第三話:護衛騎士の鉄壁の防御
契約婚約の翌日。
リリアは王宮に用意された私室へ移り住むや否や、宝物庫の鍵よりも先に、アレクセイの瞳のデータ収集を最優先した。
彼女は朝食を終えるやいなや、小型の単眼鏡と分光器を手にアレクセイの私室へ乗り込む。
「おはようございますっ、アレクセイ殿下! 本日からさっそく研究を開始させていただきます! 朝は最も瞳が安定しない時間帯。緑色のスペクトルを正確に記録させてください!」
アレクセイは朝食後のソファで優雅に紅茶を飲んでいたが、彼の隣には、岩のように動かない影が立っていた。護衛騎士のカイ・カーネリアンだ。
カイはリリアを頭からつま先まで値踏みし、明らかに冷たい視線を送る。
「恐れ入ります、リリア殿。婚約契約は承知しておりますが、殿下の私的な時間は、公務と同等に守るべきものです。殿下の御身を、研究の『道具』のように扱うことは許されません」
リリアは驚き、カイを見返した。彼の瞳には、アレクセイへの絶対的な忠誠心と、リリアへの明確な警戒心が宿っていた。
「道具……? 私は人類の至宝たるアレキサンドライトの瞳を、科学的に検証するのですよ! 契約で研究の許可をいただいています!」
「その研究に、身体的な接触は含まれますか?」
カイは一歩踏み出し、アレクセイとリリアの間に文字通りの鉄壁を築いた。
「もち、もちろん! 瞳孔の反応を調べるために至近距離での単眼鏡の使用、そして皮膚の温度による色の変化を見るために……手首を拝借するかもしれません!」
「不許可です」カイは即座に切り捨てた。「殿下のお身体、特に瞳に手を触れるなど、言語道断。貴方が近づくなら、私は職務として貴方を排除いたします」
「なっ……! 貴方、それでも騎士ですか! 宝石の美の真実を探求する者を邪魔するなんて、文化的な蛮行です!」
リリアは理不尽さに頬を膨らませ、鉄壁のカイを睨んだが、その強固な意志に一歩も近づけない。
ソファでその様子を眺めていたアレクセイは、口元に笑みを浮かべる。
「まあそう怒るな、リリア嬢。契約はしただろう? 僕の瞳は、君の自由にはならない。それが、僕の安全と引き換えの対価だ」
アレクセイの緑色の瞳は、心なしか楽しげに揺らめいていた。リリアがダリウスに夢中になった苛立ちを、この形で返しているかのようだった。
「くっ……! 貴方の瞳を拝見するために、この鉄壁の防御をどう崩すか、計算し直す必要がありそうですね!」
リリアは悔しさに歯噛みし、単眼鏡を乱暴にケースにしまうと、アレクセイとカイに宣戦布告するかのように、私室を後にしたのだった。




