第四話:将を射んと欲すれば、先ず執事を落とせ
「くっ……あの筋肉騎士め……! なんであんなに頑丈なのよ!」
リリアはあてがわれた客室の中を、檻の中の熊のようにぐるぐると歩き回っていた。
脳裏に浮かぶのは、アレクセイの隣に立つ護衛騎士カイの冷徹な鉄仮面だ。 『不許可です』 あの一言で、私の神聖な研究計画は頓挫している。
「真正面から突破しようとするから弾かれるのよね。物理的な硬度が無理なら、酸で溶かすか、熱で変性させるか……」
ブツブツと不穏な独り言を呟きながら、爪を噛む。 アレクセイ殿下の瞳を拝むためには、あの鉄壁の騎士をどうにか排除……もとい、懐柔しなければならない。
コンコン、と控えめだが品のあるノックの音が響いた。
「はい、どうぞ!」
「失礼いたします、リリア様。お寛ぎのところ恐縮です」
扉が開くと、銀髪をオールバックにし、片眼鏡をかけた初老の男性が、湯気の立つティーセットを載せたワゴンを押して入ってきた。 この離宮の管理を任されている老執事、ウィルフレッドだ。
「少し根を詰めておられるご様子でしたので、ハーブティーをお持ちしました」
「あ、ありがとうございます! ウィルフレッドさん、気が利きすぎですね!」
リリアは駆け寄ると、芳醇な香りの紅茶を受け取った。一口飲むと、張り詰めていた神経が少し緩むのを感じる。
「ふぅ……生き返りますっ。さすが、殿下の小さい頃からお仕えしているだけありますね」
「お褒めにあずかり光栄です。殿下がお生まれになる前から、この王宮におりますので」
ウィルフレッドは柔和な笑みを浮かべた。 その瞬間、リリアの脳裏に稲妻が走った。
(――待って。この人、殿下の生まれた時から知ってるの?)
リリアはカップを置き、眼鏡の奥の瞳をキラリと光らせた。 東方の国には、こんなことわざがあるという。 『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』。
ターゲットを落とすには、まずその周囲を攻めろ。だが、そのカイが強敵すぎるなら……さらにその外堀、この老執事を味方につければいいのではないか?
「ウィルフレッドさん」
「はい、何でございましょう?」
リリアはズイッと彼に詰め寄った。
「相談に乗ってください! 私、どうしても殿下の瞳を……いえ、殿下のお役に立ちたいんです! でも、カイさんが怖くて近づけなくて!」
「お役に、でございますか?」
ウィルフレッドは片眼鏡の奥で目を丸くした。 リリアは大きく頷く。嘘は言っていない。鑑定も研究も、最終的には「国宝の保存」という国益になるのだから(リリア理論)。
「カイさんは鉄壁すぎて、私の情熱が届かないんです。殿下の昔を知るウィルフレッドさんなら、カイさんの『弱点』とか『攻略法』をご存知なんじゃないですか?」
「ふむ……カイ殿の弱点、ですか」
ウィルフレッドは顎に手を当て、少し困ったように、しかし楽しげに微笑んだ。
「カイ殿は実直で融通がききませんが、それは全てアレクセイ殿下をお守りしたいという忠誠心ゆえ。……彼を動かすには、『論理』ではなく『情』に訴えるのがよろしいかと」
「情……?」
「ええ。例えば……カイ殿は、アレクセイ殿下が『心からリラックスされている姿』にはめっぽう弱いのです。殿下が無理をして笑っている時と、本当に楽しんでいる時を見分けることにかけては、私の目も及びません」
「殿下が、本当に楽しんでいる時……」
「はい。もしリリア様が、殿下を研究対象としてではなく、『殿下の心をほぐす存在』であると証明できれば……あの鉄壁も、自ずと開くかもしれませんな」
ウィルフレッドは意味深にウィンクをした。
「ちなみに、明日の午後は殿下の執務が空きます。カイ殿も少し気が緩む時間帯……庭園の『秘密の温室』などは、狙い目かもしれません」
リリアはガッツポーズをした。
「ありがとうございます、師匠! さっそく『温室奇襲作戦』を立てます!」
「ふふ、お手柔らかにお願いしますよ。……未来のお妃様」
ウィルフレッドは、嵐のように元気なリリアの背中を、温かい目で見送った。 彼には見えていたのかもしれない。 この突拍子もない令嬢が、閉ざされた王子の心と、頑固な騎士の警戒心を溶かす未来が。




