お墓のお話
それから、どれくらい経っただろうか。
葉奈は眠りについていた。様々な心労が重なった結果だろう、と誠は思う。
「持ってきましたわよ」
ファニーに声をかけられ、誠は顔を上げた。ファニーとマーチェは大きな布を抱え、こちらにやってくる。
「言われた通り、大きめの布を持ってきましたけど、どうするんですかこれ?」
マーチェが誠にそう聞いてきたが、誠は何も言わずに布を受け取る。
不思議そうに見てくるファニーたちの視線を感じながら、誠は格郎と真奈の元へ歩み寄った。布を広げ、二人の死体を包む。
そこでようやく、誠が口を開いた。
「……埋葬、しないと駄目でしょ。土葬か水葬か火葬か、獣人たちがどうやって弔ってるのか知らないけど」
そう言いながら布を担ぎ上げる。死体は相応に重いはずなのだが、作られた腕はそんな重みを感じさせないくらいの腕力を持っていた。
それが、何故だか凄く嫌だった。
「……ねえ、誠」
「なに? まさかこんな時まで獣人に関わるなみたいなこと言うつもりじゃないよね? 流石に怒りますよ?」
「いや、そうじゃなくて」
ファニーは何か迷うように口を開閉し、やがてゆっくりと言葉を紡いだ。
「……まいそうって、何ですの?」
「……………………………………………………は?」
「いや、だから、まいそうって何ですの?」
キョトン、という疑問が似合いそうな感じに、ファニーは首を傾げる。隣に立つマーチェも同様に首を傾げている。
あれ、言葉の意味が違う? などと考えながら誠はマーチェに説明する。
「……えーと、あれだよ。死体の……言い方悪すぎるけど、処理の仕方みたいな……」
「? おかしなこと言いますわね。死体なんて放っておけばゴミ掃除で処理して貰えますわよ?」
「おうちょっと待てゴミ掃除って仏様をどういうことだてめえゴラ」
混乱してきた誠の口調がおかしくなるが、ファニーとマーチェは首を傾げるだけだ。
なんだか妙な所で世界観の違いのようなものを感じ取り、嫌な予感がしつつも誠は質問する。
「……あのさ、ちょっと質問。『魂』とか『霊』とか、死んだ人の思いとかそういった概念、分かる?」
「?? 何言ってるのよ誠。どんな生命も死んだら何も考えれませんわよ、脳が死んでるんだから」
おおう、と誠は思わず頭を抱えてしまう。
どうやらこの世界、魂とか霊とか、そういったものが一切ないらしい。ファンタジーにあるまじき事に。
(……うわー、だとしたらそこら辺に幽霊とか大量にいそうだなー。ゴミとして処理されたら成仏なんてできねえだろ)
そこら辺にウヨウヨいる幽霊を想像してゾッとする誠だが、頭をブンブンと振って気持ちを切り替える。
「オーケー、世界観の違いは把握できた。……そういえば読んでた本にも魂とか一切出なかったな……って違う違う。とりあえず、あれだ。俺が一人で頑張るんで、二人は見ていてくれれば」
「頑張るって、何を?」
「お墓作り」
目を覚ますと、なんかよく分からない石の塔みたいなのに格郎と真奈の名前が刻まれていた。
「マコト! 貴様なぜ我で石を削った!?」
「だってちょうどいいのが無かったし。いいじゃん減るもんじゃないんだから」
「我の刃先が減ったぞ!」
「これがお墓ですか。えーと、これが死体と喋るための門になるんですよね?」
「死体言うな! 死体が喋るわけじゃないから! つーかそれただのゾンビ!」
「魂って、そんなあやふやな物が存在するんですの?」
「あるよ! 少なくとも俺の世界には!」
「しかし、よくこんな所見つけたわねエルシ」
「…………」
「なんでエルシさんは無言無表情モードに戻ってるんだ?」
「人が沢山いるからではないか?」
「シャイかよ! 恥ずかしがりさんか!」
「た、ただいまー……」
「何してた真也! そしてツッコミが追いつかない!」
「殺されると思って逃げてましたすいませんでした!」
「……あの?」
目の前の物が何か分からず、葉奈は首を傾げる。よく分からない石に、何故か自分の両親の名前が刻まれているようにしか見えないのだ。
今いる場所は、どこかの丘のようだった。辺り一帯には花が咲き誇り、観光スポットにでもできそうなくらいだ。
誠は葉奈が目覚めたことに気づくと、その手を取り立ち上がらせる。
「おはよう葉奈。おはようついでにやってしまおう」
「な、何をですか?」
「墓参り」
頭に疑問符を浮かべる葉奈を引っ張り、誠は墓の前に連れてくる。
「墓って何ですか?」
「これ。この石のこと」
墓の前に屈み、誠は目を閉じながら両手を合わせる。
「お墓はさ、死んだ人と会える場所なんだよ。墓に埋葬された人に生きてる自分のことを伝えられる唯一の場所。……ここに、格郎さんと真奈さんを埋葬した」
葉奈は誠の言葉を聞きながら、誠の見よう見まねで両手を合わせる。
「お父さんもお母さんも死んでるのに、なんで会えるんですか?」
「肉体が死のうと、心が、魂までもが死んだわけじゃないんだ。格郎さんと真奈さんの魂は、二人の想いはここにある」
「……お父さんとお母さんと、また、会えるんですか?」
「こっちからは見えないかもしれない。こっちには死者の言葉を聞くことはできないかもしれない。……でもきっと、ここで二人に向けて言ったことは、二人に届く」
隣の葉奈の頭に手をやり、誠は言う。
「目を閉じて、お父さんとお母さんの顔を思い浮かべて、今思ってることを伝えてやれ」
「…………」
言われた通りに葉奈が目を閉じたのを見て、誠は葉奈から手を離し、墓から離れた。
エルシの腰に引っ掛けられたエビルが聞いてくる。
「……本当にあるのか? 魂などといった物が」
「さあ?」
「さあってお前……」
「あった方が良いとは思うけど、どっちでもいいだろ」
墓の前で亡き両親に何かを伝える葉奈を見ながら、誠は言う。
「両親が死んで独りになった子供が、両親に見守られてるって思えて、独りじゃないって思えるようになれれば、それでいいだろ」
そこから暫くの間、丘を風が通り抜ける音のみが響いた。誰も、何も言わなかった。
やがて葉奈が立ち上がった。葉奈は不安そうに誠を見て、呟く。
「……お父さんとお母さんに、私の言葉は届いたでしょうか?」
「きっとな」
葉奈の頭を撫でてやり、誠は言う。
「また来よう。また会いに来て、葉奈が元気だってこと、二人に教えてやろう」
「……はい」
「そんじゃあ帰るか……って、どこに帰ればいいんだ? 今まで住んでた場所は吹き飛んでるし」
「別の場所にも一応住める場所はありますわよ。私のではなくマーチェのですけど」
「六人くらいなら余裕で住めますよー」
「ってちょっと待ちなさいマーチェ。そこの獣人も受け入れるつもりですの?」
「いやー、目の前であんなの見せられて、流石に放っておけませんし」
「それはまあ、そうですけど……」
「暴れることもないでしょうし、暴れたら誠さんに首スパンして貰いましょう」
「凄い物騒なこと言ってるぞこの女!?」
ファニーとマーチェ、それに真也が一々騒ぎながら歩き出す。
「……これからどうするか考えるとしよう」
「どうするも何も、私たち神の子は依代の命令に従うのみじゃないエビル兄様」
「それでは駄目だから考える必要があるのだ。エルシ、行くぞ」
「…………」
エビルに促され、エルシはチラリと誠の方を見た。ジェスチャーですぐ行くと伝えると、エルシはすぐに歩き出した。
誠もエルシたちを追いかけて歩き出そうとするのだが、葉奈が動いていないことに気づく。
「……葉奈?」
葉奈は墓の方を見て立っていた。別れの言葉でも言ってるのかと思ったが、どうにも様子がおかしい。その顔は驚愕に満ちていた。
「……、」
その口が何かを呟く。何を言ったのか分からない誠は耳を澄ませようとするのだが、その直前に葉奈は誠の方へと向き直り、その背中を押し始めた。
「それじゃあ行きましょう誠さん!」
「え、何? なんか急に元気になってないか? どうした何があった?」
「誠さんの言う通りだっただけです!」
「は?」
獣人の力に抵抗できるわけもなく、誠は葉奈に押されてどんどんと進んでいく。
やがて、誠たちの姿が完全に消えた。
二人は誰もいないことを確認すると、静かに目を閉じ、そのまま虚空へと消えていった。




