諦めのお話
「いや、平和だなぁじゃないですよ」
誠の台詞に、一人の男がそんな声を返した。
部屋にいるのは誠、エビルにエルシ。そしてもう一人、雑踏に紛れればそのまま見失ってしまいそうな、平凡な少年がいた。
エビルの机を挟み、エルシとは反対側のある椅子に座り、机の上には巨大な本が置かれていた。
誠はその少年に視線を少し向け、すぐにエルシの方へと戻した。
「エルシさんコーヒーでも飲む? 眠気覚ましにはいいと思うけど」
「お願いします……」
「あのー?」
新たにペーパーフィルターをセットし、お湯を作って少し注ぐ。
「もしもーし? すいませーん? 僕テズニム・ラファールって言うんですけど」
テズニムと名乗る少年の言葉が聞こえてないかの如く誠たちは振る舞う。
「……エビル、エルシ。何故儂を無視するのだ」
巨大な本が声を発する。しかしそれでも誠たちは反応することはなかった。
誠はエルシにコーヒーを渡すと、別の所にあった椅子を持ってきてエルシの近くに座る。
「……しかし兄弟探しって言ったけど、兄弟がどこにいるかの目星がついてないだろうに」
「儂がここにいるのだが? 土の神の子である儂がここにいるのだが!?」
「それについては当てがないことはない。我らの力は特徴的でな。力を使えば必ずそこに残滓が出る。それを辿ればいつかは会えるはずだ」
「エビル、お前はまず儂に気づけ! ここにいるのに何故気づかん!」
「あー、うるさいうるさい」
「気付いとるだろそこの人間! 今普通に儂の言葉にうるさいと言っただろ!?」
「……あれ?」
コーヒーを飲み一息つくことで目が少し覚めたらしいエルシが、目の前の喋る本を見て言う。
「ガース兄さん、いたんですか?」
「……お前は寝ぼけていただけか」
ガースと呼ばれた本がそう言うと、誠とエビルが舌打ちをした。
「「……寝ぼけたままにしておけばよかった」」
「おいエビル、おい人間。お前らはわざとやったのか」
ガースの台詞は目をそらすことで受け流し、誠はガースとテズニムに向けて言う。
「……何度言われようとこっちの気持ちは変わらない。さっさと帰ってくれる?」
「これについてはマコトに同意だ。そのようなことに我らを使うな」
誠とエビルの全力の否定に、テズニムは口を閉じてしまう。エルシはまだ頭が回りきってないらしく首を傾げた。
「……何話してたんですっけ?」
獣人たちとの騒動から、一週間ほど経った頃だった。
「失礼します」
「失礼するぞ」
一人の少年が巨大な本を抱えながら誠たちの元にやってきた。エビルが巨大な本を見て驚いたように声を上げる。
「この感じ……ガース兄さんか!」
「兄さん? ってことは神の子?」
「ああそうだ。儂は土を司りし神の子、ガース。エビルの兄だ」
誠たちが神の子の突然の登場に驚いていると、少年が礼儀正しく頭を下げてくる。
「そして僕がガースさんの依代、テズニム・ラファールです。今日は、皆さんにお願いがあってきました」
「……お願い?」
テズニムはそこで頭を上げ、誠の眼を見てきた。
テズニムの眼には強い意志が宿っており、何があっても成し遂げようと思っていることが感じ取れる。
誠がその目に少しばかり気圧されている時に、テズニムは誠にこんなことを頼んできた。
「僕たちを、僕らサイジェスタの民を助けてください」
「断る」
脊髄反射レベルの速度で、誠は答えた。
「……ってな感じのことあったんだけど、思い出したエルシさん?」
「……ああ、ありましたねそんなこと」
コーヒーを飲んで少しずつ活性化してきたエルシを見ながら誠もコーヒーを飲む。砂糖もう少し入れたら良かったと少し後悔した。
「り、理由を教えてください! なんで僕ら革命軍に協力してくれないんですか!?」
ここ三週間ずっとそんなことを言ってくるテズニムに少しばかりイラっとし、誠はテズニムを睨みつけ、感情を隠さずに言う。
「……なあ、言わないといけないくらいの馬鹿かお前は?」
「……!」
気圧されながらもこっちを見てくるテズニムを睨みつけたまま、誠は指を立てる。
「まず一つ目。そもそもお前ら革命軍が求めているのは俺、つーよりエビル、エルシさん、ウォンターら神の子じゃない。違うというそっちの反論は聞かねえぞ。そもそもお前にそこまでの話が通ってるのかもこっちは知らないからな」
「……どういうことだ?」
エビルが疑問を飛ばしてきたので、誠は感情を引っ込めてエビルの方へと視線を向ける。
「だってさ、革命軍ってわざわざ自分たちのことを軍隊って言ってるんだぞ? つーことはやることはデモや直訴じゃない、戦争だ。そして戦争において個人の戦力よりも全体の力の方が優先される」
「まあ、例外はあるだろうが概ねそうであろうな」
「つーことは、向こうが求めるのは俺らみたいな個人の力じゃなくて、全体の力を底上げできる何か。……んでさ、いるんだよね。俺らの側にそれができる人が」
そこで改めてテズニムに向き直り、誠は続ける。
「あんたらの目的はマーチェさんだろ。実際にマーチェさんは以前にあんたら革命軍に狙われてる。俺を釣ることでマーチェさんを引っ張り上げようとしたわけだ」
二つ目、と言いながら二本目の指を立てる。
「さっきも言った通り、マーチェさんはあんたら革命軍の奴に襲われた。そんな奴らに俺が協力する義理はない」
「……それについては、すみません。僕ら革命軍も一枚岩じゃないんです」
「いいよ別に。謝れって言ってるわけじゃないし」
そう言いながら、誠は三本目の指を立てる。
「そして最後に。……俺は人殺しなんて真っ平御免だし、エビルたちにもやらせたくない。人を殺したければ勝手にやってろ」
「っ! 僕らは、好きで人を殺すわけじゃない!」
ガタン! と椅子を蹴飛ばす勢いでテズニムは立ち上がる。その目には怒りが宿り、射抜くように誠を睨んでくる。
「あんたに何が分かる! 僕らサイジェスタの民は、皇帝による圧政で苦しんでるんだ。そのせいで死んでる人だっていっぱいいて、悲しむ人たちが沢山いる。それをどうにかしたいと思って僕らは戦うんだ! 人を殺したいわけじゃない!」
「知らんがな」
たった一言。
それだけで、誠はテズニムの言葉を切り捨てた。
「なっ……!?」
「…………」
テズニムはそんな誠の言葉に驚き、硬直した。ガースに至ってはとんでもない威圧感を誠に向けてきている。
それでも、誠は言った。
「やりたくないと言うのはどうぞご自由に。それでも結局やるんだろ? やりたくないと言って、仕方ないと言いながら人を殺すんだろ? それで殺された人を悲しむ人がいるのを知っているくせに殺すんだろ? じょあもう知らんよ。そこまで折れることができるなら好きに殺れよ」
だけど、と誠は続ける。
「……そっちの『諦め』に、こっちを巻き込むな」
そう言い、誠は二人を睨みつける。先ほどよりも力強く、威圧するようにだ。
完全に黙ったテズニムを見て、誠は息を吐いた。気分を変えるようにコーヒーを飲み干す。
「……まあ、そういうことだからどうぞお帰りくだされ。こっちは何があってもマーチェさんたちを巻き込むつもりはないから」
「……誠さん、さっきの人は?」
「あ、マーチェさんお帰りー」
テズニムが帰り、エビルとエルシも消え一人部屋に残っていた誠の元にマーチェはやってきた。
誠は読んでいた本を閉じ、マーチェの質問に答える。
「サイジェスタの革命軍だそうですよ。まあ話はついたのでお構いなく」
「……そんなことよく私に言いますよね誠さん」
「えー? マーチェさんなら大丈夫でしょ? 頭良いし」
「頭が良いかどうかは大丈夫なことと関係性ないと思うんですけどねー」
マーチェが部屋にあるコーヒーミルで豆を挽くのを見ながら誠は笑う。
「いや、関係あるある。マーチェさんなら即座に対応せずに上手いこと使ってくれるでしょ?」
「使うって、私は悪の組織の幹部か何かですか?」
「似たようなもんでしょ?」
だって、と誠は続ける。
「マーチェさん、サイジェスタの科学者じゃん」




