蘇生の話
「ファニーさんにマーチェさんは、エビルたちの力を使って何をしたいんですか?」
「……っ」
誠にそう問われ、ファニーはマーチェの顔を見た。マーチェはファニーの疑問に気づき、ブンブンと首を振る。
「喋ってませんよ私は! てかなんで誠さんそんなことに気づいてるんですか! 心でも読んだんですか!?」
「そんな力はない。ただ、それしかなかっただけですよ」
トントンと誠はエビルに作られた左眼を叩く。エビルと契約した時、エビルに眼の代わりとして作られたものだ。
「……俺に関係あることとすれば、エビルたちの依代だってことだけ。少なくとも、出会った時は間違いなくそうだった。可能性が一つしかないんだから、気づくのは簡単だと思いますけど」
今は別の手札あるけどね、と誠は心の中で付け足す。その手札はファニーたちが知ってはいけないし、エビルたちや葉奈たちにも知られてはいけない手札だ。
「まあ、俺がなんで気づけたかはいいでしょ。それより、こっちの質問の答えは?」
「……はぁ。仕方ありませんわね」
観念したようにファニーはため息をつきながら言う。
「……過去への干渉ですわ」
「……干渉?」
「ええ。誠は神の子たち全員の力を手に入れたらどうなるか予想できます?」
「神様になる。世界中の風や水を操ることも、なんなら新しい星を作ってそこに移住するだってできるようになる」
なんでもないことかのようにさらりと言う誠を見て、ファニーもマーチェも呆れたような顔になる。
「……事のスケールが分かってますの?」
「神様ですよ神様。比喩でもなんでもなく、ただの人間が神様になるんですよ? それがどれだけ凄いことか分かります?」
「……って言われてもなー」
正直その手のネタはゲームで散々やってるから驚くことじゃないし、と誠は思ってしまう。どうせならならこっちの予想を超えることをしてもらいたいものだ。
(どーせあれだろ? 神の力を全部集めた瞬間に隠居したとかいう神が現れて『ご苦労だった。その体は私が貰っていく』とか言って体乗っ取られるんだろ? はいはい天ぷら天ぷら美味しいですね。……今日の夕飯揚げ物にするか)
誠が全く別のことを考え出しているのに気付かず、ファニーは続ける。
「神になれば、この世界のあらゆることに干渉できるようになりますわ。人々の意思を操るのも、新しい生物を作り出すことも。……空間を通じて、過去や未来に行くことも」
「それでどうするんですか? 過去に行って何を? 嫌いな獣人たちが生まれないようにでもしますか? それとも、殺された誰かを助けにでも?」
「……ええ、そうですわ」
適当に言ったことを肯定され、誠の開いていた口が閉じる。
ファニーの目は真剣そのものであり、誠を射抜くように見てきていた。
「以前、誠はこう聞いてきましたわよね? 化け物と分かり合おうとした人が他にもいるのかって」
「……覚えてるよ」
「……その通りですわ。小さい頃、あの子は化け物と知り合った。友達だと言っていた。会っては駄目だと何度言われても聞かず、あの子は会いに行っていました。……結局、その化け物に食い殺されてしまいましたけれどね」
当時のことを思い出しているのか、ファニーは膝の上で強く拳を握る。マーチェがその手に手を重ね合わせようとしたが、ファニーが首を振って止める。
「私は、あの子を助けたい。取り戻して、一緒にいたい。けれど、死んだ人間は帰ってこない、取り戻せない! だから私は、神になる! 神になって、過去へと戻り、あの子を生き返られしてみせる!」
力強く、自分に言い聞かせるように、腹の底から声を出してファニーは叫ぶ。
マーチェは、そんなファニーをどこか悲しそうに見ていた。伸ばしかけた手を膝へと置き、懇願するように誠を見てくる。
「……お願いです、誠さん。力を貸してください」
「…………」
「私たちの目的は死者蘇生です。逆に言えば、それさえ達成できるなら他は全部いりません。私たちもできることをしますし、……それに、死者蘇生が可能になれば、死んでしまったあの二人も生き返らせることができます。だから――」
「無理」
「「……、え」」
「いや、無理だよ二人とも。そもそもの前提条件を無視してるんだから、絶対に死者蘇生なんてできない」
そう言うと誠はファニーに近づき、顔を寄せる。お互いの吐息が当たるくらいの距離で、誠はファニーに向けて言う。
「ファニーさん。死者は絶対に生き返らないんだよ」
「……!」
「例えば死んだ人間の血肉を掻き集めて、心臓も動いて脳が働いてるとする。記憶もあって普通に喋れるし歩き回れる。だけど、これは死んだ人間が生き返ったって言える? ……考えは人それぞれだろうけど、俺は違うって答えるぞ。それは元の人の形を取った別の誰かだ。例え本人の記憶や性格、身長体重が同じだとしてもそれは限りなく似てるだけの赤の他人だ」
「……その例えでは、私たちのやることに対しては不適切ですわよ誠。私たちがやるのは過去への干渉。本人がちゃんと生きていて、別人を作り上げたわけではありませんわ」
「一緒だよファニーさん。ファニーさんの知っているその人は、化け物に食い殺された可哀想な人だよ。親切な通りすがりの神様に助けられた運のいい人ではないんだ」
「!」
「もちろん、最初は満足するだろう。けど、助けられた人と助からなかった人。その微妙な差は少しずつ大きくなっていき、次第にファニーさんはこう思うだろう。この子は本当に私が知っている子なのか? 姿形が一緒なだけで、本当は別人なんじゃないかって。……後は負のリサイクルだ。ファニーさんは何度でもその子を助けに過去に行くだろうよ。なんたって神様だ。自分の気に入らないことがあれば簡単に変えられるんだ。我慢の必要はないし、する意味がない。そもそも神になってまで助けようとした子が別人だなんて事実、絶対に耐えられない。ファニーさんの精神が壊れるまで延々と続くことになるだろうね」
そこまで言うと、誠はファニーから一歩離れる。左眼を指先で叩きながら続ける。
「そもそも、過去に戻る力が神の子にあるかなんて保証はどこにもない。だとすればファニーさんのやったことはとんでもない徒労で、結局ファニーさんの精神がすり減っていく。諦めずに探すかもしれないけど、神にできないことなのに他の方法で通用するはずもない。どう足掻いても、ファニーさんの精神が壊れる。悪いけど、バッドエンド確定ルートに入るつもりはないよ」
「……神の子に、過去に戻る力がないという保証もないでしょう」
「うん。だから、本人に直接聞こう」
「……え」
「なあ! どうせ見てるんだろ!」
誠は二人に背を向け、何もない所へと顔を向けて喋る。
「影からコソコソとしなくても、堂々と見に来ればいいじゃん! エビルたちが会いたがってるぞ!」
「ま、誠さん? いったい誰に話しかけて……」
誠の声に反応する者はいない。この場には誠たちしかおらず、他には誰もいない。
だが誠は何かしらの確証を持っているのか、反応がないことを気にせずに喋り続ける。
「……なあ、契約しようよ」
ブワリ、と何かが動いた。
「エビルたちとやったことと同じだ。お前の依代になってやる」
いや、何かではない。空間だ。この部屋の空間が溶けかけの鉄のようにドロリと形を変え、形を作り上げる。
「代償は、記憶で」
現れたのは、杯だ。普通に使うには大きすぎる杯は誠の目の前に現れ、不透明な手が杯から現れる。
その見えない手を掴み取り、誠は言う。
「元の世界の記憶。異界の情報をお前にくれてやる。だから力を寄越せ」




