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【完結】貧乏令嬢は鑑定したい  作者: ましろゆきな


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第七話:砕け散る日常、緋色の激情

「アレクセイ様、違法な『呪いの魔石』についての情報が入りました」


 執務室で書類に目を通していたアレクセイにカイが声をかけた。


「ああ、詳しく聞かせてくれ」


「一週間後、王都の貧民街にある廃教会で大きな取引が行われると」


 いつもの依頼。サイラスから「影の掃除屋」としての仕事内容だった。


「……わかった。取引現場を抑えよう」




「あれは、アレクセイ殿下――?」


 リリアは離宮の裏庭で 灰銀色(アッシュグレイ)の髪を見かけた。何ということか、遠目にもわかるくらい顔色が悪いのが見て取れた。


(翡翠でケアしたばかりなのに、また疲れが溜まってしまうなんて)


 その後ろに従うカイの様子も変な感じがした。変な緊張感が漂っている。


「絶対、何か危険なことがあるに違いないわ!」


 アレクセイは夜な夜な姿が見えなくなることがあり、帰って来る時にひどく疲れていることが多い。


 こっそり見ていて知ったことだから、直接原因を聞いたことはないけれど、何とかしなくては!


(私が近くにいれば、もしもの時に『治療効果のある貴石』でサポートできるかも!)


 誰に見せるわけでもないのに謎の使命感と心配な気持ちで手を強く握りしめて、こっそり後を追うことに決めたのだった。

「善は急げだわ!」


 リリアは部屋に取って返すと、愛用の革鞄をひっくり返した。 中からジャラジャラと出てきたのは、化粧道具でもハンカチでもなく、色とりどりの原石たちだ。


「止血用のブラッドストーンに、解毒作用のあるマラカイト。それから、精神安定のためのアメジスト……よし、完璧!」


 ドレスのポケットがはち切れんばかりに石を詰め込むと、彼女は黒いマントを羽織り、夜の闇に紛れて王宮を抜け出した。


 ◇


 王都の最果て、貧民街。 腐った水の臭いと、どこか焦げたような臭いが鼻をつく。


(うぅ……さすがに怖いかも。でも、殿下のためよ!)


 リリアは震える足を押さえつけ、アレクセイたちが乗った馬車が停まった路地の陰に身を潜めた。 目の前にあるのは、崩れかけた尖塔を持つ廃教会だ。かつては神の家だった場所も、今では窓ガラスが割れ、不気味な静寂に包まれている。


 アレクセイとカイが、音もなくその中へと入っていく。 リリアもまた、瓦礫の山を慎重に乗り越え、壊れた窓の隙間から中を覗き込んだ。


「――約束の物は持ってきたか?」


 教会の中、月明かりだけが頼りの暗闇で、数人の男たちがアレクセイたちを取り囲んでいた。 ガラの悪い男たちだ。腰には剣やナイフを下げている。


 対するアレクセイは、武器も構えず、ただ優雅にそこに立っていた。 だが、リリアはその横顔を見て息を呑んだ。


(殿下……?)


 いつもの気だるげな表情はどこにもない。 そこにいるのは、感情の一切を切り捨てた、冷徹な彫像のようだった。


「……ああ、持ってきたとも。だが、先に金を見せてもらおうか」


 密売人の一人がニヤつきながら、木箱を開ける。 そこには、禍々しい紫色の光を放つ石――『呪いの魔石』が詰め込まれていた。


 その瞬間。 アレクセイの瞳が、暗闇の中で妖しく発光した。


 昼間の優しい緑ではない。 蝋燭の下での華やかな赤紫でもない。


 それは、獲物を前にした捕食者のような、鮮血の赤。


「……確認した。第一級禁忌鉱物『カース・アメジスト』の変種か。随分と質の悪いものを持ち込んだな」


 アレクセイの声が、廃教会の冷たい空気をさらに凍らせる。


「取引成立だ。……代金は、貴様らのその薄汚い命で払ってもらおうか」


「なっ、てめぇ!?」


 男たちが武器を抜くより早く、アレクセイの手元で何かが閃いた。 抜剣。その速さは、リリアの目では追うことさえできなかった。


(っ、これが殿下の『裏の仕事』……!)


 リリアは口元を押さえた。 恐怖もあった。だがそれ以上に、剣を振るうたびに一瞬だけ苦痛に歪むアレクセイの眉間が、彼女の胸を締め付けた。


(やっぱり、無理してる。あんなに冷たい顔をしているのに、瞳だけが悲鳴を上げているみたい……)


 その時だった。 追い詰められたリーダー格の男が、懐から不気味に脈打つ黒い石を取り出したのは。


「へっ、化け物め! 道連れだ! この『爆裂石』で吹き飛びやがれ!」


「しまっ……!」


 アレクセイの反応が一瞬遅れる。疲労で足が重いのだ。 カイは別の敵を押さえていて間に合わない。 男が腕を振り上げ、黒い石を地面に叩きつけようとした――その瞬間。


「ダメェェェッ!!」


 リリアの体が、思考するよりも先に飛び出していた。

 叫び声と共に、小さな影が飛び出した。リリアだ。


 彼女はアレクを庇うように前に立ち塞がり――ではなく、なんと飛んできた黒い石を素手でキャッチした。


「なっ!?」


 敵も味方も凍りつく。


「こ、これは……! 第一級指定禁忌鉱物『デビル・オブシディアン』の粗悪品!? こんな不安定な石を投げるなんて、鉱物に対する冒涜よ!」


 リリアは叫びながら、とっさにポケットから別の石(中和剤となる石英など)を取り出し、黒い石に押し当てて魔力を封じ込めた。


 爆発は防がれた。


 だが、逆上した男が隠し持っていた短剣を振り上げ、リリアに襲いかかる。


「このアマァッ!」


「リリアッ!!」


 アレクセイが叫び、手を伸ばす。


 間に合った――かに見えたが、切っ先がリリアの二の腕を浅く切り裂いた。


 赤い血が、石畳にポタポタと落ちる。


 シーン3:宝石(リリア)の傷、暴走する赤


「あっ……痛っ……」


 リリアが腕を押さえて膝をつく。


 その瞬間、廃教会の空気が凍りついた。いや、沸騰した。


「…………きさま」


 地を這うような低い声。


 密売人の男が顔を上げると、そこにはこの世の終わりを見るような形相のアレクセイが立っていた。


 彼の瞳の赤紫色が、かつてないほど激しく発光している。


 それは冷徹なルビーの色ではない。すべてを焼き尽くすマグマの色だった。


「僕の……僕の宝石(リリア)に、何をした」


 理性が飛び、魔力が暴走する。


 アレクセイの周囲の空気が歪み、ステンドグラスがガシャン!と音を立てて砕け散った。


「ひ、ひぃっ! 化け物……!」


 男が腰を抜かす。


 アレクセイは剣を捨て、素手で男の胸ぐらを掴み上げると、殺意の塊のような瞳で睨みつけた。


「死をもって償え。……いや、死ですら生温い」


「殿下! いけません! 殺してはなりません!」


 カイが必死に叫ぶが、暴走したアレクには届かない。


 彼の手から放たれる魔力が、男を焼き尽くそうとしたその時。


「……ダメです、殿下」


 血に濡れた手が、アレクの頬に触れた。


「リリア……?」


 アレクセイの動きが止まる。


 リリアは痛みで顔をしかめながらも、暴走する彼の瞳を真っ直ぐに見つめていた。


「そんな怖い顔をしないでください。……せっかくの綺麗な瞳が、怒りで濁ってしまいます」


「君は……自分が何をされたか分かっているのか!? 傷が! 血が!」


「かすり傷です。それより……貴方が誰かを傷つけて、後で自分を責める方が、私には痛いです」


 リリアの言葉に、アレクセイの瞳から急速に狂気が引いていく。


 代わりに溢れてきたのは、どうしようもないほどの後悔と恐怖だった。


 彼は崩れ落ちるようにリリアを抱きしめた。


「すまない……すまない……! 君を守るはずの力が、結局君を危険に晒した……!」


「殿下……痛いです、ギューってしすぎです」


「ああ、すまない……! すぐに医者を! カイ、馬車を回せ!」

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