隠されいない。
そこから私たちの間に会話は起きない。様子のおかしい四人は私から少し離れた地面に座っているが私から目を離そうとしない。
私は私で魔導書に向き合い続けている。やがて日が落ち始めランタンに火を付けでもしない限り文字が読めなくなるぐらいに辺りは暗くなっていく。
様子のおかしい四人はそのタイミングで周辺に火の玉を放ち光源を確保し暗さゆえに私が何をしているのかわからなくなってしまうことが無いようにした。
それからまた少し経った。ライラ・ソルテットとしてはこの後も専用の解読魔法を使えるように研究の続行したかったのだろうが様子のおかしい四人の様子がさらにおかしくなったことに気づいてライラ・ソルテットは簡易テントを立ててその日はもう休むことにした。
なぜこのような行動をとったのかというとさらに様子のおかしくなった四人はライラ・ソルテットから視線を外さずにそれぞれの獲物に手を伸ばしていたからだ。
バトルトは長剣、ガルドは大剣、エメルは杖にリアはバトルトにもらった短剣を握っているしこの四人は幻覚を見ていて正常な判断ができないとなると、恐ろしいことこの上ない。ライラ・ソルテットは優秀だが四対一でどうにかなるほどではない。
この時のライラ・ソルテットは様子のおかしい四人が眠った後に行動を起こす気だったがそれは誤った判断だ。これから起こることを考えればライラ・ソルテットはこの時点で専用の解毒魔法が完成、或いは完成目前といった具合だ。
どっちの場合だとしてもテントの中で休む前に様子のおかしい四人に対して専用の解毒魔法を使っておくべきだった。
魔法が完成していなくても様子のおかしい四人から目を離さなければ結末は変わったのかもしれないがゲームの中のライラ・ソルテットはいつ攻撃してきてもおかしくない様子の四人が恐ろしかったのだろう。
そんなことを考えている内に、様子のおかしな四人の幻覚症状はより一層ひどくなっていく。
「あ、ああああぁぁぁぁっぁあああ!!」
唐突に叫び始めるのはガルドである。立ち上がり大剣を振り回し始める。
リアやバトルト、エメルはガルドから離れるが武器を振り回すガルドの怯えている声や恐怖でゆがむ表情を見てしまう。ガルドの恐怖が一気に伝播しリアとバトルト、エメルも恐怖に染まり錯乱し始める。
「くそ、くそぉぉぉぉぉぉ!」
「離れろ! 離れろよ!」
「嫌だ……やめて……ごめんなさいごめんなさい……いや、いやぁぁぁぁぁぁ!」
地獄絵図である。これもゲームと同じ展開だがこの時、ゲーム内のライラ・ソルテットはどう思っていたのだろうか? ゲーム内のライラ・ソルテットは様子のおかしい四人が眠った後に行動を起こす気だったという考えが正しければゲーム内のライラ・ソルテットは様子のおかしい四人が叫んでいる時も意識がハッキリとしていた状態で四人が眠るのを待っていたのだろうけど、一体どんな心境だったのだろうか? 怖かったのだろうか? それとも冷静にどうすればいいのかを考えられていたのだろうか?
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! どこだ! どこにいやがる!」
「くそ! なんで、なんなんだ! っ! あれだ! あの煙のせいだ!」
錯乱するバトルトは私が焚いている魔除けのお香から出る煙を指さし煙に向かって水属性魔法を使う。
煙に対して水属性魔法を使ったとしても大したことはないが煙に向けた水属性魔法がお香の火を消してしまい魔除けのお香は効力を無くしてしまう。
「ひぃぃやだああぁぁく、くるなぁぁぁぁ!」
錯乱したエメルは四大属性の魔法を周辺にまき散らし始める。魔法はバトルトやガルドに着弾するがまともな威力はないため怪我を負うことはない。
「やだ……やめて……やめて……ごめんなさい……ごめんなさい……もう、やだ……殺してよ……誰か助けて……」
一番おとなしいのはリアだがリアの口から出る言葉からは闇を感じられる。そしてこのセリフはゲーム内と同じ。つまりリアが過去に経験したこともゲームと同じだと考えてもいいだろう。
それからしばらくの間、樹木にもたれ掛かって座るリアと発狂する阿保三人だったが突如としてなる大きな警報音に全員の動きが止まる。
「な、何の音だ!?」
バトルトは叫ぶが、その間にも大きな警報音はなり続けている。この警報音は私が設置した結界魔法から発せられている音である。
この音は明るく広範囲を照らす火の玉や阿保三人の大声に呼び寄せられた魔物が結界を通過し私達の元に向って来ていることを知らせている。
「これだ! こいつが音を立てている!」
ガルドが結界魔法を展開し続けるための魔道具を見つけたようで、それをためらいもなく破壊し安堵の表情を浮かべるがこの結界魔法は三十センチ以上の物体が結界を通過したことを知らせるための物だ。
そのため音が鳴らなくなったところで魔物が消えて居なくなるわけではない。
警報音は消えるが消えるはずもない魔物がリアと阿保三人に襲い掛かる。
「くそっ! さっきの音のせいで!」
音が鳴ってから三十秒もたたないうちに魔物が襲い掛かってくるなんてことはないので今襲い掛かってきている魔物は阿保三人が呼び寄せた魔物だ。
もう少ししたら警報音が原因で寄って来た魔物に襲われるかもしれないが警報音より今も周囲を明るく照らし続ける火の玉が原因で寄ってくる魔物の数と比べればそこまで多くはないだろう。
そんなことを考えている内に阿保三人は魔物との戦闘を開始。リアは動きを見せない。
「お、多い! 多すぎる!」
悲痛な表情で叫ぶバトルトだが実際に対峙している魔物の数は五体だ。恐らくバトルトは幻覚により対峙している魔物の数が多く見えているのだろう。エメルやガルドもそうみたいだ。
魔物が居ない場所に魔法を打ち込み武器を振るう。まれに魔物が居る場所に攻撃できているがそんなことをしている間に別の実在する魔物が増えていてしまいあっという間に阿保三人は実在する魔物に取り囲まれてしまう。
幻覚で大量の魔物を見ているため阿保三人にとっては現状が大きく変わったわけではないだろうが、幻覚を見ていないものからすれば阿保三人はどんどん境地に陥りつつある。
リアはずっと動いていないので魔物には狙われていないがそれは阿保三人が魔物を引き付けているからだ。阿保三人が魔物を引き付けきれなければリアも魔物の標的になるだろう。
阿保三人が魔物に囲まれても無事なのは阿保三人のスペックが高いからでありリアが魔物に狙われると一溜りもないだろう。
だがリアが魔物に狙われ攻撃されることはない。ライラ・ソルテットはもう少し時間が経つと魔導書を持ってテントから飛び出してリアに対して専用の解毒魔法を使用するからだ。そして、私がテントを出てからリアに専用の解毒魔法を使うまでの間に私を悪役令嬢へと変貌させるような出来事が起こる。
「うおおおおおおおおぉぉぉっ!」
ガルドの雄叫びが聞こえたそのタイミングで私はテントの中から外の様子を伺う。
私は魔法で現状を正確に把握しているがゲームと同じような動きをするためににライラ・ソルテットが状況を把握するのに必要な時間だけ周辺を見渡す。
暴れる阿保三人とうずくまっているリアを見てライラ・ソルテットがとるべき行動は一つしかない。それはリアの救出だ。
リアにも重度の幻覚症状が出ているのだろうが阿保三人と違って暴れていないからだ。
私は一キロ先までの魔物の動きを把握してはいるもののライラ・ソルテットとして近くに魔物が居ないかを目視で念入りに確認したのちに魔導書を携えてリアのもとに走る。
「シュメラさん、大丈夫ですか?」
「……………………」
声をかけるがリアは反応しない。
「っく……魔法が……」
幻覚を見ている阿保三人は幻覚に向けて魔法を放つが幻覚に攻撃が当たる訳がない。
阿保三人は周りをちゃんと見ていないので放った魔法の延長線上にリアがいる気づかない。そのせいでエメルが土魔法で生み出した拳程度の大きさを持つ石がリアのもたれ掛かる樹木を抉る。
「シュメラさん、少し移動しますよ」
「……………………」
リアからは何の返事も帰ってこないため私は強引にリアを抱え阿保三人から遠ざかる。
私がリアを連れていく方向にも魔物はいるが音を立てずに移動する私よりも激しく動き大きな音を立てている阿保三人の方へと注意が向くため魔物たちは私を発見できていない。
「おろしますよ」
私は慎重にリアを地面に横たえ、魔導書を開く。
「……成功するかどうか……」
私は思ってもないことを口にしつつ、専用の解毒魔法をリアに掛けようとする。しかし意識を失っていなかったリアは至近距離で魔法が行使されかけていることに気づき、目を見開く。
リアの目に映るのは毒と結びついているライラ・ソルテットだ。
幻覚を見ているせいでまともな判断能力なんてもう残っていないリアは自衛行動を取った。
ライラ・ソルテットが発動しようとしている魔法が特殊な魔法だということを感じ取ったが故の行動なのかもしれないがリアの自衛行動はいくら何でもやり過ぎだと思う。
「うわあああああぁぁぁぁ!!」
専用の解毒魔法を発動させようと集中しているライラ・ソルテットはリアの行動に対処するのが遅れてしまう。
リアは、バトルトからもらったという護身用の短剣を、私のお腹に、突き刺した。
「――っぐぇ?」
痛い、と言うより熱い、という感覚が腹部を襲う。
状況を飲み込めなかったのだろう。ライラ・ソルテットはリアから距離を離そうとするがあっけなくバランスを崩して地面に倒れ込んでしまう。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」
そして地面に倒れ込んだ私に息を荒くしたリアが馬乗りになる。
「ぅぐ……しゅ、めら、さん……」
「あああああああぁぁぁぁぁ!!」
リアが大きく振りかぶる短剣は私の心臓を突き指そうとしている。
私は体をかばうためにもリアの短剣を止めようとするがライラ・ソルテットはそれを防ぐことが出来ず短剣は心臓、ではなく手のひらに突き刺さる。リアの手首を掴もうとしたものの距離を見誤っていたのだ。
「ぎぃ……しゅめら――」
手のひらから引き抜かれた短剣は再び私の体に振り下ろされる。しかしライラ・ソルテットはそれを防ぐことが出来ない、が心臓に短剣を突き立てられることだけは防ぐ。
「しゅめ――」
リアは、短剣を振り下ろし私の体を突く。
「しゅ――」
リアは短剣を振り下ろす。
「――――」
リアは短剣を振り下ろす。これで五回目だ。
「――――――」
六回七回八回九回十回十一回十二回十三回十四回十五回十六回十七回十八回十九回二十回二十一回二十二回――
「や――――――」
二十三回
「やめ――――――」
二十四回
「やめ――――――」
二十五回
「やべて――――――」
二十六回
「やべてやめて――――――」
何度も、何度もリアは私に短剣を振り下ろす。体を庇っている手と腕にはすでに二十六個の刺し傷が付けられている。
「やめて……」
ずたずたにされた筋肉に力を入れる事はできず地面に垂れているだけの腕では体を守ることは出来ない。
「やぇて……」
それでも容赦なく短剣は振り下ろされる。これで二十七回目だ。
「あ――ぁ――」
掠れる声を私は出す。この分身は現時点でライラ・ソルテットが持っていてもおかしくない力しか与えていない。
そのため多くの傷を負い出血が激しければ呂律は回らなくなるし視界だってぼやけ始めるし最終的には死んでしまう。そのため死に瀕した際に口から漏れ出す弱弱しい声を出すのはそう難しいことではない。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
荒い呼吸をしながらもリアの動きは止まらない。さらに、もう一度、短剣は振り下ろされる。これで二十八回目だ。
「――――――――あぁ」
このタイミングで、瀕死のライラ・ソルテットは魔法を行使する。行使する魔法は攻撃魔法ではなくリアの幻覚を取り払うための解毒魔法だ。
ライラ・ソルテットが攻撃魔法を使用しなかった理由は解毒魔法の発動準備が完了していたからだ。いざ発動しようというタイミングでリアに攻撃されてしまい解毒魔法の維持で精一杯な状態になってしまった。
そんなライラ・ソルテットがこのタイミングで解毒魔法を使用したのはリアの攻撃に対して抵抗することが出来なくなってしまった分魔法の行使に集中できるようになったからだろう。
「……え……? ……あれ?」
私の使った解毒魔法は確かに作用したらしくリアを正気に戻すことに成功する。
正気に戻ったリアが目にするのは血まみれでいたるところに刺し傷のある私と自分が握りしめている血濡れた短剣である。
モフォバの鱗粉は幻覚を見せるだけで記憶障害を引き起こすわけではないため幻覚が解けてしまえば自分が何をしていたのか理解できてしまう。
「あ……え……わ、た――」
「でりぁあああああああ!!」
後ずさり困惑するリアの声を遮るように、ガルドは雄叫びを上げる。阿保三人の雄叫びは魔物との戦闘で何度も耳にしている私とリアがだ、その雄叫びは耳が痛くなるぐらいの声量があった。
それもそのはず、私とリアに向かってガルドが全速力で向かって来ているからだ。
ガルドは私たちの近くまで来ると大きく踏み込み、武器を振るった。そしてガルドの振るった武器は真っすぐに私の元へと向かってくる。
もうほとんど意識を失っているライラ・ソルテットがその攻撃を避けることが出来るはずもなくガルドの攻撃は私の横腹あたりを大きく抉り私の体を後方へと吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされた私の体は近くの樹木に叩きつけられ樹木には傷口からあふれ出した血が派手に飛び散る。
「……………………」
いきなりのことで唖然とするリアだがガルドは荒い呼吸を繰り返しながら私のことを睨みつける。しかし私はピクリとも動かない。またリアの短剣で突かれた傷とは比べ物にならないぐらいに大きな傷口からはとめどなく血が流れだしている。
「リア! くそっエメル! リアに変な魔法が掛けられた!」
ガルドの言う変な魔法というのはもちろん私がリアに掛けた解毒魔法である。
「ちっ聞こえてないのか!」
阿保三人は自分が見る幻覚と戦うので精一杯なので手を貸す余裕はない。ガルドにも余裕なんてないし今までの戦いではリアのことを気にもかけていなかった。
だが今回はリアの異変に気付くことが出来た。これは成長と言えなくはないだろう。
そんなガルドはエメルの援護に向った。そのため置いて行かれたリアとピクリとも動かない血濡れたライラ・ソルテットだけがこの場に残っている。
「あ、あ……あぁ……し、信号魔法……」
時間をかけて現状を把握したリアは信号魔法を使えば教員が駆けつけてくれることを思い出し、信号魔法を使う。阿保三人はそれに気が付いていない。
「……ち、治療……治療しなきゃ……」
よろよろと立ち上がったリアは安定しない足取りで私に近づいていった。
その間に信号魔法が使われたことに気が付いた教員が信号魔法の放たれた場所に向かっていた。教員たちは信号魔法を放ちそれを傍受する魔道具を用いて連絡を取り合っている。そのため教員間での連携が取りやすく何人もの教員が信号魔法の放たれた場所に集まることはない。
今回、一番近くにいたのはゲームと同じでハーライト教員である。




